凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】

 え、と呆然としている私の後頭部を、大きな手のひらがぐっと引き寄せる。

「君なしの……いや、君たちなしの人生なんて、あり得ない。言っただろう、何があっても手放さないと」

 宏輝さんの声が掠れ、ほんのわずかに震えていた。きっと普通なら気がつかない、ほんの少しだけの震え。
 呆然と硬直した。

「ようやく君を取り戻せる」
「な、にを」

 私は目を見開き、唇をわななかせた。
 言っている意味がわからない。

「……私を愛人として囲うということ?」
「まさか。二年前、出せなかった婚姻届を出そうという意味だ」

 宏輝さんは腕の力を緩めずに続ける。
 まるで私が逃げていくとでも思っているかのように。

「ば、かなこと……言わないで」
「なにがだ」
「あなたは医者なんだよ! 助けられる命があるのに、どうしてそうしないの!」

 北園さんと結婚すれば、多くの人が助かる。私はそう諭されて身を引いた。

「わ、私がどんな気持ちであなたのところ去ったのか……どんな思いでこの子を育ててきたのか! 少しでも汲んでくれるのなら、いますぐ東京に戻って」
「そのつもりだ。君たちを連れて」
「私たちは行きません」
「茉由里!」

 強く名前を呼ばれて、微かに身体をこわばらせた。宏輝さんはハッとした表情で私の頭にキスをする──それだけのことで、封したはずの恋心がドキドキと甦りそうで怖くなる。

「いやっ……」
「茉由里、お願いだ。聞いてくれ」

 あまりに切実な声に、つい目線を向けてしまった。宏輝さんは優しげに微笑む。

「俺は医者だ。助けられるのなら、どんな人だって助けたい。そのために医者になった。けれど、……けれど茉由里。それは己自身の幸福を犠牲にするものだとは思えないんだ。自身の愛する人を犠牲にする必要があるとは思えない」

 私は無言で眉をひそめた。
 腕の中の祐希は、きょとんと私を見つめている。
 宏輝さんはそんな祐希に目をやったあと、再び私を見つめ直して口を開く。

「……いや、語弊があるな」
「語弊?」
「そうだ。俺はやるべきことのために、北園会病院と提携をすすめたい」
「ならっ……」
「茉由里。あまり俺をみくびらないでくれ。俺は政略結婚なんかしなくても全部成し遂げてみせる」

 堂々とした、自信たっぷりの言葉に目を丸くした。

「そんな……で、でも悠長に提携話を進める余裕はないんだって、早織さんが……宏輝さんのお父様が」
「問題ない。あの人もまあ、すっかりとまでは言えないがそこそこ健康だ。酒はもう飲めないだろうが」

 宏輝さんは肩をすくめた。

「ああそれから──さっきの言葉は撤回する」
「撤回?」
「成し遂げてみせる、という言葉だ」

 宏輝さんは飄々と言い放った。

「すでに成し遂げてあるから」
「……え? こ、婚約は?」
「北園華月とのことを言っているのなら、白紙になった。というよりはそもそも俺は婚約に同意なんかしていない」

 私は目を丸くしてその言葉を聞く。
 一体どういうこと?

「迎えにくるのが遅くなってすまなかった、茉由里」

 宏輝さんが私の頬を撫でた。

「君たちを守るためだった」
「一体、どういう……ん……⁉︎」

 突然に唇が塞がれて目を丸くした。
 重なる唇に、なまなましく彼の体温を感じる。

 抵抗しなくてはと思うのに、ときめきすぎて身体がうごかない。
 頭の奥がジンと痺れた瞬間、ぬるりと彼の少し分厚い舌が口内に入り込んでくる。

 かつて、こんなふうに貪られていたことがあった。記憶がまざまざと甦り、貪られる予感に思わず身体を揺らした瞬間、彼は私の口内から出て行く。

「しまった、子供の前でするようなキスじゃなかったな」

 宏輝さんが綽々な感じで目を細め、私の口元にキスを落とした。私は祐希を抱きしめて彼を睨む。
 私たちは、もうこんなキスをしていい関係じゃない……!

「そうだな、続きはまたあとで」

 そう言って宏輝さんは祐希の頭を優しく撫でた。
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