凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
「君の家に行っても?」
すでに知っているのだろう、私と祐希の家の方向に向かって彼は目を向ける。私は返事をしかかって、慌てて首を振った。
宏輝さんは婚約している身なのだ。その上世間の注目も浴びている。ふたりきりで家に入るところをもし知っている人にでも見られれば、すぐにでもスキャンダルになりかねないと思ったのだ。
「あの、私の職場に」
「きみの叔父さんのカフェだな」
私はもう驚かない。
すでに北園さんと婚約している宏輝さんが、いまさら私になんの用事かはわからない。ただ、彼の中ですでに道筋はできており、私が何をしたとしてもそれは実行されるだろうことは固くなかった。無駄な抵抗はしないほうがいいだろう。
こっちです、と言う必要もなく彼は私の横に並んで歩きだす。無言だった。
桜並木は夕闇に染まりつつある。
ベビーカーを入り口の前に置き、祐希を抱き上げた。
カフェの扉を開く。すでに看板は「close」になっていた。通い慣れている祐希は、はしゃいで楽しげな声をあげる。叔父さんと遊べると思ったのだろう。
カウンターから閉店作業をしていた叔父さんが「あれ、茉由里。忘れものかい」と柔らかく言って、それから目を丸くする。
「……そちらは」
「お世話になっております。祐希の父親です」
宏輝さんの言葉に、叔父さんは無言で頭を下げる。それから私を見て「茉由里」と低く言った。
「僕は外へ行っておくから。何か話でもあるんだろう?」
「あ、ありがとうございます、叔父さん……」
叔父さんがカウンターを出て、ゆっくりと宏輝さんを一瞥してから外へ出ていく。その視線の意味がわからない……と思っていると、宏輝さんは苦く笑う。
「俺の娘に苦労かけやがって、という顔だったな」
「え? そ、そんな」
「……実際本当のことだ」
宏輝さんはそう呟いて、私にカウンターの椅子に座るように目で勧める。祐希を膝に乗せ、宏輝さんと並んで座った。
祐希がふと暴れる。
「こ、こら祐希!」
なにがしたいのだろう、と思っていると、祐希は私の腕を抜け出して宏輝さんの膝に座ってしまった。
「はは、人懐こいな。なんてかわいいんだ」
宏輝さんが目を細める。
何も知らない人が見れば、ふたりは幸せな親子でしかないだろう。そう頭のどこかで思った瞬間、ざっと血の気が引いた。私は腕を伸ばし、祐希を自分の胸に奪い返す。祐希が目をぱちくりとさせるけれど、そんな場合じゃなかった。
「ダメっ……嫌! 絶対に、嫌!」
目の奥がジンと熱くなるけれど、それどころではない。私は必死に呼吸を整えながら叫ぶように言う。
「この子は渡さない!」
「……茉由里」
「祐希は私の子です!」
「そうだ。けれど俺の子どもでもある」
「だ、だから奪いにきたの?」
声が震えた。
すでに北園さんとの婚約が整っている宏輝さんが私たちを探した理由……そんなの、祐希を手に入れるためとしか考えられない。
「祐希を連れて行って、そんなことしてどうなるの? あとから財産でも要求してくるとでも? それとも本家の長男の息子だから、そんな理由? お願い、放っておいて。日本にいられるのが目障りなら、海外でもどこへでも行くから……あなたに」
泣くのを我慢しすぎて、胸が痛い。けれど止まるわけにはいかない。必死で口を動かした。
「あなたに、もう、関わらないと約束するから……」
私は祐希を抱きしめたまま、すとんと床に座り込み、首を垂れた。
「お願いします……」
「……君が言った理由は、どれも的外れだ」
宏輝さんはそう言って私を無理やり抱え起こし、祐希ごと逞しい腕の中に閉じ込める。祐希が場違いにはしゃいだ声を上げた。
「俺自身の幸福のためだ、茉由里」