孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜


 今日は王城で国民へ演説があるらしい、と生徒たちが噂をしていた。普段なら民への演説など気にも留めないことだが、今回は内容が内容なので事前に親から話を聞いている生徒がほとんどだった。

「あんな場所でぎゅうぎゅうになって話を聞くなんて耐えられないよな」
「仕方ないわよ、平民なんだから」
「でもこれで安心ですわね」

 そんな会話ができるのは、今日の演説の内容を知り穏やかな心持ちになったからだ。
 偽物の白の花嫁が処刑され、真の花嫁がいる。じきに魔の森に軍突入がある。暗黒期の終わりはまもなく訪れ、自分が花嫁に選ばれることもなかったと安堵しているからだ。

 サンドラは噂話に相槌を打ちながら、内心面白くない。
 サンドラは貴族の情報には疎かった。彼女は父親とはほとんど話したことがなく、父親経由の連絡など来ない。クラスメイトは自慢げに政治についても語ったりするけれど、サンドラはそういった話に今までも入れたことはなかった。
 元々サンドラの母は娼婦だ。その事実は学園でひた隠しにしていて、母の実家を聞かれるとアイノの母親の生家を答えていた。
 更に胸をざわつかせることは、白の花嫁のことだ。
 既に白の花嫁は、魔の森に嫁いでいる。――それは……認めたくない事実だった。

 そして穏やかなランチの時間を過ごしていた彼らに、突然大きな知らせが入る。教師が息を切らしてランチルームに飛び込んできたのだ。

「大変だ! 皆落ち着いて聞きなさい」

 国王、中心貴族の投獄。それはアロバシルアの生徒たちには大打撃を与えた。
 自分の父親が投獄されたのではないかと泣き出す生徒も多く、サンドラもそのうちの一人だった。

「どうしたらいいの」
「僕はきっと大丈夫だ。父は国王派だったが、母方は王弟派だったんだよ」
「そうね。私もおじい様の元にいけば」

 彼らは親戚を思い浮かべながら、なんとか気持ちを落ち着かせているようだったが、彼らが自分たちを落ち着かせるために呟いた言葉たちは、サンドラの心を震わせた。
 彼女には頼れる親族というものはいない。今まで父の権力と財のみで生活してきたが、それをなくしてしまえば頼れるものなど何一つなかった。

 そして、貴族と平民の垣根がない世界を――というマティアスの考えは、貴族の子供たちには何も伝わっていなかった。彼らは今もまだ家に縋ろうとしている。

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