魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
「ヒース様! お久しぶりでございます!」
「おう、ビッケル久しいな。また子爵が竜を購入したと聞いて、ちょっとパーティーを抜け出して覗きに来たのだが……ええっと、そちらのご令嬢は……」

(お初にお目にかかります。わたくし、ハーバー伯爵が娘……)

 そこまで心の中で名乗りをあげてから、声が出ていなければ体も動いていないことにハッと気づき、ナターリエは慌てて彼女にしては上出来な美しい形でドレスをふわりとつまんで腰を落とした。

「お初にお目にかかります。わたくし、ハーバー伯爵が子女、ナターリエと申します」
「……」

 そのナターリエのカーテシーを見て、ヒースは驚いたように目を軽く見開く。

「……?」

 何も言わない彼を不思議に思って、ナターリエは彼を見上げる。視線が絡み、ヒースは慌てて言葉を返す。

「あ、いや、これは、こちらからご挨拶をせねばならんところを、申し訳ない。リントナー辺境伯子息、ヒースと言う。パーティーではお会いしていなかったような……?」
「は、はい。その……ヒース様がいらっしゃった後に、すぐにこの竜を見に来たものですから……ご挨拶遅くなってしまい、大変申し訳ございません」
「ああ、そうか」
「ヒース様、それはそうと、今おっしゃっていた火竜の血というのは……」

 話を差し込んでくるビッケル。確かにそれは彼女にとっても重要な話なので、うんうん、とうなずいてヒースを見る。

「うん? 尻尾付近の鱗の裏側の色が、火竜由来のレンガ色だろう?」
「えっ? これは地竜の色ではありませんか?」
「ああ、なるほど。見分けにはちょっとコツがいるんだ。ビッケル、ちょっと竜に触れても大丈夫か。柵の中に入りたいのだが……」
「はい。決して人間は襲わないようにしつけられておりますので」
「あっ、では、わたしも触ってもよろしいのでしょうか?」

 ナターリエの言葉に、ビッケルとヒースはどちらも驚きの表情を見せる。まさか、貴族令嬢が竜に触りたいと言い出すとは2人共思っていなかったからだ。

「大丈夫ですか……?」
「えっ? こんな機会は滅多にありませんし……?」
「ナターリエ様、柵の中に入りますと履物が土で汚れますが」
「お気遣いありがとうございます。ここに限らず外を歩けば汚れるものですわよね? 会場の床を汚すわけにはいかないでしょうから、終わったら帰ります。ビッケル様から子爵にお伝え願えますか」
「は、はい……」

 ビッケルが先に柵の鍵を開けて中に入る。竜はまったく動かず、静かに三人を見守るだけだ。確かによくしつけられていると思う。

(竜は、知能が高い魔獣だけれど、こんな風に穏やかでいられるなんて……食事で、満足するタイプの個体なのね)

 ナターリエは、しばらくぼうっと竜を見上げた。実のところ、人に捕獲をされた竜は、適切な運動、それから「食事をもらえる」ことに満足をするものと、そうではなく暴れ続けるものがいる。少なくともこの竜は、前者のもののようだった。

 ヒースは、竜の側面に触れながら「申し訳ない。少し触らせてもらうぞ」と声をかけ、それから後ろに回る。

「ビッケル。子爵にも伝えておくので、あとで説明するといい。鱗の裏の色、という表現は、裏側の鱗の付け根……つまり、生え際側のことであって、容易に見える部分ではない」
「!」
「この竜はわかりやすい。鱗裏の付け根はほとんどが見えないものだが、この尻尾付近の鱗が、そうだな。言葉で言えば、毛羽立っているような、と言えばよいのか。座ることが多い地竜は、この部分の鱗がぴったり張り付くものと、この竜のように逆に外側にめくれる形になるものがいる」

その言葉にナターリエは驚いて、ぐいと顔を突っ込む。瞬きを忘れて、じいっと鱗の裏側を覗き込んで感嘆の息を漏らした。

「まあ、本当ですわね。ここの鱗が、外側に反っているのですね……まあ、まあ……」
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