凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】

「大丈夫? ショッキングな映像もあったでしょう? それもあって茉由里には伝えたくなかったみたいなの、宏輝」

 私は頷き「大丈夫」と彼女の腕を軽く叩いて笑ってみせた。美樹さんは心配そうに眉を下げて私の頭を撫でる。

「美樹、茉由里から離れてくれないか」
「あらやだ、男の嫉妬は見苦しいわよ」

 そう言いながら美樹さんが私から離れる。
 三人揃って病室内の応接セットのソファに座った。私と宏輝さんが並んで座り、向かいに美樹さんがいる形だ。

「すまなかった、茉由里。驚いただろう?」

 頭を下げる宏輝さんの肩にあわてて触れる。宏輝さんはぐっと端正な眉を寄せ、太ももの上に置いた拳を強くにぎる。

「北園華月と北園会病院の逃げ場を塞ぐ必要があったんだ。華月が主導する形で病院ぐるみで移植に関わっていた。その関連だけで収益は数億にものぼる。さらには表に出せない金だから北園はじめ関係者が裏金として受け取っていたようだ」

 そして吐き捨てるように続ける。

「移植しかないと言われた患者の治療実績が他院に比べて高いのは当たり前だ、ひっそりと実際に移植しているんだから。ひとつの移植に患者やその家族がどれだけの覚悟と痛みを抱いているか、死の恐怖に怯え一縷の希望に縋っているか……あいつらはそれらをも踏み躙った」

 そうしてひとつ息を呑み、続けた。

「医師として、人として、どうしてもそんな北園たちが許せなかった」

 私は頷く。医師ではない私にでも、その怒りがいかに深かったかは想像がつく。
 あまりにもおぞましい行為だったから。

「その、北園さんがボランティアで各国に行っているのは、インタビューを見て知っていたけれど……まさか……」
「ボランティアなんかじゃない。実際は患者に合う臓器を見繕いに行っていただけだ。彼女は……医師として、人間として倫理観が壊れている」

 私は目を伏せた。瑕ひとつない完璧な人間のはずの彼女は、そもそも粉々に砕けていたのだ。

「それで婚約を受け入れたふりをした。責任を追求したところで、また他の人間の首で代替されてはいけないからな。公衆の面前で糾弾する必要があった」

 宏輝さんはふうとため息をつく。

「この件についてはずっと調査を続けていたんだが、なかなか尻尾を掴ませてくれなくてな」
「そうだったんだ」

 答えながらハッとする。

「再会したとき、『やるべきこと』があるって言っていたのは、これ?」

 宏輝さんが頷いた。

「元々噂はあったんだ。……調査しているうちに小さく引っかかることが増えて。知ってしまったからには、引くわけにはいかなくなった」

 宏輝さんらしい、と唇を結ぶ。

「これから北園会病院はどうなるの?」
「経営陣を刷新することになるだろうな……実質上、俺が指揮を取ることになる」

 私は頷く。向かいの席で美樹さんが「それにしても」と呆れた口調で言った。

「北園会もバカなことをしたものよねえ。犯罪に手を染めたのもそうだけれど、ウチに手を伸ばさなきゃ宏輝にこうして白日の元に晒されることもなかったし、逆に宏輝に病院乗っ取られることもなかったでしょうに」

 乗っ取るってなんだよ、と宏輝さんは苦笑した。

「言い方ってもんがあるだろ」
「その通りでしょ? それにしてもわかんないのは、北園華月の行動よ。無理してあんたを種馬にする必要はなかったのに……最初に不正献金で部下の首が飛んだとき、諦めていたらよかったものを」
「……恋、してたんだよ。北園さんは、宏輝さんに」

 私は小さく言った。あの表情を見ればわかる。だって私も宏輝さんに恋しているから……。

「まさか」

 宏輝さんはそう言うけれど、美樹さんは「あ」と目を丸くした。

「そういえば、一度……監視のために仲良くやってたときにね、ぽろっと一度だけ漏らしたことがあったの。運命だと思うって」
「運命? 俺と茉由里のことか?」
「茉由里馬鹿は黙ってらっしゃい。あなたと北園華月がよ」
「どうして? 提携の話がでるまで、会ったこともなかったのに?」
「さあ」

 美樹さんは肩をすくめた。
 私はぼんやりと、かつて読んだインタビューを思い出す。
 もしかして、彼女が目撃した事故で怪我人を救ったドクターって……。
 でも私は黙る。
 これ以上は、きっと北園さんの思い出の中の話だろうから。
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