旦那様と恋の駆け引きは、1年契約
3話 7月の初デート
〇新居のリビング 夜

室内は真っ暗。
窓から差し込む月明かりを頼りに、結婚式当日控室に置いてあった手紙をじっと眺める優依。

優依(何度読み返しても、同じ文字が書かれてる……)

君和が書き記した直筆の手紙を握りしめ、何度も内容を確認。

君和(手紙)『お前とは結婚できない。どうしても結婚したいなら、弟と結婚してくれ』

手紙は涙に濡れてくしゃくしゃ。
少し力を加えるだけで、ボロボロと千切れてしまいそう。

優依(君和は秀人くんの名前ではなく、弟と書き記した……。君和らしくない……)

優依、手紙を握る手に力が籠もる。

優依(君和と秀人くんが手を組んで、悪質ないたずらを仕掛けているわけじゃないよね?)

疑いの眼差しで手紙を見つめる優依。悲しみが段々怒りに変わっていく。

優依(ドッキリ大成功のプラカードを持って、君和が出てきたら。私に恨みでもあるのかと、怒鳴りつけてやれるのに)

震える手で君和からの手紙を二つ折りにし、テーブルの上に置いてあった鍵の掛かる小さな宝箱へ収納。

優依(人生、うまくいかないなぁ……。やっぱり6歳差は、無理があったのかもしれない)

宝箱の鍵を指で弄ぶ優依。
窓から見える月を見上げる。

優依(それでも、私は。憎たらしいほど光り輝く月のように……君和のそばで、光り輝く未来を信じて疑っていなかった)

目を閉じた優依、瞳から涙を流す。
気配を消して背後から近づいてきた秀人の姿が、窓に写り込んでいることには気づかない。

秀人「一人で泣くな」

優依を抱き締め、耳元で囁く秀人。
優依、身体を硬直させる。

秀人「兄貴を思って泣くのは、俺の前だけにして」

優依、窓に自分と秀人の姿が写り込んでいると気づく。その姿をぼんやり眺める。

優依(秀人くんは私が君和を思って泣いていると、いつも私を抱きしめてくれる……)

優依(私はどれほどの愛を注がれても、君和を諦めきれないのに。苦しくないのかな)

優依は疑問を、秀人へぶつける。

優依「自分の好きな人が、他の人を思って泣いている姿を見て……秀人くんはどう思ってる……?」
秀人「最低で最悪な気分に決まってるだろ」

秀人、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

優依(聞くまでもなかったか……。自分が秀人くんの立場だったら、きっと耐えられなかった。秀人くんはすごいな……)

優依、窓に映る秀人の姿を確認。
涙が止まる。心ここにあらずな様子。

秀人「兄貴を思って泣くのは、何回目?」
優依「……わかんない……」
秀人「俺にしてよ。俺を好きになれば、優依は毎日楽しい日々を過ごせる。悲しい気持ちになんか、俺がさせない」
優依「その口説き文句、何回目……?」
秀人「7回目。俺は優依が泣くのを止めるまで、一生口説き続けるよ」

何処か諦めを含んだような表情。泣き笑いに近い。

優依(君和を思えば思うほど、秀人くんを傷つけてしまう)

優依、目を瞑り覚悟を決める。

優依「秀人くんの気持ちに、今すぐ答えられないけど……」
秀人「けど?」

不思議そうな秀人の声音。
優依、目を瞑ったまま。小さな声で呟く。

優依「デートくらいは、してあげてもいいよ」
秀人「……ほんとに?」

秀人、目を見開く。

秀人「その言葉、忘れないでよ」

秀人、笑顔を浮かべる。

優依(涙はいつの間にか、止まっていた)


〇翌日昼 大型ショッピングモール 

水着売り場。
女性向けの水着が並ぶ催事場前。
秀人と優依、歩みを止める。

秀人「海かプールなら、どっちがいい?」
優依「プールかな……」
秀人「じゃあ、こっち」

秀人、優依の手を引く。

優依(水着を選ぶのに、行き先が関係あるのかな……)

2人で布面積が多めの水着売り場に向かう。

秀人「あれとか、どう?」

体型カバー、ワンピースタイプの水着を指差す。

優依「かわいくない……」

優依、不満そう。

秀人「優依は、どんなのがいいわけ」
優依「ひと目見て、水着!って感じなのがいいなぁ。これとか!かわいい!」

優依、ビスチェタイプ、胸の下までのトップス、ハイウエストのボトムスを選ぶ。

秀人「露出が激しいのは禁止」
優依「えぇ……」
秀人「こっちならいいよ」

秀人、優依に別の水着を渡す。
シフォン素材のフリルビスチェ、パレオスカート。

優依(大人っぽくて、かわいい。秀人くんは私に、これを着てほしいんだ……)

水着と秀人を見比べる。

秀人「試着してくれば?」

秀人から試着室を促される。
優依、嫌がる。

優依「サイズは大丈夫」
秀人「水着姿、俺に見せたくないの?」

見つめ合う二人。
優依、ため息を溢してから秀人へ確認。

優依「秀人くんは私に、この水着を着てほしいんでしょ」
秀人「うん」
優依「プールで着るから。今すぐじゃなくても、いいよね?」
秀人「……優依の水着姿、いますぐ見たかったのに……」

秀人、不満そう。

優依「プールの日まで、我慢して。じゃあ、買ってくるね」

レジへ向かおうとする優依。
秀人は優依の手から水着を奪い、無言で会計を済ませる。

店員「お支払いは」
秀人「クレジット、一括払いで」

秀人、財布からブラックカードを取り出す。

優依(うわぁ。ブラックカードだ……。お金持ちの証拠なんだよね。店員さん、すごい顔してる)

年若い秀人の財布からブラックカードが出てきたことで、店員の愛想笑いが引き攣る。優依も引き気味。

秀人「なに?スマートに会計する、俺に惚れた?」

秀人、かっこつけて笑う。

優依(ブラックカードで会計するのが、スマートな会計なの……?)

優依、困惑。

優依「数千円の水着を買ってもらった程度じゃ、好きにはならないよ」
秀人「ちぇっ。ほんとにガード硬いなぁ。早く俺を、好きになって」

水着の入った買い物袋を手に持ち、優依の隣に並ぶ秀人、耳元で囁く。

優依「そ、外でやらないでよ……!」
秀人「はは。耳真っ赤」
優依「うるさい!」

耳を真っ赤にして慌てる優依。
秀人は笑い、二人は水着売り場を後にする。

〇夕方 街中 デートの帰り道

水着購入後、帰り道。
優依、物珍しそうに周りをキョロキョロ。

秀人「優依はほんと、危なっかしいな……」

見かねた秀人、手を握る。

秀人「なに?」
優依「小さな子どもじゃないんだから……」

優依、不満そう。
秀人、握る手を強める。

秀人「手を繋ぐのは、当然のことだろ」
優依「そうかな」
秀人「交際したてのカップルだって、手を繋ぐのにさ。俺たちの関係、夫婦なんだけど」
優依「籍は入ってないけどね」
秀人「事実婚だっけ」
優依「そう称するのが正しい関係なのかは、疑問が残るけど」

優依、繋いだ手は握り返さない。
二人が歩くたびに、繋いだ手が揺れる。

秀人「俺たちは絶対、本当の夫婦になる」
優依「私が秀人くんを好きになれなかったら、籍は入れない約束でしょ」
秀人「優依が俺を、好きにならないわけがない」

秀人、自信に満ち溢れた笑顔を見せる。

優依(自信満々なことで)

優依、呆れ顔。

優依「じゃあ私は、秀人くんを絶対好きにならない努力をしようかな……」
秀人「そんな努力、しなくていいから。ここで俺が武田秀人で、俺の妻は優依だと叫んでほしいの?」
優依「あり得ない……。そんなことしたら、マスコミが飛んでくるよ。絶対に、しちゃ駄目だからね」
秀人「それは優依の態度次第かな」

優依、二の句を紡げなくなる。
秀人、してやったりな顔。

優依(一本取られた!)

悔しそうな顔をする優依と、笑顔の秀人。
手を繋いだまま、自宅へ向かって歩く後ろ姿。
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