クズとブスの恋愛事情。
覆水盆に返らず。
その知らせが来たのは、ミキが留学先の寮に入寮できるまで一週間と迫ってきた時だった。
その知らせが届くまでのミキは、今までまともな家庭生活というものを送った事がなくその悲しくも寂しい辛い日々の穴を埋めるかのように
新たにできた家族と、留学するまでの短い時間を幸せを噛み締めるように大切に過ごしていた。
早く陽毬の元へ向かいたい気持ちと、このまま家族とずっと過ごしていたい。
いくら、休日には家に帰省するとはいえ長くこの家族と離れる寂しさが込み上げ、家族と離れて暮らす事を考えればまだ家にいるというのに既にホームシックになりそうな気持ちである。二つの強い気持ちが入り混じって複雑な気持ちだ。
そんな短い日々を大切に過ごしていたミキが、部屋で荷造りをしていた時。
いきなり、ミキの前にワープしてきたのだろう桔梗と桔梗の胸の中で大泣きしているショウが現れたのだ。
急に現れた二人にビックリし過ぎて
「…う、ウワァーーーーーーッッッ!!!?」
ミキは素っ頓狂な悲鳴をあげ肩が跳ね上がってしまった。
少し落ち着きを取り戻し、ミキはいつも通り調子のいいヘラヘラとした笑いを浮かべながら
「いきなり、来ちゃうんだもーん。
腰が抜けるかってくらいビックリしちゃったぁ。ハハっ!どーしたの?ショウちゃんなんか、泣いちゃってるしぃ……。
…………。…え?本当に何があったの?」
なんて最初こそオッチャラケていたものの、だんだん冷静さを取り戻していったミキは考えた。
…何度も「…どうして?」と、呟き泣いてるショウ。そして、苦虫を噛み潰したような表情の桔梗。
そして、わざわざワープを使ってまでミキの所まで来た二人。
どう考えたって、緊急性のある悪い話だという事が分かる。
…ドックン…ドックン…!
嫌な心臓の音が身体中に鳴り響く。
どうか、なんだ、そんなくだらない事なの?って、拍子抜けする話であればいいとミキは
きっとそうだ。桔梗は、ショウのがどんなくだらない馬鹿げた事でも真剣ならば、それでも自分も一緒になって真剣に付き合うような奴だ。
だから、深く考えることはないだろう。
と、気持ちを切り替えた時に桔梗は恐ろしい言葉を吐き出したのだ。
「陽毬が、アンジェラの罠にハマって集団レ◯プされた。」
宙に浮いたまま、ミキを見下ろす形で話されたせいか威圧感と現実味に欠けた言葉だけがミキに衝撃を与える。
あまりの話についていけず
「…え?…は?え…???」
ミキは現実が受け止められず
酷く泣きじゃくるショウを慰める桔梗の二人をただただポカーンと眺めていた。
「陽毬は妊娠確定。陽毬の腹の中に命が宿ってるのが分かった。」
と、桔梗が言った所でミキはハッとし
「……ハ、ハハッ…!…それってさぁ。冗談でも言っちゃいけないやつ。全然、笑えないからぁ〜。
それに、ヤられたばっかで直ぐ妊娠なんて分かる訳ないじゃーん。」
どうしてこんな時に、常識に欠けた冗談言うかなと引き攣った笑顔で言い返した。
そうだ。冷静に考えたら、ヤッて直ぐに妊娠なんて分かる訳がない。
保健体育でも習ったじゃないか。生理開始予定日から一週間以降。また、性行為をして三週間程度して妊娠検査薬を使ってようやく分かるって。
三週間以上しないと妊娠検査薬が反応しないから、三週間以上経たないと妊娠したか分からないらしいとも習ったはず。
本当に悪い冗談だ。
と、ミキは自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻そうとしていたが、そんなミキの様子を見て桔梗は冷たく言い放った。
「……ハア。確かに一般的にはどうだろうな。だけど、“ここが、どんな奴らが集まってる場所なのか”忘れたか?
お前が、ショウパパのライガの弟になった時にライガや俺の親父達に“宝来家の秘密”について教えられたはずだ。」
と、言われミキはハッとし、思わず桔梗から目を背けてしまった。
…ドックン、ドックン、ドックン!
「そして、この俺様の事も。俺様はこの世界全てにおいての魔道の頂点であり、魔道の祖の直系だ。
受精して命が宿った瞬間から妊娠が分かる。見ようと思えば内部まで見える。
そんな俺様が、ショウの付き添いで陽毬の見舞いに行き直接ソレを見たから陽毬の妊娠は確実だ。」
非情に告げられる残酷な報告。
「フジから、陽毬の報告を受け直ぐに俺様とショウは陽毬の元へ向かい、俺はすぐさま陽毬の暴行で受けた怪我や傷を直し集団レ◯プで酷い状態の陰部や筒内は綺麗に洗浄した。
だけど、陽毬の負った精神的傷は治せないし、どんな残酷な理由であれできてしまった命を奪う事ももちろんできない。」
…ドックンドックンドックンッッッ!!!
「…え?…う、嘘っ!アンジェラの計画の実行日はまだ未定だったはず。それに、フジが警戒して選りすぐりの護衛がひーちゃんを守ってたはず。
アンジェラ達が、いくら計画を企てようとひーちゃんは鉄壁の壁に守られて安全だったはず!なのに、何故っ!!?信じられないっ!!」
ミキは信じられないとばかりに、桔梗肉ってかかったが
「信じたくない気持ちは分からないでもねーけが。いい加減、現実逃避ばっかしてねーで現実を受け止めろ。」
冷たく言い放たれ
いきなり、見知らぬ場所にミキはいた。
そこには、白で統一されていれるベットに眠っている陽毬の姿があった。
『…ひーちゃん!?』
ミキが陽毬に声を掛けてもピクリとも動かず、陽毬の側にはフジと急遽駆けつけたのだろう結と何故か蓮の姿まであった。
…陽毬の家族らしき姿は見当たらない。
陽毬は病院のパジャマを着せられており、点滴の針が腕に刺されていた。
…だが、おかしい。
何故、自分は天井から陽毬を見下ろしている状態なのか。
しかも、そこから全く動けないしいくら声を掛けてもそこに居る誰にも自分の声は届いていないようだ。
不思議に思っているミキに
『ああ、色々面倒くさくなりそうだから、テメーの魂だけ陽毬の所に連れてきて病院の火災報知器と一体化させといた。だから、テメーはそこを動く事もアイツらに話しかける事もできねーよ。』
と、宙に浮かびながら桔梗は説明してきた。もちろん、ショウ付きだ。
どうやら桔梗は自分達だけ、透明になる魔道を掛けテレパシーで話しているようだ。
…チート過ぎるだろと、ミキは桔梗のとんでもない魔道を何でもない事のように簡単にやってのけてしまうチートぶりに、桔梗の魔道は何でもありなんだなぁとドン引き…恐怖すら感じていた。
…しかし、何故に自分はこんな扱い?
普通にお見舞いに連れて来られるか、自分と陽毬が会ってはいけない何らかの事情があるなら
こんな火災報知器に魂を憑依させるなんてまどろこしい真似なんてしないで、普通に桔梗達みたいに透明にしてくれたら良かったんじゃないの?
なーんか、差別感じるなぁと不愉快な気持ちでいた。
だが、そんな事よりも陽毬だ。
何故、陽毬は病院らしき場所で点滴をうっているのか。
そして、見舞いに来たらしきフジや結達の泣き腫らし沈んだフジの顔。怒りで震える結。その横でショックを受け何とも言えない表情を浮かべる蓮の姿。
その様子を見て、ゆっくりだが徐々にその状況が理解できてくる。
…ゾッ…!
まさか、本当の本当に桔梗の言った事は事実とでもいうのか!?
ようやく、この事態を飲み込み始めそれが現実だと理解した瞬間にミキは、あまりのショックに頭を抱え悲鳴に似た叫びで
『なんで!?どうして、ひーちゃんがこんな目に!!?ひーちゃんをこんな風にした奴ら全員、絶対に許さないっ!
みんな、殺してやるっ!!!』
気が狂ったように叫び続けた。
『…何となく、こうなると思ったから魂だけ連れてきた。そして、かなり暴れかねないと想定して物に魂を縛りつけて動けなくしたのは、どうやら大正解だったな。ともあれ、ようやく現実が見えたようだな。』
と、桔梗が話しかけると
『…ハア、ハア。…なんで、ひーちゃん手足と腰が拘束されてんの?どうして、点滴してるの?怪我は桔梗が治してくれたんでしょ?』
ひと通り泣き叫び、少し落ち着いたミキが質問してきた。
『ああ。拘束されてるのは、あまりのショックから精神崩壊して暴れるから。
そして、点滴は陽毬が落ち着きを取り戻すまでの間、常に精神安定剤と眠り薬を投与し続ける為。
もう片方の点滴は、こんな状態じゃ飯も食えねーから必要な分の栄養を補充してるからだ。』
桔梗の説明を聞き、ミキはもう何が何だか色々ぐちゃぐちゃな気持ちになって何をどうしたらいいのか、どうしたってこの状況は受け入れられず混乱し放心状態になってしまった。
『それと、妊娠の話はしてねーが俺様が陽毬の治療を始める前に、陽毬は俺様に言った。
“……もし、妊娠してたら…赤ちゃんにはこんな不甲斐ない自分が母親だなんて申し訳ない限りでございますが…例え、どんな事情があろうとその命に罪はない。
罪人でもない、むしろ被害者である一人の人間の命を奪うなんて絶対にあってはならないであります。
だから、もし妊娠していたならば…覚悟を決めますぞ。全身全霊でその命を守っていきたい。…いや、守らなければならないのですぞ。”
なんて、これからの不安と恐怖に震えながらも強い意志を持って、赤ん坊を産み育てると断言してたよ。
まさか、陽毬がこんなにも慈悲深く愛情深い人間だとは思わなかった。…いや、それだけじゃこんな決断直ぐに出るもんじゃねー。
ある意味、ぶっ飛んでやがるとしか言えねー。だけど、陽毬の言ってる事は間違いじゃねー。
…だけど、それでも誰の子かも分からねー。ましてや、見ず知らずの集団に暴行されてできた命。受け入れられる訳ねーだろ。……クソッタレがっ!
胸糞わりーんだよ!」
珍しく、ショウ以外の事で感情的になっている桔梗。陽毬はショウの大切な友達の一人として、間接的だが知り合い程度には付き合いのあった桔梗だ。
そんな見知った人の居た堪れない経緯や姿。事が事なだけに、ショウ以外我関せずの桔梗ですら感情的にならざる得なかったのだろう。
それだけの事が起きてしまったのである。
『…う、嘘だ…こんな、こんなのってあんまりじゃない!?ひーちゃんがなにしたっていうんだよ!…ウソだぁ〜…』
ミキは、これからどうしたらいいのか、どうするべきなのか全く分からずショック状態で混乱したまま“嘘だ”と連呼して泣いていた。
そんなミキを無視して桔梗は話を続ける。
『陽毬は、どんな事情であれ妊娠していたらその命には罪はなく尊い一人の人間だ。だから、自分が授かった以上愛情持ってしっかり育てる。とは、言っていたし意志も固かったけどよ。理想と現実は全く違う。
いくら、そう思ってもいざ赤ん坊が生まれてきたら違うはずだ。何故なら、その赤ん坊は自分を暴行し体も心もズタズタにしたとんでもない悪魔の血を引いてるんだ。
だから、その赤ん坊が悪魔に見えるか、憎悪の対象になってしまうのか…どうなるかは分からねーが、陽毬にとって恐ろしくも憎く感じてしまうに違いねー。
或いは、俺様さえ想像できない別の感情が生まれるかもしれねー。だが、一つ言える事は、陽毬にとってその赤ん坊を育てる事は得策じゃねー。かなり無理があるって話だ。
だが、やっぱり命は命だ。産むって事だけには俺様も賛成だ。だが、陽毬本人が育てる事には反対だ。
その赤ん坊は、しっかりした温かな家庭に里子として出した方がお互いの為になるって俺様は考える。
だけど、世の中そう上手くいくはずもない。…これから、陽毬と赤ん坊はどうなるんだろうな?』
と、言ったところで
『…もし、もしも、ひーちゃんが赤ちゃんを育てる事になったらさ。オレが、赤ちゃんの父親になる。ひーちゃんもその赤ちゃんも、オレが絶対に守るよ。』
なんて、ミキが言い出してきたものだから、桔梗もショウもビックリしてミキ(現在、火災報知器に憑依させられている)を凝視した。
『…馬鹿か!さっきの俺様の話聞いてたか?理想と現実は違うんだぞ!?
もし、その赤ん坊を育てる事になっても、赤ん坊に罪はなくても分かっていても、過去のトラウマから赤ん坊を虐待でしかねねーって言ってんだよ!!
幸せになる為に生まれた命を自分達の勝手で不幸のドン底に落とす可能性が高いって分かんねーのかよ!
そこん所もしっかり考えた上で発言しろよ!軽はずみな事を言っていい場面じゃねー!軽く考えんな!クソ馬鹿がっ!!』
虐待と言われても、陽毬と自分が赤ちゃんを虐待するとは思えないが
確かに、陽毬に宿った命は陽毬にとって悪魔のような男の血を引いてる。そう考えてしまうだろうし、赤ちゃんの顔を見る度に赤ちゃんの事を考える度に残酷なトラウトが蘇り精神崩壊してもおかしくない。
今だって、こんな酷い精神状態なのだ。
…なら…
『……じゃあ、どうしろっていうの?どうにもならないじゃん。…ひーちゃんが襲われちゃった以上、もう取り返しがつかないじゃん。…………ッッッ!!!?』
何をどう転がしても、どうにもできない状況に絶望しかなかった。ミキはただただ陽毬の無念を思いながら涙を流す事しかできない。
無力な自分を呪いたい気持ちでいっぱいだ。
陽毬と離れてる間も、ウザいかなと思いつつも毎日欠かさず朝昼晩と3回以上は連絡していた。
自分が居ない間も、自分以上に頼りになるフジはいるしフジが居なくても、フジが警戒して念には念をという事で優秀なボディーガードを四六時中陽毬につかせ守っていたというのに。
…どうして、こんな事に…!!
完璧だったはずだ。
なのに、どうして…!!!
と、グルグル考えているミキをジッと見ていた桔梗は
『後先も考えらねー、自分の事しかかんがえれねークソヤロー。テメーは、どれだけ陽毬の事を好きなんだ?』
なんて、今は関係ないであろう逸れた話をしてきた。通常であれば“今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!”と、怒鳴り怒り散らしていただろうが
どうしようもない事態にパニック状態更に少し放心状態のミキは
『…凄く好きだよ。今まで感じた事のない初めてだらけの感情がいっぱい出てくるくらい。…初恋ってやつかも。
自分より大切に考えられる人はひーちゃんしかいないよ。ひーちゃんの為だったら、なんだってできるって思えるくらい好き…大好きだよ。
…なのに、こんな…ッッッ!!!』
と、言ったところで桔梗の表情は変わり
『陽毬の為なら何だってできるって言葉に嘘はないな?』
そう尋ねてきた。何の意図があるのだろうと思いつつ、どうにもならない状況で一体何を言いはじめるのかと桔梗に対し徐々に怒りすら湧き始めたミキに桔梗は無表情にこう言い放った。
『テメーの覚悟次第、テメーが犠牲になる事で陽毬がこのどうにもならない状況から抜け出す事ができるとしたら?』
桔梗の突拍子もない言葉に、何意味不明な事言ってるんだと不信感を抱くミキに更に桔梗は言葉を続ける。
『できるぜ?』
『………は?』
『だが、この禁術にも近い特殊魔道は【願いに見合った対価】を必要とする願いを叶える代わりに、それ相応の対価で契約成立する【悪魔との取引に近い】恐ろしい魔道だ。』
『……対価?』
『俺様は、人の願いを叶えるなんて柄じゃねーし。これは魔道を使う側からしたら、願いを叶えるってより対価を払う人間がどうなってしまうか。
その恐ろしい瞬間を目の当たりにしなきゃなんねー胸糞悪りー魔道だから、使えても今の今まで絶対に使う事はなかった。』
その説明だけで、桔梗のいう対価を必要とする魔道は本当に恐ろしいものなのだと安易に分かり、思わずミキの体は硬直しゾッと体に冷たいものが走った。
『だが、ショウの大切な友達の陽毬。ショウが陽毬の事でとても悲しんでる。
俺様はショウが悲しむのを見てられない。だから、俺様が知る限り自分より陽毬の事を優先できそうなテメーにこの話を持ち掛けた。
誰の為でもねー。ショウを悲しませたくない俺様の為にだ。』
…ドックン…!
『テメーは陽毬のこの最低最悪な状況を無くす為に、それ相応の対価を払い陽毬を助ける覚悟はあるか?』
と、問われ
ミキは直ぐに答えられなかった。
…だって、ようやく地獄のようなあの家庭環境や奴らと縁も切れて、新たな温かい家族と一緒に幸せになり始めてきたところなのだ。
下手したら、それを手放さなければならないかもしれない。あの温かくも優しい空間を…大切な家族を…
そう考えたら、直ぐに肯定の言葉が出てこなかった。
…しかし、陽毬の事を考えれば…今この状態の陽毬を見れば、大好きな陽毬を見捨てるという選択なんて最初からなかった。
どんな風に助かるのか不明であるが、陽毬が助かるっていうのなら
自分の劣悪な家庭環境事情があるにせよ知らなかったにせよ、今まで散々女の子達を泣かせてきた自分。大樹にザマーミロって優越感に浸りたいが為に陽毬を利用しようとしていた醜い自分なのだから
最後くらい、大切にしたい大好きな女性の為に自分が犠牲になれるなら本望だとも思っていた。
ミキもまた、今までの自分を悔いどう足掻いても消えない過去に苦しみもがいているのだ。
これで自分の罪が消えるとは思わないが、これからどんな事が起こるのか怖くて仕方がないが受け入れる覚悟をした。
しなければならないと考えた。
極悪人の自分が、裁かれる時が来たと思う事にしたのだ。そう考えなければ、未知なる対価を払うという覚悟を持てなかったからだ。
『…どんな対価を払うのか分からないけど、ひーちゃんを助けられるなら何だってする!お願い!ひーちゃんを助けて!!』
と、強い意志と覚悟で桔梗に宣言した瞬間だった。
いきなり、また場所は変わり
真っ暗闇なのに、お互いの姿が見えるという不思議の空間にミキと桔梗、ショウはいた。
「もう、逃げらんねーぜ?この空間は、【超特殊魔道・対価交換魔道】の術式の中だ。さっさと終わらせてーから始めるぞ?」
と、ミキの気持ちの整理もつかないまま、いきなり始まってしまった対価交換魔道。
瞬間、ミキはいきなり恐怖が込み上げてきて「…ちょっと待って!」「もう少し、おちつかせて?」と、ミキは焦り桔梗に話しかけるが
普段、どんな上級魔道や超高等魔道を使っても詠唱無しですんなりとんでもない魔道をやってのける桔梗が珍しく長ったらしい詠唱を唱え、様々な魔法陣をそこら中にばら撒いていた。
桔梗の事だから、精密に計算され尽くしての魔法陣の配置なのだろうが上下左右の空間に浮かぶ魔法陣。
一つ作るだけでも時間は掛かるし、相当な魔力と知識を持ち合わせていなければできない魔法陣を容易く一気に作り出してしまう桔梗は異質にしか思えなかった。
実際に、そうなのだと宝来家で説明されたが人の姿をして自分達と一緒に普通に暮らしているので、こういう特殊な機会でしか桔梗の異質さを感じる事はないので驚くしかない。
そして、儀式会場が整ったのだろう。
宙に浮いた桔梗は完全なる自分達とは全く異なる禍々しくも美しい神秘的な何者かになっていた。
『…汝の願いを言え。そして、それに相応の対価に何を渡すか?』
と、問う何かに取り憑かれたかのように無表情かつ仕草も違う桔梗に恐怖を感じつつ、桔梗にお姫様抱っこされているショウを見ればいつも通りのショウでそれを見て少し落ち着きを取り戻す事ができた。
…しかし、対価か。対価と言っても、何を差し出せばいいものか。
願いと言っても、陽毬の何を助ければいいのか具体的に説明が難しい。
…いや、ちょっと待てよ?
これって、対価次第でどんな願いでも叶えられるって事だよね?
…って、事は
…ドックン、ドックンッ!
願い次第で、今までの自分の行いも訂正できるかもしれないって事?
…じゃあ、何が一番最善か…
そう考えた時、ミキの頭にピーンと閃き浮かんできた。
それは
「今現在の自分の記憶を持ったまま、赤ちゃんの頃からやり直したい!
もちろん、ひーちゃんも赤ちゃんの頃からやり直して!そして、ひーちゃんの方には今までの記憶全部消してほしい。」
だった。それには、何もかも一から始め鷹司家という家族の元へ戻らなければならないという地獄のような最悪が待っているが仕方がない。
自分が今の記憶を持っている事で、絶対に何か対策できる。
例えば、アンジェラとは関わりを持たない。陽毬一筋なので、恋愛絡みで絶対に陽毬を悲しませない。
少なくとも、それだけはできる。
分かってる事が多ければ、何かかしらできる事もあるだろう。
…ただ…
「……その対価に、全部の貯金と今まで培ったきた知識や鍛錬してきた経験値。技能や魔道を払う!」
と、捨てるには惜しいにも程がある自分が出せる最大の努力の賜物をミキは対価として提案してきた。
…しかし…
「それだけでは足りぬ。しゃらくせ〜から、足りない分の対価を我から提案する。」
なんて、言われて
あんなに血反吐吐く程までに努力に努力を重ねようやく手に入れた経験値や技能では足りないって…!
これ以上、何を渡せば…提案って何!?魂でも寄越せっての!?
……ドックン、ドックン…ッッッ!!!?
……いや。…うん、こんな最低最悪な自分が居なくなった方が……
そう、ある意味の覚悟と諦めを考え始めていた時だった。
「汝が、今まで地獄のような家族から解放され、新しい家族と暮らすようになりようやく家族の温かさと幸せを感じ初めているな。ようやくできた何者にも変えがたい大切な家族。
それは、それだけの価値がある。汝の願いを叶えるに相応しい対価だ。」
……ゾッ!
「……え?」
言われた瞬間、ミキは思ってしまった。
…嫌だっ!…ようやく、ようやく掴んだ幸せが…!大切な家族を失うなんて…!
大切な家族を失う恐怖に襲われ、思わずミキは願い事を撤回しようと口を開いたが時既に遅し。
ミキの意見も聞く耳持たず
この悪魔のような男は、情もクソもなく
「契約は成立した。」
と、恐ろしい言葉を告げたのだった。
「…そ、そんな…ッッッ!!?さっきの願いは撤回して、別のねが……」
ミキは必死に、別の願いにしたいと対価も別のものに変えたいと口に出すも
「汝の願いは叶えた。」
なんと残酷な言葉…
そこに
「…ごめんね?この魔道ね、時間も限られてるし長引けば桔梗の体にとても負担が掛かっちゃう危険な魔道なの!
この魔道を使えるのは、この世界だと桔梗しか居ないの。本当にごめんね?
けど、大丈夫だから!ミキくんの行い次第で幸せになれるよ!けど、逆もあるから気をつけて!!……きっと……」
と、ショウがミキに向かい懸命に何かを訴えていたが、最後大事なところだったに違いない…それが聞けないまま
一緒意識が飛んだと思ったら
自分は見覚えのある忌々しい天井を見上げていた。
……え!!?
その知らせが届くまでのミキは、今までまともな家庭生活というものを送った事がなくその悲しくも寂しい辛い日々の穴を埋めるかのように
新たにできた家族と、留学するまでの短い時間を幸せを噛み締めるように大切に過ごしていた。
早く陽毬の元へ向かいたい気持ちと、このまま家族とずっと過ごしていたい。
いくら、休日には家に帰省するとはいえ長くこの家族と離れる寂しさが込み上げ、家族と離れて暮らす事を考えればまだ家にいるというのに既にホームシックになりそうな気持ちである。二つの強い気持ちが入り混じって複雑な気持ちだ。
そんな短い日々を大切に過ごしていたミキが、部屋で荷造りをしていた時。
いきなり、ミキの前にワープしてきたのだろう桔梗と桔梗の胸の中で大泣きしているショウが現れたのだ。
急に現れた二人にビックリし過ぎて
「…う、ウワァーーーーーーッッッ!!!?」
ミキは素っ頓狂な悲鳴をあげ肩が跳ね上がってしまった。
少し落ち着きを取り戻し、ミキはいつも通り調子のいいヘラヘラとした笑いを浮かべながら
「いきなり、来ちゃうんだもーん。
腰が抜けるかってくらいビックリしちゃったぁ。ハハっ!どーしたの?ショウちゃんなんか、泣いちゃってるしぃ……。
…………。…え?本当に何があったの?」
なんて最初こそオッチャラケていたものの、だんだん冷静さを取り戻していったミキは考えた。
…何度も「…どうして?」と、呟き泣いてるショウ。そして、苦虫を噛み潰したような表情の桔梗。
そして、わざわざワープを使ってまでミキの所まで来た二人。
どう考えたって、緊急性のある悪い話だという事が分かる。
…ドックン…ドックン…!
嫌な心臓の音が身体中に鳴り響く。
どうか、なんだ、そんなくだらない事なの?って、拍子抜けする話であればいいとミキは
きっとそうだ。桔梗は、ショウのがどんなくだらない馬鹿げた事でも真剣ならば、それでも自分も一緒になって真剣に付き合うような奴だ。
だから、深く考えることはないだろう。
と、気持ちを切り替えた時に桔梗は恐ろしい言葉を吐き出したのだ。
「陽毬が、アンジェラの罠にハマって集団レ◯プされた。」
宙に浮いたまま、ミキを見下ろす形で話されたせいか威圧感と現実味に欠けた言葉だけがミキに衝撃を与える。
あまりの話についていけず
「…え?…は?え…???」
ミキは現実が受け止められず
酷く泣きじゃくるショウを慰める桔梗の二人をただただポカーンと眺めていた。
「陽毬は妊娠確定。陽毬の腹の中に命が宿ってるのが分かった。」
と、桔梗が言った所でミキはハッとし
「……ハ、ハハッ…!…それってさぁ。冗談でも言っちゃいけないやつ。全然、笑えないからぁ〜。
それに、ヤられたばっかで直ぐ妊娠なんて分かる訳ないじゃーん。」
どうしてこんな時に、常識に欠けた冗談言うかなと引き攣った笑顔で言い返した。
そうだ。冷静に考えたら、ヤッて直ぐに妊娠なんて分かる訳がない。
保健体育でも習ったじゃないか。生理開始予定日から一週間以降。また、性行為をして三週間程度して妊娠検査薬を使ってようやく分かるって。
三週間以上しないと妊娠検査薬が反応しないから、三週間以上経たないと妊娠したか分からないらしいとも習ったはず。
本当に悪い冗談だ。
と、ミキは自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻そうとしていたが、そんなミキの様子を見て桔梗は冷たく言い放った。
「……ハア。確かに一般的にはどうだろうな。だけど、“ここが、どんな奴らが集まってる場所なのか”忘れたか?
お前が、ショウパパのライガの弟になった時にライガや俺の親父達に“宝来家の秘密”について教えられたはずだ。」
と、言われミキはハッとし、思わず桔梗から目を背けてしまった。
…ドックン、ドックン、ドックン!
「そして、この俺様の事も。俺様はこの世界全てにおいての魔道の頂点であり、魔道の祖の直系だ。
受精して命が宿った瞬間から妊娠が分かる。見ようと思えば内部まで見える。
そんな俺様が、ショウの付き添いで陽毬の見舞いに行き直接ソレを見たから陽毬の妊娠は確実だ。」
非情に告げられる残酷な報告。
「フジから、陽毬の報告を受け直ぐに俺様とショウは陽毬の元へ向かい、俺はすぐさま陽毬の暴行で受けた怪我や傷を直し集団レ◯プで酷い状態の陰部や筒内は綺麗に洗浄した。
だけど、陽毬の負った精神的傷は治せないし、どんな残酷な理由であれできてしまった命を奪う事ももちろんできない。」
…ドックンドックンドックンッッッ!!!
「…え?…う、嘘っ!アンジェラの計画の実行日はまだ未定だったはず。それに、フジが警戒して選りすぐりの護衛がひーちゃんを守ってたはず。
アンジェラ達が、いくら計画を企てようとひーちゃんは鉄壁の壁に守られて安全だったはず!なのに、何故っ!!?信じられないっ!!」
ミキは信じられないとばかりに、桔梗肉ってかかったが
「信じたくない気持ちは分からないでもねーけが。いい加減、現実逃避ばっかしてねーで現実を受け止めろ。」
冷たく言い放たれ
いきなり、見知らぬ場所にミキはいた。
そこには、白で統一されていれるベットに眠っている陽毬の姿があった。
『…ひーちゃん!?』
ミキが陽毬に声を掛けてもピクリとも動かず、陽毬の側にはフジと急遽駆けつけたのだろう結と何故か蓮の姿まであった。
…陽毬の家族らしき姿は見当たらない。
陽毬は病院のパジャマを着せられており、点滴の針が腕に刺されていた。
…だが、おかしい。
何故、自分は天井から陽毬を見下ろしている状態なのか。
しかも、そこから全く動けないしいくら声を掛けてもそこに居る誰にも自分の声は届いていないようだ。
不思議に思っているミキに
『ああ、色々面倒くさくなりそうだから、テメーの魂だけ陽毬の所に連れてきて病院の火災報知器と一体化させといた。だから、テメーはそこを動く事もアイツらに話しかける事もできねーよ。』
と、宙に浮かびながら桔梗は説明してきた。もちろん、ショウ付きだ。
どうやら桔梗は自分達だけ、透明になる魔道を掛けテレパシーで話しているようだ。
…チート過ぎるだろと、ミキは桔梗のとんでもない魔道を何でもない事のように簡単にやってのけてしまうチートぶりに、桔梗の魔道は何でもありなんだなぁとドン引き…恐怖すら感じていた。
…しかし、何故に自分はこんな扱い?
普通にお見舞いに連れて来られるか、自分と陽毬が会ってはいけない何らかの事情があるなら
こんな火災報知器に魂を憑依させるなんてまどろこしい真似なんてしないで、普通に桔梗達みたいに透明にしてくれたら良かったんじゃないの?
なーんか、差別感じるなぁと不愉快な気持ちでいた。
だが、そんな事よりも陽毬だ。
何故、陽毬は病院らしき場所で点滴をうっているのか。
そして、見舞いに来たらしきフジや結達の泣き腫らし沈んだフジの顔。怒りで震える結。その横でショックを受け何とも言えない表情を浮かべる蓮の姿。
その様子を見て、ゆっくりだが徐々にその状況が理解できてくる。
…ゾッ…!
まさか、本当の本当に桔梗の言った事は事実とでもいうのか!?
ようやく、この事態を飲み込み始めそれが現実だと理解した瞬間にミキは、あまりのショックに頭を抱え悲鳴に似た叫びで
『なんで!?どうして、ひーちゃんがこんな目に!!?ひーちゃんをこんな風にした奴ら全員、絶対に許さないっ!
みんな、殺してやるっ!!!』
気が狂ったように叫び続けた。
『…何となく、こうなると思ったから魂だけ連れてきた。そして、かなり暴れかねないと想定して物に魂を縛りつけて動けなくしたのは、どうやら大正解だったな。ともあれ、ようやく現実が見えたようだな。』
と、桔梗が話しかけると
『…ハア、ハア。…なんで、ひーちゃん手足と腰が拘束されてんの?どうして、点滴してるの?怪我は桔梗が治してくれたんでしょ?』
ひと通り泣き叫び、少し落ち着いたミキが質問してきた。
『ああ。拘束されてるのは、あまりのショックから精神崩壊して暴れるから。
そして、点滴は陽毬が落ち着きを取り戻すまでの間、常に精神安定剤と眠り薬を投与し続ける為。
もう片方の点滴は、こんな状態じゃ飯も食えねーから必要な分の栄養を補充してるからだ。』
桔梗の説明を聞き、ミキはもう何が何だか色々ぐちゃぐちゃな気持ちになって何をどうしたらいいのか、どうしたってこの状況は受け入れられず混乱し放心状態になってしまった。
『それと、妊娠の話はしてねーが俺様が陽毬の治療を始める前に、陽毬は俺様に言った。
“……もし、妊娠してたら…赤ちゃんにはこんな不甲斐ない自分が母親だなんて申し訳ない限りでございますが…例え、どんな事情があろうとその命に罪はない。
罪人でもない、むしろ被害者である一人の人間の命を奪うなんて絶対にあってはならないであります。
だから、もし妊娠していたならば…覚悟を決めますぞ。全身全霊でその命を守っていきたい。…いや、守らなければならないのですぞ。”
なんて、これからの不安と恐怖に震えながらも強い意志を持って、赤ん坊を産み育てると断言してたよ。
まさか、陽毬がこんなにも慈悲深く愛情深い人間だとは思わなかった。…いや、それだけじゃこんな決断直ぐに出るもんじゃねー。
ある意味、ぶっ飛んでやがるとしか言えねー。だけど、陽毬の言ってる事は間違いじゃねー。
…だけど、それでも誰の子かも分からねー。ましてや、見ず知らずの集団に暴行されてできた命。受け入れられる訳ねーだろ。……クソッタレがっ!
胸糞わりーんだよ!」
珍しく、ショウ以外の事で感情的になっている桔梗。陽毬はショウの大切な友達の一人として、間接的だが知り合い程度には付き合いのあった桔梗だ。
そんな見知った人の居た堪れない経緯や姿。事が事なだけに、ショウ以外我関せずの桔梗ですら感情的にならざる得なかったのだろう。
それだけの事が起きてしまったのである。
『…う、嘘だ…こんな、こんなのってあんまりじゃない!?ひーちゃんがなにしたっていうんだよ!…ウソだぁ〜…』
ミキは、これからどうしたらいいのか、どうするべきなのか全く分からずショック状態で混乱したまま“嘘だ”と連呼して泣いていた。
そんなミキを無視して桔梗は話を続ける。
『陽毬は、どんな事情であれ妊娠していたらその命には罪はなく尊い一人の人間だ。だから、自分が授かった以上愛情持ってしっかり育てる。とは、言っていたし意志も固かったけどよ。理想と現実は全く違う。
いくら、そう思ってもいざ赤ん坊が生まれてきたら違うはずだ。何故なら、その赤ん坊は自分を暴行し体も心もズタズタにしたとんでもない悪魔の血を引いてるんだ。
だから、その赤ん坊が悪魔に見えるか、憎悪の対象になってしまうのか…どうなるかは分からねーが、陽毬にとって恐ろしくも憎く感じてしまうに違いねー。
或いは、俺様さえ想像できない別の感情が生まれるかもしれねー。だが、一つ言える事は、陽毬にとってその赤ん坊を育てる事は得策じゃねー。かなり無理があるって話だ。
だが、やっぱり命は命だ。産むって事だけには俺様も賛成だ。だが、陽毬本人が育てる事には反対だ。
その赤ん坊は、しっかりした温かな家庭に里子として出した方がお互いの為になるって俺様は考える。
だけど、世の中そう上手くいくはずもない。…これから、陽毬と赤ん坊はどうなるんだろうな?』
と、言ったところで
『…もし、もしも、ひーちゃんが赤ちゃんを育てる事になったらさ。オレが、赤ちゃんの父親になる。ひーちゃんもその赤ちゃんも、オレが絶対に守るよ。』
なんて、ミキが言い出してきたものだから、桔梗もショウもビックリしてミキ(現在、火災報知器に憑依させられている)を凝視した。
『…馬鹿か!さっきの俺様の話聞いてたか?理想と現実は違うんだぞ!?
もし、その赤ん坊を育てる事になっても、赤ん坊に罪はなくても分かっていても、過去のトラウマから赤ん坊を虐待でしかねねーって言ってんだよ!!
幸せになる為に生まれた命を自分達の勝手で不幸のドン底に落とす可能性が高いって分かんねーのかよ!
そこん所もしっかり考えた上で発言しろよ!軽はずみな事を言っていい場面じゃねー!軽く考えんな!クソ馬鹿がっ!!』
虐待と言われても、陽毬と自分が赤ちゃんを虐待するとは思えないが
確かに、陽毬に宿った命は陽毬にとって悪魔のような男の血を引いてる。そう考えてしまうだろうし、赤ちゃんの顔を見る度に赤ちゃんの事を考える度に残酷なトラウトが蘇り精神崩壊してもおかしくない。
今だって、こんな酷い精神状態なのだ。
…なら…
『……じゃあ、どうしろっていうの?どうにもならないじゃん。…ひーちゃんが襲われちゃった以上、もう取り返しがつかないじゃん。…………ッッッ!!!?』
何をどう転がしても、どうにもできない状況に絶望しかなかった。ミキはただただ陽毬の無念を思いながら涙を流す事しかできない。
無力な自分を呪いたい気持ちでいっぱいだ。
陽毬と離れてる間も、ウザいかなと思いつつも毎日欠かさず朝昼晩と3回以上は連絡していた。
自分が居ない間も、自分以上に頼りになるフジはいるしフジが居なくても、フジが警戒して念には念をという事で優秀なボディーガードを四六時中陽毬につかせ守っていたというのに。
…どうして、こんな事に…!!
完璧だったはずだ。
なのに、どうして…!!!
と、グルグル考えているミキをジッと見ていた桔梗は
『後先も考えらねー、自分の事しかかんがえれねークソヤロー。テメーは、どれだけ陽毬の事を好きなんだ?』
なんて、今は関係ないであろう逸れた話をしてきた。通常であれば“今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!”と、怒鳴り怒り散らしていただろうが
どうしようもない事態にパニック状態更に少し放心状態のミキは
『…凄く好きだよ。今まで感じた事のない初めてだらけの感情がいっぱい出てくるくらい。…初恋ってやつかも。
自分より大切に考えられる人はひーちゃんしかいないよ。ひーちゃんの為だったら、なんだってできるって思えるくらい好き…大好きだよ。
…なのに、こんな…ッッッ!!!』
と、言ったところで桔梗の表情は変わり
『陽毬の為なら何だってできるって言葉に嘘はないな?』
そう尋ねてきた。何の意図があるのだろうと思いつつ、どうにもならない状況で一体何を言いはじめるのかと桔梗に対し徐々に怒りすら湧き始めたミキに桔梗は無表情にこう言い放った。
『テメーの覚悟次第、テメーが犠牲になる事で陽毬がこのどうにもならない状況から抜け出す事ができるとしたら?』
桔梗の突拍子もない言葉に、何意味不明な事言ってるんだと不信感を抱くミキに更に桔梗は言葉を続ける。
『できるぜ?』
『………は?』
『だが、この禁術にも近い特殊魔道は【願いに見合った対価】を必要とする願いを叶える代わりに、それ相応の対価で契約成立する【悪魔との取引に近い】恐ろしい魔道だ。』
『……対価?』
『俺様は、人の願いを叶えるなんて柄じゃねーし。これは魔道を使う側からしたら、願いを叶えるってより対価を払う人間がどうなってしまうか。
その恐ろしい瞬間を目の当たりにしなきゃなんねー胸糞悪りー魔道だから、使えても今の今まで絶対に使う事はなかった。』
その説明だけで、桔梗のいう対価を必要とする魔道は本当に恐ろしいものなのだと安易に分かり、思わずミキの体は硬直しゾッと体に冷たいものが走った。
『だが、ショウの大切な友達の陽毬。ショウが陽毬の事でとても悲しんでる。
俺様はショウが悲しむのを見てられない。だから、俺様が知る限り自分より陽毬の事を優先できそうなテメーにこの話を持ち掛けた。
誰の為でもねー。ショウを悲しませたくない俺様の為にだ。』
…ドックン…!
『テメーは陽毬のこの最低最悪な状況を無くす為に、それ相応の対価を払い陽毬を助ける覚悟はあるか?』
と、問われ
ミキは直ぐに答えられなかった。
…だって、ようやく地獄のようなあの家庭環境や奴らと縁も切れて、新たな温かい家族と一緒に幸せになり始めてきたところなのだ。
下手したら、それを手放さなければならないかもしれない。あの温かくも優しい空間を…大切な家族を…
そう考えたら、直ぐに肯定の言葉が出てこなかった。
…しかし、陽毬の事を考えれば…今この状態の陽毬を見れば、大好きな陽毬を見捨てるという選択なんて最初からなかった。
どんな風に助かるのか不明であるが、陽毬が助かるっていうのなら
自分の劣悪な家庭環境事情があるにせよ知らなかったにせよ、今まで散々女の子達を泣かせてきた自分。大樹にザマーミロって優越感に浸りたいが為に陽毬を利用しようとしていた醜い自分なのだから
最後くらい、大切にしたい大好きな女性の為に自分が犠牲になれるなら本望だとも思っていた。
ミキもまた、今までの自分を悔いどう足掻いても消えない過去に苦しみもがいているのだ。
これで自分の罪が消えるとは思わないが、これからどんな事が起こるのか怖くて仕方がないが受け入れる覚悟をした。
しなければならないと考えた。
極悪人の自分が、裁かれる時が来たと思う事にしたのだ。そう考えなければ、未知なる対価を払うという覚悟を持てなかったからだ。
『…どんな対価を払うのか分からないけど、ひーちゃんを助けられるなら何だってする!お願い!ひーちゃんを助けて!!』
と、強い意志と覚悟で桔梗に宣言した瞬間だった。
いきなり、また場所は変わり
真っ暗闇なのに、お互いの姿が見えるという不思議の空間にミキと桔梗、ショウはいた。
「もう、逃げらんねーぜ?この空間は、【超特殊魔道・対価交換魔道】の術式の中だ。さっさと終わらせてーから始めるぞ?」
と、ミキの気持ちの整理もつかないまま、いきなり始まってしまった対価交換魔道。
瞬間、ミキはいきなり恐怖が込み上げてきて「…ちょっと待って!」「もう少し、おちつかせて?」と、ミキは焦り桔梗に話しかけるが
普段、どんな上級魔道や超高等魔道を使っても詠唱無しですんなりとんでもない魔道をやってのける桔梗が珍しく長ったらしい詠唱を唱え、様々な魔法陣をそこら中にばら撒いていた。
桔梗の事だから、精密に計算され尽くしての魔法陣の配置なのだろうが上下左右の空間に浮かぶ魔法陣。
一つ作るだけでも時間は掛かるし、相当な魔力と知識を持ち合わせていなければできない魔法陣を容易く一気に作り出してしまう桔梗は異質にしか思えなかった。
実際に、そうなのだと宝来家で説明されたが人の姿をして自分達と一緒に普通に暮らしているので、こういう特殊な機会でしか桔梗の異質さを感じる事はないので驚くしかない。
そして、儀式会場が整ったのだろう。
宙に浮いた桔梗は完全なる自分達とは全く異なる禍々しくも美しい神秘的な何者かになっていた。
『…汝の願いを言え。そして、それに相応の対価に何を渡すか?』
と、問う何かに取り憑かれたかのように無表情かつ仕草も違う桔梗に恐怖を感じつつ、桔梗にお姫様抱っこされているショウを見ればいつも通りのショウでそれを見て少し落ち着きを取り戻す事ができた。
…しかし、対価か。対価と言っても、何を差し出せばいいものか。
願いと言っても、陽毬の何を助ければいいのか具体的に説明が難しい。
…いや、ちょっと待てよ?
これって、対価次第でどんな願いでも叶えられるって事だよね?
…って、事は
…ドックン、ドックンッ!
願い次第で、今までの自分の行いも訂正できるかもしれないって事?
…じゃあ、何が一番最善か…
そう考えた時、ミキの頭にピーンと閃き浮かんできた。
それは
「今現在の自分の記憶を持ったまま、赤ちゃんの頃からやり直したい!
もちろん、ひーちゃんも赤ちゃんの頃からやり直して!そして、ひーちゃんの方には今までの記憶全部消してほしい。」
だった。それには、何もかも一から始め鷹司家という家族の元へ戻らなければならないという地獄のような最悪が待っているが仕方がない。
自分が今の記憶を持っている事で、絶対に何か対策できる。
例えば、アンジェラとは関わりを持たない。陽毬一筋なので、恋愛絡みで絶対に陽毬を悲しませない。
少なくとも、それだけはできる。
分かってる事が多ければ、何かかしらできる事もあるだろう。
…ただ…
「……その対価に、全部の貯金と今まで培ったきた知識や鍛錬してきた経験値。技能や魔道を払う!」
と、捨てるには惜しいにも程がある自分が出せる最大の努力の賜物をミキは対価として提案してきた。
…しかし…
「それだけでは足りぬ。しゃらくせ〜から、足りない分の対価を我から提案する。」
なんて、言われて
あんなに血反吐吐く程までに努力に努力を重ねようやく手に入れた経験値や技能では足りないって…!
これ以上、何を渡せば…提案って何!?魂でも寄越せっての!?
……ドックン、ドックン…ッッッ!!!?
……いや。…うん、こんな最低最悪な自分が居なくなった方が……
そう、ある意味の覚悟と諦めを考え始めていた時だった。
「汝が、今まで地獄のような家族から解放され、新しい家族と暮らすようになりようやく家族の温かさと幸せを感じ初めているな。ようやくできた何者にも変えがたい大切な家族。
それは、それだけの価値がある。汝の願いを叶えるに相応しい対価だ。」
……ゾッ!
「……え?」
言われた瞬間、ミキは思ってしまった。
…嫌だっ!…ようやく、ようやく掴んだ幸せが…!大切な家族を失うなんて…!
大切な家族を失う恐怖に襲われ、思わずミキは願い事を撤回しようと口を開いたが時既に遅し。
ミキの意見も聞く耳持たず
この悪魔のような男は、情もクソもなく
「契約は成立した。」
と、恐ろしい言葉を告げたのだった。
「…そ、そんな…ッッッ!!?さっきの願いは撤回して、別のねが……」
ミキは必死に、別の願いにしたいと対価も別のものに変えたいと口に出すも
「汝の願いは叶えた。」
なんと残酷な言葉…
そこに
「…ごめんね?この魔道ね、時間も限られてるし長引けば桔梗の体にとても負担が掛かっちゃう危険な魔道なの!
この魔道を使えるのは、この世界だと桔梗しか居ないの。本当にごめんね?
けど、大丈夫だから!ミキくんの行い次第で幸せになれるよ!けど、逆もあるから気をつけて!!……きっと……」
と、ショウがミキに向かい懸命に何かを訴えていたが、最後大事なところだったに違いない…それが聞けないまま
一緒意識が飛んだと思ったら
自分は見覚えのある忌々しい天井を見上げていた。
……え!!?