ロミオとジュリエットにはほど遠い
第2章 わたしのかみさま
◯回想・西洋風の庭園

  8年前。

  当時10歳の鞠絵が母・智子の後ろに隠れている。


鞠絵「当時、母は祖父の命令で再婚することになった」

鞠絵「相手は竹前 弘樹という方で、大学の学長を務めていらっしゃる方だった」

鞠絵「彼にもまた、亡くした妻との間に一人息子がいた」

鞠絵「それが幸樹さんだった」


智子『鞠絵、新しいお父様とお兄様にちゃんと挨拶なさい』


  鞠絵は恥ずかしがって、智子のスカートに顔を埋めてしまう。


智子『この子ったら……』


  当時14歳の幸樹は、父・弘樹とともにニコニコと微笑む。


弘樹『お気になさらないでください』

幸樹『ゆっくりでも仲良くなれれば嬉しいです』


  鞠絵は母親の陰からこっそりと幸樹の様子をうかがう。


鞠絵(キラキラしてて……王子様みたい)


  幸樹は鞠絵が自分を見ているのに気づき、にこりと笑いかける。

  鞠絵は赤くなって完全に母親の陰に隠れてしまう。

  それを見て笑い声をあげる弘樹。

  困ったように笑う智子。


鞠絵「政略結婚ではあったけど」

鞠絵「2人はとてもいい人で、毎日が幸せだった」

◯回想・幸樹の部屋

  トロフィーや賞状、難しそうな本が並んでいる。

  鞠絵は幸樹に満点のテスト用紙を嬉しそうに見せている。


鞠絵『お兄様、ありがとう!』

鞠絵『おかげで100点でした!』


  幸樹は優しげな笑みを浮かべている。


幸樹『鞠絵ががんばったからだよ』

幸樹『僕はお手伝いをしただけ』


  そう言って鞠絵の頭をなでる。


鞠絵(お兄様はカッコよくて優しいだけじゃない)

鞠絵(謙虚な人でもあるんだ)

鞠絵(私が今まで出会った中で、一番素敵な人……)

鞠絵(もっとお兄様にほめてもらいたい)

鞠絵(もっと認めてもらいたい)

鞠絵「それから私は、本当になんでもした」

鞠絵「幸樹さんにひたすら尽くした」


◯回想・鞠絵の部屋

  勉強やスポーツに力を入れ、トロフィーや賞状が鞠絵の部屋に増える。

◯回想・幸樹の部屋

  勉強中の幸樹にお茶をいれたりしてかいがいしく世話を焼く。

  その様子に、幸樹は困ったように微笑む。

  鞠絵は気づいていない。

◯回想・リビング

  幸樹にお菓子とお茶を用意する鞠絵だが、その顔色は青い。

  幸樹は心配そうに声をかける。


幸樹『鞠絵、顔色が悪いよ?』

幸樹『少し休んだら?』

鞠絵『だいじょう……』


  最後まで言い切れず鞠絵は倒れてしまう。

◯回想・幸樹の部屋

  幸樹のベッドで眠る鞠絵。

  その目はゆっくりと開かれて、天井をぼんやりと見つめる。

  そっと額にのせられたタオルに触れる。

  ノックの音がして、幸樹が入ってくる。

  持っているお盆には水差しとコップがある。


幸樹『具合はどう?』


  お盆を机の上に置きながら、静かな声で尋ねる幸樹。

  鞠絵は泣きそうな顔になる。

  幸樹は慌てる。


幸樹『どうしたの? どこか痛い?』

鞠絵『迷惑かけて、ごめんなさい……っ』


  とうとう泣きだしてしまう鞠絵。


幸樹『迷惑だなんて思ってないよ』

幸樹『家族なんだからお互い様だろ?』


  グスグスしている鞠絵をなだめる幸樹。


鞠絵『私、お兄様に嫌われたくない……』

幸樹『嫌ったりしないよ』


  幸樹は鞠絵の手を握る。

  柔らかい表情で穏やかな声音でささやく。


幸樹『こんなかわいい妹なんだから』

幸樹『だから、家来にも召使いにもしたくはないんだ』


  鞠絵は意味がわからないという顔で幸樹を見やる。


幸樹『鞠絵は僕のためになんでもしようとするよね?』

幸樹『それはもう、やめてほしいんだ』


  その言葉を聞き、鞠絵はショックを受ける。


鞠絵(私がしたことは、全部お兄様の迷惑になっていたんだ……)

◯回想・鞠絵の部屋

  倒れてから数日後。

  ベッドで横になって、ただぼんやりとしている鞠絵。


鞠絵「そしてその日は、唐突にやってきた」


  母・智子が慌ただしく部屋に入ってくる。

  何事かと跳ね起きる鞠絵。


智子『鞠絵、今すぐ荷物をまとめなさい』

智子『家を出ますよ』

鞠絵『お母様……?』


  母親に手を引かれ、ボストンバッグを持って歩く鞠絵。


鞠絵「これは後から聞いた話」

鞠絵「弘樹さんは、大学の学長を突然解任させられた」

鞠絵「それを聞いた祖父は、もはや結婚している価値はないと判断したのだ」

鞠絵「すぐに離婚するよう、母に命じた」

鞠絵「それから竹前家は没落していった……」


  回想終わり。

◯学校の庭園・東屋(お昼休み)

  唖然として聞いている千紘と充香。

  冷静にお茶を飲む鞠絵。


充香「その……、今度はどうしておふたりが結婚することに?」


  充香が言いづらそうに、だが思い切って尋ねる。


鞠絵「お祖父様が命じたの」

鞠絵「幸樹さんは、海外の方々とコネがあるからって」

千尋「海外の方々と?」

鞠絵「ええ、幸樹さん、奨学金で海外留学をしたそうよ」

鞠絵「そのときにコネを作ったんですって」


  千紘はあごに指を当てて不思議そうな顔をする。


千紘「でも学生のうちに結婚させるなんて……ずいぶんと性急ですのね」

充香「高校や大学を卒業してから、という方ばかりですものね」


  鞠絵は水筒のフタをギュッとしめる。


鞠絵「お祖父様は事業の海外展開をずっと狙ってましたの」

鞠絵「それこそチャンスさえあればすぐに」

千紘・充香「そうでしたの……」


  千紘と充香はなんとも言えない苦い顔をしている。

  鞠絵は目を伏せて幸樹の身を案じる。


鞠絵「幸樹さん……」
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