極上パイロットは偽り妻への恋情を隠さない
「かしこまりました」

「ああ、それと――」


まだ注文があるのかと思って、レジを打っていた顔を上げる。
すると、樹くんが少し前のめりになり、唇の端だけをそっと持ち上げた。


「今夜は一緒に寝よう」

「ッ……!」


動揺を隠すよりも早く、頬が熱くなってしまう。
それをごまかすように急いで会計を済ませ、彼を追いやるように「あちらでお受け取りください」と早口で告げた。


樹くんの顔が楽しげだったのは、きっと気のせいじゃない。


(ずるいよ……)


端正なパイロット制服姿で、まるで恋人にそうするように甘く囁くなんて……。その上、彼はまるで周囲に隠す気がないと言わんばかりなのも、とてもずるい。


樹くんと違って、私は簡単に動揺したりドキドキしたりしてしまうのに……。


(でも、意識しちゃダメ。樹くんにとっては、きっと深い意味はないんだから。結婚して一緒に住んでて……だから、体の関係も……っていうだけ。間違っても、好きになっちゃいけない)


最近は、こんな風に自分自身に言い聞かせることが多くなった気がする。
そうなってしまっていること自体、手遅れなんじゃないだろうか。


ふと過った不安と胸の奥で燻ぶる苦しさは見ないふりをして、息を小さく吐く。
それからは普段以上にがむしゃらに働き、ようやく仕事を迎えた。

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