まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
 娘が川に流された件に少年が関わっていると思ったのだろうか。

 彼について話せば濁流にのまれた恐怖の記憶が蘇るかもしれず、娘にとって忘れたままの方がいいと判断したためなのか。

 きっとそうだろうと思ったが確証はなく、頭から手を離して戸惑う瞳にアドルディオンを映した。

「その少女は、私ですか……?」

 険しい顔の彼が冷静な口調で問い返す。

「否定しないのはなぜだ」

「川に落ちた経験があります。でも覚えていない。その三日前からの記憶がすっぽりと抜け落ちているんです。どうしたらいいの……」

 思い出せないのが苦しくて、無意識にネグリジェの胸元をぎゅっと掴んだ。

 すると小さく固い感触が手のひらにあたりハッとした。

(このカフスボタンは、殿下がくださったのでは?)

 川から救出された時、ポケットに入っていたと聞いている。

『困っている旅人に出会って助けてあげたのよ。これはきっとそのお礼』

 入手経路を少しも思い出せない娘に母がそう言った。

 チェーンを手繰り寄せるようにして襟元から引っ張り出すと、手のひらにのせてアドルディオンに見せた。

「もしかしてこれは、殿下のものですか?」

 目を見開いた彼がカフスボタンを指でつまみ、裏まで確かめてからゆっくりと頷いた。

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