魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
 翌日の空は晴天だった。邸宅の者たちに見送られながら、ヒースの飛竜は空に向かう。一見、ナターリエは昨晩のことを何とも思っていないようにふるまっていたが、彼女の後ろでサポートをしているヒースは気付いている。ナターリエが、やたらと前傾姿勢だと。

「ナターリエ嬢。あまり前側に体重をかけると……」
「はっ、はいっ」

 ヒースは「しまったな」と思いつつ、どうしようもない。なんとなく2人はぎくしゃくとした状態でリントナー邸を離れる。

 彼は彼で、彼女の体を支えようと思うが、いつもどうやっていたのかがなんだかわからなくなっている。腕を回していただろうか。それとも、まったく触れずにいただろうか。どうだっただろうか。ヒースは困惑をした。

「ナターリエ嬢」
「はい!」
「その……昨晩は、その、あれは、事故のようなもので」

 それにナターリエは何も答えない。何が事故だったのか、との追及もないと言うことは、彼女も彼女でわかっているのだろうと思う。

「すまなかった。なので、えっと……普段通り、支えても良いだろうか」

 そう言いつつ、実は普段どうやって支えていたのかもしみじみとよくわからないヒース。

「はっ、はい……」

 ナターリエの返事はそれだけだ。ヒースは恐る恐る、片腕で彼女の体を軽く抱くように、腰に手を回す。ナターリエは一瞬びくりと体を強張らせたが、そっとその腕に身を委ねた。

(これで、あっていた、のだろうか……ちょっと、よくわからなくなってしまったな……)

 だが、ナターリエは何も言わないのだから、多分あっている……多分……。そう思っていると、ついにナターリエから

「その、あの……りょ、両手、で、その」
「え」
「もう片方の手は、こう、前に……」

 そう言って、ナターリエは手綱を握る彼の腕を両手で持った。

「こっちに……」
「あ、ああ」

 言われるがまま腕を前に持っていくヒース。そうか。そうだったか……と思いつつ、ぎこちなさが残る。だが、腕に触れた彼女の体温に、なんとなく「そうだった」と思って安心をする。

 短い飛行はあっという間に終わり、森の中にある別荘が見える。

「すぐですね……」

 ぽつりとナターリエが呟いた声は、ヒースの耳には届かなかった。
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