魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
「ナターリエ!」

 翌日の昼近く。突然、バン!とナターリエの部屋のドアが開けられた。そんな雑なことをこの邸宅で許されているのは、ナターリエの母親だけだ。

「な、な、何ですか、お母様……びっくりするではありませんか」

 朝起きて、食事をして、そして部屋でだらだらとしていたナターリエは驚く。が、それに対して母親は何も言わず、必要最低限のことを伝えた。

「リントナー辺境伯のご長男が来たわよ」
「……えぇ?」

 リントナー辺境伯のご長男。それがヒースのことだと気づくのに少し時間がかかったが、母親は矢継ぎ早に問いかけて来る。

「先ぶれも出せなかったので、断られても構わない、とのことだけど、どうする? 今、あの人は仕事でいないから、代わりにマルロが対応してるけど」
「い、今、行きますぅ……!」
「その格好で?」

 母親に指を刺され、ナターリエは自分のくつろいだ衣類を見る。これはいかん、と慌てて声をあげた。 

「ユ、ユ、ユッテ、助けてちょうだい~~~!」
「はい! カリテ! ベラ! セリエ! 集合~~!」

 母親は「やれやれ」という顔で去っていく。ユッテの号令で3人の女中がやって来た。一人は今日のドレスを選び、一人は今ナターリエが着ているゆるゆるのドレスを脱がし、一人は腰を絞るコルセットを持って来る。ユッテはドレッサーの前にメイク道具を広げた。

 3人がかりで一気にドレスを着せてドレッサーの前に座らせて、2人が髪を結い、1人がメイクをして、1人が脱がせたドレスを持っていく。4人で素晴らしい連携だ。あっという間に完成をしたナターリエの姿は「来客があるなんてちっとも考えていなかったので今日は薄化粧なんですごめんなさい、という顔」だが、完璧に作りこまれていた。

「素晴らしいわ……わたしの嫁入りに全員ついてきて欲しい……」

 それへはみな心の中で(嫁入りがあればいいんですけどね……)と思ったが、口には出さなかった。ユッテ以外は。

「嫁入りがあれば良いんですけどもね……」
「ええ~、それはそうなんだけど……」

 婚約破棄をされた身にはつらい。ナターリエはうめきながら、身支度を整えてもらうのだった。

 

 応接室に向かえば、楽しそうな声が聞こえてくる。どうやら、ナターリエが来るまでにヒースの相手をしていようということで、兄マルロのみならず、妹のカタリナも話をしているようだ。

「失礼いたします。お待たせいたしました」

 すると、ヒースはソファから立ち上がって一礼をする。

「こちらこそ、先ぶれもなしに訪れて申し訳ない」
「いいえ、問題ありませんわ。お座りください」
「では、失礼する」

 そう言ってヒースは、ナターリエの兄マルロと妹カタリナに

「お二方とも、お付き合いいただきありがとうございました」

と軽く頭を下げた。それは、2人に「ナターリエが来たからもう大丈夫だ」と言っているわけで、要するに「部屋から出てくれ」と告げている。マルロとカタリナは「では、失礼いたします」と出て行った。

(まあ。カタリナの可愛さに目もくれないなんて。わたしが独身男性だったら、絶対カタリナのことを好きになっちゃうのに……)

 と、口から出そうなのをこれまた堪えて、ナターリエは向かい側のソファに座る。

「ご用件は何でしょうか?」
「実は、あなたが魔獣について知識を深めているらしいという話を子爵から聞いて」
「あ……はい」

 自分のことを子爵と話したのか、とナターリエは疑心暗鬼になる。何せ、今自分は婚約破棄をされた令嬢だ。出来れば、あまり自分のことを話して欲しくない……と思う。

「なので、もしかしたらあなたは本当は既にわかっていて、ビッケルに話そうとしていたところを俺が横取りした形だったのではと……」
「え」
「知っていることを伏せようとしたため、挙動不審になり、あの場から離れたのだと腑に落ちたのだ」

 あ、やっぱり、あれで誤魔化されたわけではなかったのだ。どうしよう。

(まだ魔獣鑑定士のことは言えないし……)

 合格をしていない今、魔獣鑑定士のことは言えない。
 仕方がない話だが、今守るべきものは、スキル鑑定士としての立場だ。
< 11 / 82 >

この作品をシェア

pagetop