孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
・・
今日は俺が行動するよりも前にアイノはキッチンにいて朝食を作っていた。
「体調は大丈夫なのか」
「あ、アルト様おはようございます! 元気ですよ! アルト様はどうですか?」
はつらつとした口調は明るく、いつもと変わらない笑顔を向けてくる。昨日の何かに傷ついた表情と振り払われた手は気の所為だったのだろうか。
「俺も問題ない」
「では朝ごはんにしましょう。今ちょうど出来上がったところですよ」
チーズトーストと簡単なサラダを並べると、彼女も自分の席に座って食べ始めた。
「あ、そうだ。そろそろ食材がなくなりそうなので、ショコラにお願いしてもいいでしょうか? 森の監視で忙しいなら私が行きますけど」
「いや、大丈夫だ。ショコラに頼む」
「わかりました」
食事はいつも通りに進んだ。ショコラがいない食卓は会話が弾まない。原因はどう考えても俺だ。
たいした返事も出来ないのに、次々と話を投げかけてきては笑ってくれる。
「このあと、少し身体をはからせてもらってもいいですか?」
食後の紅茶を注ぎながらアイノは言った。
「梅雨の夜は少し冷えるでしょう。上半身裸だと寒いと思ったんですよ」等と言い、サマーニットを編むのだと言う。
羽が生えていても問題ないように背中にざっくりスリットを入れたものを作るらしい。
……魔物化した俺のことが怖くないのだろうか。
そういえば一度も怯えた様子はなかった。鉤爪や鋭い牙を彼女の首に突き立ててれば、柔い人間の命などすぐに奪えてしまうのに。
彼女は疑うことなく、両手を繋いでくれる。
「チクチクしないもので編むから大丈夫ですよ」
「……そうか」
魔物化した姿用の服を編むだと……?
魔物に服を……? 思いもよらぬ発想が愛しい。大体の羽のサイズを想定しながら俺の身体のサイズを測り、ちまちまと編み棒を動かす姿が可愛くて。俺は今日一日はリビングルームで過ごすことに決めた。言い訳の魔法書を床に積み、魔法書を読むふりをしながら編み棒を動かすアイノを眺めていた。