凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
一章(side茉由里)

【一章】side茉由里

 白黒のエコー画面のなかで、ぴこぴこと赤ちゃんの心臓が元気に動いていた。

「かわいい」

 思わず口にすると、診察台を仕切るカーテンの向こうから女医さんが「あ、ここが頭です。わかりますか?」と柔らかな声で説明してくれた。

「はい……わあ、どんな顔だろう」
「もう少し大きくなったら、3Dエコーしてみましょうね。カラーで見えますから」

 どきどきとしながら診察を終え、もらったエコー写真を曲がらないようにファイルにしまった。

「ママ、頑張るからね。ひとりだけど、絶対に幸せにしてみせる」

 だってあなたは、私の愛する人の子だから。
 ひとりでだって、立派な大人に育ててみせる。

 強くならなければ。

 そう、ひとりで心に誓う。
 まだ膨らみのないお腹を撫でる。愛おしさで胸がはち切れそうだった。

 一方で、切ない感情が嵐のように襲ってくる。
 割り切ったつもりで、忘れたつもりだったのに、諦めたつもりだったのに……私はまだ、彼を忘れられていないのだろう。
 宏輝さん……。
 世界でいちばん大好きなひとの名前を心で呼んで、小さく唇を噛んだ。




 私がどうして、都内でも有名な総合病院、上宮病院の後継で、自身も外科医として将来を嘱望されていた上宮宏輝さんの子どもを授かったのかについては、二十二年の時を遡る。

 私はまだ一歳になるかならないかで、もちろん当時の記憶はない。一方の宏輝さんは五歳。当時、宏輝さんは実のお母様を亡くしたばかりだった。お世話係として雇われたのが、宏輝さんが幼稚園の年少組のときに担任をしていた私の母だった。私の妊娠を機に退職していたところに白羽の矢が立った形だった。

 当時の母は父と死別したばかりとあって、渡りに船とばかりに上宮家での住み込みのお世話係を始めた。世が世なら乳母のようなものだろうか。

 実際、上宮家は元を辿れば九州地方の大名の家系なのだそうだ。明治時代に軍医として上京し、以来代々軍医として務めてきた。戦後に小さな外科を開業し、それがいまや都内でも有数の大総合病院となっているのだから、医術だけでなく経営手腕も群を抜いていたと言っていいと思う。


『茉由里、ほら、おやつ間に合わないよ』

 宏輝さんが幼い声で私を呼ぶのが、私のいちばん古い記憶だ。上宮家の磨き込まれた歴史ある日本家屋の濡れ縁を、宏輝さんが私の手を繋いで歩いてくれていた。

 青い紅葉を透かしてきらきらと降ってくる夏の日差しを覚えている。濡れ縁に光を落として、私と宏輝さんは廊下を駆ける。
 私は三歳、宏輝さんは八歳のときだった。宏輝さんには双子のお姉さん、美樹さんがいて、私はこの美樹さんにもとても可愛がってもらっていた。自分が宏輝さんと美樹さんの妹であると、信じ込んでしまっていたくらいに……。


 このときひとつ、大きく事態が転換することになる。
 宏輝さんのお父さんが、後添えをもらったのだ。


 当時私は、宏輝さんと美樹さんは私の兄姉なのだと信じ込んでいた。

 だって一緒に暮らして、一緒に育ってきていた。なのに『宏輝さんと美樹さんに新しいお母様ができるのよ』と聞かされ、私は完全にパニックになってしまった。

『え? じゃあ、お母さんはどうなるの? 追い出されちゃうの? まゆり、お母さんと一緒にいる。でも、こーきくんとみきちゃんは?』

 全てが理解できず、パニックにおちいった。お母さんも仲がいいとは知ってたけれど、まさかそんなふうに思っていたとは知らなかったようで、困り果ててしまっていた。美樹さんにも『茉由里が大切な妹なのは変わらないよ』と慰めされたものの、余計に混乱し『みきちゃんお姉ちゃんやめちゃやだ!』と混乱するばかりで。
 そんな泣きじゃくる私を落ち着かせたのは、宏輝さんだった。

『違うよ、茉由里。追い出されたりなんかしない。実はね、僕と茉由里は兄妹なんかじゃないんだ』

 ショックの追い討ちだった。

『や、やだ。こーきくん、まゆりのお兄ちゃんでいて……⁉︎』

 ぎゅっと抱きついてわんわんと涙を流す私の頭をよしよしと撫でて、宏輝さんは続ける。

『でもね茉由里。兄妹じゃなかったら、僕ら、結婚できるんだよ』
『えっ』
『兄妹のままだと、僕と茉由里は結婚できない。どうする?』

 私はぱちぱちと目を瞬いて宏輝くんを見つめる。大好きでかっこいい、私のお兄ちゃん……。
 とくん、とひとつ、ときめいた。

『わかった。兄妹、やめる』

 こくんと頷いた私に、宏輝さんはにっこりと目を細めて小指を立てた。

『うん。じゃあかわりに、大きくなったら結婚しようね。約束』
『うん!』

 思えばこのときから、私は彼に恋をしていたのだろう。
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