孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
 ・・

『夜』が来ると、濁流に飲み込まれる。
 アイノに対する感情が膨れ上がって駆け巡り、制御が難しい。元になる感情はまやかしではないけれど、自分の意思で彼女の名前を呼び抱きしめるかはわからなかった。

 完全に意識は消えないから、激流をなんとか受け流し、アイノを奪って傷つけないように耐えるので精一杯だ。

 耐えられないほどの感情を外に流すために名前を呼ぶ。抱きしめる。

「アイノ」名前を呼ぶと素直に顔を上げてくれるのが可愛くて、我慢できずに抱きしめる。鉤爪を背中に立ててしまわぬようにそっと。
 魔物化に慣れてきたのか、羽もうまく動かせるようになった。大きな羽で彼女の肩を包み込む。

「アルト様。私の声は聞こえていますか?」
 俺の頬に手を当ててアイノは聞いた。ひんやりと冷たい手が熱を和らげていく。

「聞こえている」
「良かった」そう言うアイノの瞳は不安げに揺れていて、その切なさに魅入られて頭はぐらぐらと揺れる。奪え奪え奪え。声は大きく反響して、燃え上がる。
 気付いたときにはアイノの頭を押さえつけて、自分の唇にぶつけていた。

 唇から魔力が入り込んで、一瞬で頭は冷えるけれど。

 そこには初めて怯えた表情を浮かべるアイノがいた。

「す……すまなかった!」
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