魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
「大丈夫か!?」
「は、はい~……すみません、ちょっと、気持ちが高揚しすぎて……一気にやり過ぎました」

 自分でそれがわかっているのか、とヒースは「はは」と笑い、彼女の隣に座る。下は地面だが、彼は気にしないようだった。

「スキルがある飛竜は3体か」
「そうですね。潜在スキルを除いて、20体の中の3体ですから、案外いるのだなぁという感じですね……その、ほとんどが高度飛行なのですが……」
「飛竜は飛べばそれで良いので、スキルはそんなになくても大丈夫だ。だが……」

 ちょうどその時、ヴェーダという騎士がフロレンツと共に慌てて走って来た。

「お呼びでしょうか!」
「おう」

 ヒースは立ち上がってヴェーダを迎えたが、ナターリエは立ち上がろうとして、またふらりとする。

「いい。そのまましゃがんでいてくれ」
「は、はい、申し訳ございません……」
「水をお持ちしますか?」

 そのフロレンツの言葉に「大丈夫よ、ありがとう」と答え、ナターリエは小さく微笑んだ。

「ヴェーダ、こちらの方は、ハーバー伯爵令嬢ナターリエ嬢だ。魔獣鑑定士として昨日から来てもらっている」
「えっ、魔獣鑑定士!? おお、凄いですね……あっ、自分はヴェーダと申します!」

 そう言ってヴェーダは頭を下げる。彼もまたフロレンツと同じく、ヒースと年齢はそう変わらないように見えた。

「ナターリエと申します。ごめんなさい、ちょっと今、立てなくて……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お気遣いなく」

 そう言ってナターリエが微笑めば、ヴェーダは心配そうな瞳を向ける。それへ、ヒースが声をかけた。

「ヴェーダ、お前の飛竜なんだが」
「あっ、はい」
「気配察知と高度飛行というスキルを持っているらしいんだ」

 その言葉にヴェーダの目が大きく見開かれる。

「高度飛行……ああ、やっぱりそうなんですね? 一番高く飛べると思っていましたが、スキルだったんですね。それから、気配察知ですか。もしかして、それであの谷に向かうのを嫌がっていたんでしょうか」
「多分な……ってことは、ヴェーダの飛竜が嫌がるような相手が、あの谷にいるということだ」
「なるほど……いや、よかった、言うことを急に聴かなくなったから、どうしたのかと……」

 ほっとした表情のヴェーダ。しかし、それへフロレンツが話に入る。

「とはいえ、そう、よくもないですよね」
「そうだなぁ。飛竜よりも上の存在があの谷にいるんだな……俺の竜もなんとかあの谷に入る山岳を飛べそうだったが、時間制限があるらしい……」
「放置しても大丈夫でしょうか」
「今のところ、あの谷に入れるほどまず高く飛ぶことは、もし俺の竜が飛べるとしても二体にしか出来ないし、お前の竜はそれを嫌がるしな……それに、刺激をするのもどうかと思う。まあ、要検討案件だ」

 と、ようやくナターリエは立ち上がる。

「その『谷』とは?」
「うん。古代種たちがいるエリアを越えると、更に大きな山があってな。そこに谷間があるんだが、高すぎてこの飛竜たちではぎりぎりいけないぐらいなんだ。馬ならば入れるんだが、古代種のエリアが深いため、馬をそこまで連れていけなくて。一度近くに行った時に、この飛竜がおかしな動きをして」
「なるほど。そこに、飛竜が嫌がるような、魔獣か何かがいるのでは、ということですね? でも、飛竜より上位のものとなると……同じ竜族のトップか、古代種になりますね?」
「やはりそうなのか?」
「はい」

 ナターリエはすっかり真剣な表情で2人に話す。

「飛竜は竜族の中でも比較的下位の存在です。空を素早く飛ぶことに特化をしているだけで、要するに逃げることは得意ですが、戦うことには実際は向いていません。ですから、上位の竜の中で遠隔攻撃を出来る竜を苦手としています。それから、古代種の中では大きなものは飛竜ですら餌にするようなものがいたと言います。勿論、飛竜もそこまで簡単には捕らえられないので大丈夫だと思いますが、本能として残っているのかもしれません」

 その説明にヒースとヴェーダはぽかんとする。ナターリエはそれに気づくと、かあっと頬を紅潮させて大慌てした。

「あっ、あっ、あの、出過ぎた話をっ……そのう、わたしが言ったことは書物に記してありますので、その、本当かどうかはわかりませんが、きっと本当かなぁ~って……あっ、それとも、もうご存知でしたら申し訳ございません!」
「ああ、いや、驚いた。そこまではっきりとした情報を我らは持っていないので」
「そ、そうなんですか?」

 ヒースのその言葉にほっとするナターリエ。

「試験の直前に読んだ部分でしたので、よく覚えていただけなんです。あの、グローレン子爵のところで竜を見ましたよね? あれから、もう一度竜について調べていて……」
「そうか」
「竜といっても、沢山の種類があるので、覚えきれなかったんですけど……こちらにいる飛竜は昔ながらの飛竜をそのまま産んで増やしたんですね? みんな立派で驚いています!」

 と、話が逸れていることにも気づかずに、ナターリエは夢中になる。再び飛竜を眺めては「本当に綺麗な瞳!」と喜ぶ姿を、ヒースは微笑んで見守っていた。
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