夜空に咲く恋

第十話 記憶の片隅

「こういうのは時間が経つほど気まずくなるから……こうするのよ」

そう言うと玲奈は、涙目ですがる蒼の目の前で驚きの行動に出た。鞄からサッと携帯電話を取り出して画面を操作する。

「ちょ、ちょっと玲奈!? 何をするの!?」

「今から村上さんに電話をかけるのよ。もしかしたらまだ坂本君と一緒に居るかもしれないじゃない? そうしたら、さっきの大失態を謝れるでしょ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんないきなりっ!? 無理無理ーっ!」

 蒼は首をブンブンと横に振って玲奈の行動を拒絶するが、玲奈はそんな事はお構いなしだ。

「だって、こういうのは早い方がいいでしょ? 今ならまだ『さっきはごめんなさい』で済むけど、明日になったら『昨日はごめんなさい』……明後日になったら『一昨日はごめんなさい』……って謝る事になるのよ? そんなの、バツが悪くなる一方じゃない」

「そ、それは確かにそうなんだけど! で、でも! 心の準備がっ!」
「そんなモノ……村上さんが電話に出るまでに終わらせなさい」

「ええっ!? 無理言わないでよーーっ!!」

 蒼が必死の抵抗を見せるも、玲奈はその手を止める事なく無慈悲に携帯の通話ボタンをタッチした。

 一方、蒼と玲奈に取り残されてしまった朱美と颯太は一緒に歩いて学校を出ていた。蒼が颯太に対して「王子!」「バカーッ!」と叫んだ奇行の原因は考えても分かる訳がなく、よく分からない不思議な出来事として結論付けられていた。ただ、颯太は蒼と玲奈……記憶の片隅に残る二人の名前を思い出していた。

「さっきの朱美の友達……三浦蒼さんと森田玲奈さんだっけ? 思い出したよ。俺、あの二人と初対面じゃない」

「えっ? やっぱりそうだったの? どこで蒼ちゃんと玲奈ちゃんと知り合ったの?」
「朱美? 俺が去年の夏に塾の夏期講習に通っていたのは覚えてる?」

「うん、覚えてるよ。中三の夏に新しくできた学習塾だよね。あそこに通うのが何だか受験生のブームみたいになってたもんね」

「そうそう。で、その夏期講習の時に……他中学の女子生徒で、初対面なのにバシバシ肩を叩いてくる女と教室で駄菓子を食べてる女が居たんだよ」

「あっ! 前に言ってたよね! それ聞いたの覚えてる!」

(蒼ちゃんと玲奈ちゃん……中学で塾通いしてた時も今と同じだったんだ)

 朱美は入学初日の体験を思い出しながら苦笑いを見せる。颯太は続ける。

「そうそう。その時の二人が三浦蒼さんと森田玲奈さんだよ。俺の隣に座ってたのが三浦さんで、その後ろに座ってたのが森田さん」

「そっか……そうだったんだね。でもそれだけの出会いだとしっかり覚えてなくても仕方ないね。どうせ颯太のことだから、『塾は勉強するところ』とか言って周りの女子になんて全く興味示さなかったでしょ?」

「どうせって何だよ。まあご明察の通りだけど」
「ふふっ」

 颯太はあっさりと自分の性格と行動を見抜く朱美の肩を軽く小突く。

「それにしても、夏の間に塾で一緒だっただけなのに、何で『王子!』とか『バカー!』になるんだろうな」

「うーん……それは本人に聞いてみないとよく分からないよね。明日、二人と教室で会うから聞けたら聞いてみるよ」
「そっか、それは助かる。ありがとな朱美」

……という会話をしている時だった。朱美の携帯が着信音を鳴らす。

「あ、ごめん、電話鳴ってる」
「うん」

 鞄から携帯を取り出す朱美に、颯太は軽く頷き一歩距離を置く。

「あ、玲奈ちゃんからだ」

……ピッ。朱美が着信を受ける。

「もしもし? 玲奈ちゃん?」
「もしもし、村上さん? 私、玲奈です」

(わっ! 朱美ちゃん! 電話に出た!?)

 淡々と名乗る玲奈の隣で、心の準備が終わらない蒼の心拍数が急上昇する。

「うん、玲奈ちゃん、どうしたの?」
「村上さん、あのね。変な事を聞くけど……坂本颯太君とまだ一緒に居たりする?」

「えっ? 颯太? うん、一緒に居るよ。駅まで一緒に歩いてるところだよ。颯太がどうかしたの?」

(えっ? 俺の名前!?)

 朱美の口から突然自分の名前が出た事に颯太は驚き、朱美と目を合わせる。

「それは良かったわ。私ね、今、蒼と一緒に居るんだけど……蒼がさっきの出来事を坂本君に謝りたいと言っているの。もしよかったら、この通話をスピーカーにしてもらえないかしら?」

(玲奈!? 無理無理っ! 颯太君に何て謝ったら良いか分からないよ!)

 蒼は「そんな無茶ぶりはやめてー!」と必死に目で訴えるが、玲奈は蒼の訴えに怯むことなく携帯のスピーカー通話ボタンをタッチした。

……ピッ。

(ああっ! 玲奈のバカーッ!)

 一方、朱美は颯太に事情を説明しながら、こちらもスピーカー通話ボタンをタッチする。

「あのね颯太、今、電話をくれてる玲奈ちゃんと一緒に蒼ちゃんが居るみたいなんだけど……颯太にさっきの出来事を謝りたいんだって。だから電話で話してあげて」

「えっ? 俺っ?」

……ピッ。

(どどどっ、どうしよう!? 電話の向こうに……坂本君が!?)

 たじろいで言葉が出ない蒼に向けて玲奈が、ほら早く話しなさい……と言わんばかりに顎をクイクイと動かす。

(もうっ! 玲奈ーー!!)

 無言の時間が長くなればなるほど状況は気まずくなる。無理やり背水の陣に置かれた蒼は胸の高鳴りを抑えながら……いや、抑える事はできないままだが必死に口を動かす。

「あの……もしもし? 三浦蒼です。坂本颯太君? そこに居ます?」

 先ほど「バカー!」と叫んだ大声とは全く正反対のか細い声。颯太も戸惑いながら応対する。

「はい、坂本颯太です。あの、さっきはびっくりしちゃって、俺もすぐに思い出せなかったんだけど……」

(えっ!?)

 颯太の発言に携帯の向こうで蒼と玲奈が目を見開く。そして二人は颯太が続けた言葉にさらに驚く。

「あの……三浦蒼さんと森田玲奈さん。去年の夏、塾の夏期講習で俺の隣と後ろに座ってた人ですよね?」

(……っ!? 坂本君!? 私の事っ! 覚えててくれたっ!?)

 蒼は颯太の言葉に、言い様のない大きな歓喜と興奮に襲われた。
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