まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
満腹感は変わっていないが、発表後にすぐ閉会するかもしれないからだ。

テーブルの方へ爪先を向けた、その時――。誰かが急に目の前に立ち塞がり、危うくぶつかりそうになる。

驚いてその顔を見上げると、紳士的な笑みを浮かべた王太子だ。

美しく涼しげな瞳がわずか一歩の距離にあり、パトリシアの鼓動が跳ねた。

(どうして私の前に?)

間もなく発表なのかと思ったのは間違いなのだろうか。

なぜ進路を塞がれたのかもわからないが、一歩下がってとりあえず謝罪をする。

「ぶつかりそうになって申し訳ございません。失礼いたします」

深々と頭を下げてから脇をすり抜けようとしたら、「待て」と引き留められた。

「パトリシア嬢、私と踊っていただけますか?」
なぜか周囲にも聞こえるような声量で誘った王太子に、たちまち貴族たちがざわついた。

彼はこの舞踏会で何十人もの女性に声をかけているはずなのに、やけに注目を集めているのはなぜだろうか。明らかに動揺している周囲にパトリシアは戸惑った。

(な、なにか様子が変)

一度断ったダンスに、なぜまた誘われたのかも疑問である。

(たくさんの女性と踊りすぎて、私が辞退したのを忘れてしまったのかも)

そう思い、先ほどと同じ返答をする。

「申し訳ございません。私はダンスが苦手なので王太子殿下のおみ足を――」

「黙れ」

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