孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
「緊張しますか?」
「まあ、そうだな」と言い終えたアルト様の表情が歪む。
 あとは昨日と同じで彼の身体が魔物化していく。違うのはアルト様が対策を練っていたから服が無事だったことだ。

「アルト様、どうですか?」

 声をかけてみると金色の瞳が私を捕らえた。表情は険しく息は荒いけど、昨日のように崩れ落ちることはなく、発作を必死に堪えている、そんな様子だ。
 私は急いで、指示されていた通り両手を握ってみる。

 ……魔力の受け渡しってこんなことでいいの? 魔力が目に見えてわかるものならいいのに。目の前で苦しそうに息を吐くアルト様を前に、ただ手を繋ぐというのはもどかしい。キスをしたほうがいいんじゃない?

「アイノ」

 そんな私の考えを見透かすようにアルト様は私の名前を呼んだ。
 ……あれ、瞳がいつもの色に戻っている……?
 青に見えた気がしたけれど、それは一瞬のことで鈍い金色があやしげに光ったかと思うと私は強い力で抱き寄せられた。
 頬に直に触れる肌は驚くほどに熱く、鼓動は早い。その温度とスピードに急かされて私まで熱が高くなる気がする。

 ああ、でもこうして抱きしめあった方が魔力は渡せるかもしれない。厚い胸に手のひらを当ててみる。

「アイノ」

 名前を呼ばれて上を見上げるとすぐ近くにアルト様の顔があった。

「どうしましたか?」
「アイノ、俺のアイノ……アイノ……俺のアイノ……アイノ…」

 うわ言のようにアルト様は何度も私の名前を繰り返し、自分のものだと主張する。

「はい。貴方の花嫁ですよ」
「俺の花嫁……」
「そうですよ」

「アイノ、俺は……俺を、置いて行くな」

< 121 / 231 >

この作品をシェア

pagetop