魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
「使いきれないなぁ」
「頑張って使いましたが、ここまでですね」
露店を一通り見て、大道芸人の芸も見て。だが、ベラレタにもらったチケットが何枚か余ってしまう。
「まあ、何日かやっているし、余ったやつは最終日までに使えるかもしれん」
「そうですね」
そう言って笑うナターリエだったが、心の中はそうではなかった。つい先ほどまでは、綺麗さっぱり王城のことを忘れて、本当にルッカの町の祭りを堪能していた。ヒースに手を握られて、手を引っ張られて、2人で露店を見て回って。心から楽しく過ごしていたのだ。
だが、未来の話をされれば、一瞬で気持ちがそちらへと動く。何日かやっているから、最終日に。大丈夫だろうか。その日まで、自分はリントナー領にいられるだろうか。得も言われぬ不安が心の中に広がってしまう。
ヒースに手を引かれたままで、ルッカの町を出る。馬の預け場は木々が多く茂る森の中だ。木陰で風が吹けば、木々が揺れる。ああ、自分の体温は何故か高くなっているから、気持ちがいいと思う。
気付けば、ヒースの手の中で自分の手は汗をかいていた。それが突然恥ずかしくなって、そっと彼の手から自分の手を離そうとした。だが、それがうまく出来ない。
「ヒース様……?」
「ずるいことは、わかっている。馬のところに行くまで、許してくれ」
そう言って、ナターリエの手を握る指に力が軽く入る。
「ずるく、ないです……」
「本当に?」
「はい……」
ナターリエも、軽く彼の手を握り返した。ヒースは驚いた表情でナターリエを見る。
「ナターリエ嬢」
「……」
「好きだ」
「……わっ……わたし……」
わたしも。
そう言おうとしたが、ナターリエの喉の奥にそれはつかえて、言葉が出ない。ヒースは、ぐいとナターリエの腕を引いて、彼女の体を抱きしめた。
「好きだ」
「……はい……」
「あなたが、好きだ」
彼の胸の中にすっぽりと収まり、ナターリエの両眼に涙が溢れてくる。言葉に出来ればいいのに。自分も彼が好きだと言えればいいのに。だが、それが出来ない。もどかしさで頭がおかしくなりそうだ、と思う。
ヒースは彼女を抱きしめたまま言葉を続ける。
「明日、一緒に王城に行こう。あなたが俺からのプロポーズを受けいれてくれなくとも、同行することを許してもらえないだろうか」
「はい……リューカーンのことをご報告しなければいけませんもの……」
「そうではなくて」
そう言って、ヒースは更に力を入れてナターリエを抱く。ナターリエは「はい」とだけ呟いて、彼の体に腕を絡めた。彼らの間に、それ以上言葉はない。
本当は、ヒースはナターリエからの言葉を欲していた。だが、それを安易に口にしない、彼女がそういう人物であることも彼はわかっている。そして、彼がそれを「わかってくれている」とナターリエは信じていた。
どうしようもなかったのだ。ヒースにプロポーズの返事は出来なかったし、それを「出来ない」とすら言葉にすることが難しい。待っていて欲しいとも言えない。そのどれもが根拠のない、ただの感情的な言葉だ。彼女は、それがわかるぐらいには実は理知的で、そして、正しく貴族令嬢なのだ。
ヒースも、それを急かさなかった。だからこそ、彼の腕の力は入り、彼女を離さない。そして、ナターリエも、また。彼らは、しばらく木々に囲まれた森の中で、何も言わずに抱き合っていた。
「頑張って使いましたが、ここまでですね」
露店を一通り見て、大道芸人の芸も見て。だが、ベラレタにもらったチケットが何枚か余ってしまう。
「まあ、何日かやっているし、余ったやつは最終日までに使えるかもしれん」
「そうですね」
そう言って笑うナターリエだったが、心の中はそうではなかった。つい先ほどまでは、綺麗さっぱり王城のことを忘れて、本当にルッカの町の祭りを堪能していた。ヒースに手を握られて、手を引っ張られて、2人で露店を見て回って。心から楽しく過ごしていたのだ。
だが、未来の話をされれば、一瞬で気持ちがそちらへと動く。何日かやっているから、最終日に。大丈夫だろうか。その日まで、自分はリントナー領にいられるだろうか。得も言われぬ不安が心の中に広がってしまう。
ヒースに手を引かれたままで、ルッカの町を出る。馬の預け場は木々が多く茂る森の中だ。木陰で風が吹けば、木々が揺れる。ああ、自分の体温は何故か高くなっているから、気持ちがいいと思う。
気付けば、ヒースの手の中で自分の手は汗をかいていた。それが突然恥ずかしくなって、そっと彼の手から自分の手を離そうとした。だが、それがうまく出来ない。
「ヒース様……?」
「ずるいことは、わかっている。馬のところに行くまで、許してくれ」
そう言って、ナターリエの手を握る指に力が軽く入る。
「ずるく、ないです……」
「本当に?」
「はい……」
ナターリエも、軽く彼の手を握り返した。ヒースは驚いた表情でナターリエを見る。
「ナターリエ嬢」
「……」
「好きだ」
「……わっ……わたし……」
わたしも。
そう言おうとしたが、ナターリエの喉の奥にそれはつかえて、言葉が出ない。ヒースは、ぐいとナターリエの腕を引いて、彼女の体を抱きしめた。
「好きだ」
「……はい……」
「あなたが、好きだ」
彼の胸の中にすっぽりと収まり、ナターリエの両眼に涙が溢れてくる。言葉に出来ればいいのに。自分も彼が好きだと言えればいいのに。だが、それが出来ない。もどかしさで頭がおかしくなりそうだ、と思う。
ヒースは彼女を抱きしめたまま言葉を続ける。
「明日、一緒に王城に行こう。あなたが俺からのプロポーズを受けいれてくれなくとも、同行することを許してもらえないだろうか」
「はい……リューカーンのことをご報告しなければいけませんもの……」
「そうではなくて」
そう言って、ヒースは更に力を入れてナターリエを抱く。ナターリエは「はい」とだけ呟いて、彼の体に腕を絡めた。彼らの間に、それ以上言葉はない。
本当は、ヒースはナターリエからの言葉を欲していた。だが、それを安易に口にしない、彼女がそういう人物であることも彼はわかっている。そして、彼がそれを「わかってくれている」とナターリエは信じていた。
どうしようもなかったのだ。ヒースにプロポーズの返事は出来なかったし、それを「出来ない」とすら言葉にすることが難しい。待っていて欲しいとも言えない。そのどれもが根拠のない、ただの感情的な言葉だ。彼女は、それがわかるぐらいには実は理知的で、そして、正しく貴族令嬢なのだ。
ヒースも、それを急かさなかった。だからこそ、彼の腕の力は入り、彼女を離さない。そして、ナターリエも、また。彼らは、しばらく木々に囲まれた森の中で、何も言わずに抱き合っていた。