夜空に咲く恋
第十一話~第二十話

第十一話 大きなインパクト

 蒼は颯太に電話で先ほど起こしてしまった奇行の謝罪をしていたが、その途中で颯太の口から出た言葉に驚く。

「あの、三浦蒼さんと森田玲奈さん……去年の夏、塾の夏期講習で俺の隣と後ろに座ってた人ですよね?」

(……えっ!!? 颯太君!? 私の事を覚えててくれたっ!?)

 言い様のない大きな歓喜と興奮が蒼を襲う。

「あ、あのっ! そうです!! 私の事を覚えててくれたんだねっ!! 私っ、私っ……嬉しいっ!!」

 蒼から出た歓喜の声に、今度は颯太の隣でスピーカー通話を聞いていた朱美の方が驚く。

(……えっ!? 蒼ちゃん!? その反応って!?)

 朱美は興奮する蒼の声に驚き、颯太の顔を見てしまう。それに気付いた颯太はきょとんと不思議そうに朱美の顔を見返しながら話を続ける。

「えっ? あの、はい、覚えてます。何て言うか、初対面でいきなり肩を叩いてくる他校の女子とか、教室で駄菓子食べてる他校の女子とか……インパクト大きかったので」

「ぶっ!」
「あははっ」
「ふっ」

 颯太以外の女子三人から笑いが出る。颯太の口から出た女心とはまったく無縁のぶしつけな言葉に、とりあえず朱美は鞄で颯太の背中をはたく。

……バンッ!

「痛って」

(もう! 颯太のバカッ!)

「あの、痛いって? ……坂本君、大丈夫?」
「あ、はい。こっちの事情ですので。若干一名、鞄で叩いてくる女が……」

……バンッ!

 本日二度目の粛清が入り、朱美が会話に割り込む。

「あの、ごめんね朱美ちゃん。颯太はほんと、ぶっきらぼうって言うか、無頓着って言うか……こういうヤツだから。ところで、蒼ちゃん? 颯太に用事があったんじゃないの?」

(そうだ! 坂本君に謝る為に電話をしたんだった! 覚えててくれてた事を喜んでる場合じゃない!)

 本質を突く朱美の言葉で蒼は電話の本題を思い出し、深呼吸をしてからゆっくり言葉を繋げていく。

「そ、そうだったよ。ありがと朱美ちゃん……あの、坂本君?」
「はい」

「……」

 蒼はすぐに謝罪を切り出せず、一旦深呼吸をする。

「三浦さん? どうかしました?」

「あっ、ごめんなさい……えっと、あのね。今日は……さっきは……坂本君に変な事を言っちゃってごめんなさい!!」

 蒼は携帯電話に向かって勢いよく頭を下げた。通話だけのやり取りでは蒼が頭を下げる姿は颯太の目には届かないのだが、蒼は携帯の向こう側にいる颯太に向かって心を込めて頭を下げた。

「あ、はい。俺も何だか良く分からなかったし、そんなに気にしてないので……忘れる事にします。だから三浦さんも気にしないで」

「そう言ってもらえると助かります! あっ、ありがとう! 坂本君!」

 自分はやり切った、これ以上颯太と会話をするのは無理……と蒼は隣で会話を見守っていた玲奈に目で訴える。よくやった……と玲奈は蒼に目で返答し、会話のフォローを行う。

「坂本君? 森田です。坂本君が私達の事を覚えててくれたのは嬉しいわ。突飛な第一印象もたまには悪くないわね」

「あはは。まあ、でもインパクトが強烈なのは程々に」

「ふふ。ありがとう、坂本君。そうそう、私達二人……村上さんと同じクラスで一緒にバスケ部に入る予定なの。村上さんと一緒に居る時間が長くなると坂本君とまた会う機会もあると思うから……これから仲良くしてもらえると嬉しいわ。あっ、特別親密に……って意味じゃなくて、普通にお友達って感じで挨拶とか普通の会話って意味でね」

「それはもう、こちらこそ宜しくお願いします。友達が多いのは良い事なので俺も嬉しいです。あっ、そうそう、あと……」
「あと?」

(えっ? 颯太から玲奈ちゃんに何か言う事でもあるの?)

 颯太が玲奈に対して何かを伝えようとした事が意外だった朱美は、少し驚きながら颯太の言葉に耳を傾ける。

「朱美はこんな感じだけど……中身は良いヤツだから、よろしくお願いします」
「ってこら! あんたは私の親かっ!?」

……バンッ!

 再度、朱美の鞄が炸裂する。

「痛って! だから鞄で叩くなって」
「だって颯太が変な事を言うんだもん!」

「ふふっ、村上さんと坂本君、本当に仲がいいのね。そちらのやり取りが目に浮かぶわ。ほら、蒼も最後に一言どうぞ」

(えっ!? 玲奈!?)

 玲奈は蒼に会話の締めを託す。

「坂本君、朱美ちゃん……明日からまたよろしく……ね」
「うん、明日からまたよろしくね、蒼ちゃん!」
「ええ、普通によろしくお願いします」

……ピッ。

 蒼にとって途方もなく長く感じられた通話が漸く終わった。そして、颯太への謝罪を終えた蒼は喜びを露《あらわ》に玲奈に飛びつく。

「玲奈―っ! ありがとう! 何とか颯太君に謝れたよ!」
「良かったわね、蒼」

「でもでも! それよりもっと嬉しかった事!!」
「ええ、分かってる」

「坂本君!! 私の事を覚えててくれた! 完全に忘れてると思ってたのに!! 私の事! 覚えててくれたよっ!!」

「ええ、良かったわね。今回ばかりは……あなたのむやみに人の肩を叩く癖に感謝しないとね」
「玲奈―っ!」

 蒼はしばらくの間玲奈にしがみつき、玲奈もそれに応えて蒼を受け止めた。一方、朱美は通話を終え何事も無かったかの様に歩き始めた颯太の後ろ姿をじっと見つめていた。

(蒼ちゃんのさっきの反応……まさか、颯太の事を!? いやっ、でも塾で一緒になっただけだし、颯太も蒼ちゃんと仲良く話してた感じは全然ないし……でもどうなんだろう? だって、蒼ちゃんは背も高くて美人で可愛くて性格も明るくて……男子に凄くモテそうだし。それと比べたら颯太なんて全然目立つ方じゃないし、スポーツが得意でカッコイイ訳でもないし……まさか颯太の事なんか……まさか……ね)

「うん? 朱美、どうかしたか?」
「いや、何でもないよ」

「そっか。なんだか今日は盛り沢山の一日だったな……そうだ、こんな日は『せんわ堂』でも寄ってくか?」

 せんわ堂とは颯太と朱美の家族がずっと贔屓《ひいき》にしている岡崎公園近くに店を構える老舗の和菓子屋である。名物の味噌饅頭は朱美のお気に入りだ。

「おっ、良いねー! せんわ堂の味噌まん! 颯太、ありがとう!」
「ちょっと待て。『ありがとう』って何だよ」

「私、二個ね」
「だから待てって。何でそうなるんだよ」

「えっ、良いじゃん。颯太に新しく可愛い女子高生の友達が二人できたお礼してよ!」
「朱美は何もしてないだろ?」

「細かい事言わないの! ほらほら、早く行こっ。味噌まん、味噌まんー」
「朱美は本当に味噌まん好きだよな」

「うん、私味噌まん大好き! あの甘じょっぱさが堪らないもん」

 蒼が颯太の事をどう思っているのか? 心の中に生まれた疑問を無理やりかき消す様に……朱美は「味噌まん味噌まんー」とリズムをつけて口ずさみながら、せんわ堂へ足を向けた。
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