夜空に咲く恋

第十八話 颯太の好み

 朱美と颯太が愛する和菓子屋せんわ堂で、和スイーツを囲んだ女子高生トークが始まった。

「やばっ! このお汁粉! 甘さがすっごく上品! 小豆も白玉も美味しっ!」
「かりんとう饅頭も美味しいわよ。優しい黒糖の風味とカリッとした触感が絶妙だわ」

「みたらし団子も美味しいよー。ちょっと平ぺったい形だからタレが沢山乗るんだけど、このタレがまた辛すぎなくて丁度良い塩梅で!」

「私、お喋りしながらゆっくり頂こうかと思っていたけど、これはダメね。一気に食べちゃいそう」
「うん、これは手が止まらないよ!」

 玲奈と蒼はせんわ堂の和菓子にご満悦である。喜ぶ二人の様子を見て朱美も嬉しくなり顔がほころぶ。

「二人に喜んで貰えて良かった。また来ようね」
「ええ。部活終わった後ならお腹も空くし、その時はおでんも頂きたいわね」
「うんうん。おでんも美味しくて、颯太の大好物なんだよ」

(坂本君の好きなおでん……)

 朱美の言葉を聞き、蒼は店内に良い香りを漂わせるおでんに視線を送る。物憂げな顔つきを浮かべる蒼の仕草に玲奈がすかさず指摘を入れる。

「蒼、あなたね……その『ああっ、坂本君が大好きなおでん、私も食べてみたいなー』みたいな顔やめなさい」
「ええっ!? 玲奈!?」

「良い? 私達は令和を生きる女子高生よ。そんな平成……すら通り越して昭和の感覚でどうするのよ?」
「いやっ、私は別にっ、そんなんじゃ……」

 玲奈の鋭い指摘に蒼の顔が赤くなる。

(あははっ。蒼ちゃん、本当に可愛いなぁ)

 こうして場の雰囲気が和んでいた中で、玲奈は今の三人にとって重要な話題を切り出した。

「ところで村上さん? この機会に聞いておきたい事があるんだけど?」
「うん? 何? 玲奈ちゃん」
「私が聞きたい……というか、聞きたいのはきっと蒼の方なんだけどね」

 玲奈はチラッと蒼を見る。

「えっ? 私!?」

 突然のフリで驚く蒼の事は気にせず玲奈は続ける。

「坂本君ってどんな女子が好みなの?」
「ええっ!? 玲奈っ!?」
「わお! 玲奈ちゃん、直球!」

……と言いながら、朱美も蒼をチラッとみる。繰り返される二人のチラ見が顔を赤らめて照れた蒼をうつ向かせる。

「もう! そんな風に見ないでよ。照れちゃうじゃん……」

「蒼? 照れるのは構わないけど、坂本君と今のまま挨拶と雑談だけの関係で良いの? 少しでも坂本君の情報を得て、効果的な戦略を立てた方が良いでしょ?」

「それは確かにそうなんだけど……」
「玲奈ちゃん、策士だねー。そのしたたかさ、私も欲しいよ」

「誉め言葉として受け取っておくわ、村上さん……で、どうなのかしら? 坂本君の異性の好みは? 髪型とか、服装とか、性格とか……村上さんが知ってる範囲で教えてもらえる?」
「えっと、そうだね。颯太の好みは……」

 天を仰ぎ考え込む朱美の回答を、蒼と玲奈がじっと待つ。

「……」
「……」
「……」

 変な間合いの沈黙。

「えっとね、颯太の好みは……」

 朱美の口からなかなか答えが出てこない。朱美はこれまでの颯太との会話を思い出す。記憶の断片から必死に回答を探す……が、朱美の表情は次第に困惑で固まってゆく。

(……そ、そう言えば私! 颯太とそんな話をした事ない!? どんな女子が好みなの!? とか全然聞いた事がないよ!? ……ど、どうしよう!? 蒼ちゃんと玲奈ちゃんは私の情報を頼りにしてるのにっ!!)

「村上さん?」
「朱美ちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ?」

 じっと答えを待つ蒼と玲奈が困惑で固まる朱美を心配する。二人の態度に気付いた朱美はタイムアップを認めて潔く諦め、パンッと手を合わせて二人に謝罪を始めた。

「ごめん蒼ちゃん、玲奈ちゃん!! 私っ! 颯太の好みなんて聞いた事ないの!!」
「えっ!?」
「そうなの!? それは予想外の展開ね」

「あ、あのね、颯太とは幼馴染で小さい頃からずっと一緒で……そういうの、全然意識した事ないの! だからお互い敢えてそんな話をしてこなかったし、逆にいきなりそんな事を聞いてしまったらびっくりしちゃうと思う。実際、私だって颯太がいきなり『朱美の男子の好みは?』とか聞いてきたらびっくりするし!!」

 幼馴染というのは特殊な関係である。他人でもある一方で家族の様な存在でもあり、異性として意識するには至らない場合もある。朱美と颯太はこの類だ。

「ご、ごめんね。蒼ちゃんの役に立つ事を知ってたら良かったのに……」
「謝らないで朱美ちゃん。それは仕方ないよ。私も幼馴染なんて居ないから、どういう関係か想像できない部分もあるし」

「そうね、私も変な事を聞いてごめんなさい。でも村上さん? はっきり『女子の好みは?』って聞かなくても、好きな髪形とか服装とかは話の流れで聞いた事ない? よく思い出してみて」

 一旦、頓挫した作戦会議ではあるが、それでも何かしらの情報は得ようと玲奈が探りを入れる。玲奈の言葉を聞き、朱美はもう一度記憶を呼び覚ます。

「あっ、そう言えば好みの髪型は聞いた事あったかも!」
「あら良かったわね。坂本君はどんな髪型が好みなの?」

(……颯太君の好きな髪形!?)

 冷静な玲奈と緊張する蒼が朱美の答えを待つ。

「颯太はね、前にこんな事を言ってたよ。『俺、その人に似合ってる髪型なら何でも良いと思う。でも、強いて言うなら……ベリーショートみたいな凄く短いのはカッコ良すぎて隣に立ってて気を遣いそうだし、逆に腰まであるようなロングヘア―も隣に居て気を遣いそうだし……肩にかからない位の長さが好きかもな』って。そんな事を言ってた気がする」

 朱美の答えに、三人はそれぞれの髪型を見比べる。

蒼の髪は肩から鎖骨辺りに伸びるセミロング。玲奈の髪は首元がしっかりと現れるショート。朱美の髪は首と肩の間に収まるボブである。

「この中だと村上さんね……」
「うん、朱美ちゃんだ……」

「えっ!? わ、私!? いやっ、でも、これは偶然だよ!! 颯太も、本人に似合ってる髪型なら何でも良いって言ってたし!!」

「……」
「……」

 蒼と玲奈がじっと朱美を見つめる……。

「や、やだ! 二人ともそんな目で見ないで!! 偶然だよ偶然!」

 少し間を置き、玲奈が続いて質問をする。

「まぁ、そういう偶然もあるわよね。次に性格はどうなの? 明るい子、大人しい子、真面目な子……といろいろあるけど?」

「えっと、そうだな。颯太は『暗いよりは明るい子がいい。冗談とか通じる方が一緒に居て楽しいし。でも、テンション高すぎるのは疲れるから、無理せず冗談を言い合える位の気さくな感じが良いかな』って言ってたと思う」

「明るい子か。それなら私、今回は合格かな。結構気さくな方だと思うし」
「ええ、ここは蒼も合格ね。でも……」

「でも? どうしたの玲奈?」
「村上さんも明るくて気さくよ。坂本君と普通に冗談言い合ってるし」

「……」
「……」

 再び蒼と玲奈がじっと朱美を見つめる……。

「や、やだ! だから二人ともそんな目で見ないで!! 偶然だって! 私と颯太は幼馴染なんだから! そりゃ憎まれ口も叩くし冗談だって言うって! 二人とも変な勘違いしちゃダメ!!」

「まあ、そうよね。ごめんなさい、村上さん。貴重な情報ありがとう。きっとこれは役に立つわ」

「うん、ありがとう朱美ちゃん。また何か新しく情報を聞けたりしたら教えてね。やっぱり気になるから」
「うん、また新情報をゲットしたら報告致します!」

 朱美は冗談でビシッっと敬礼し、その行為に蒼と玲奈はくすくすと笑う。

(蒼ちゃん……颯太の事をそんなに意識しちゃってるんだね。ああっ……恋する女子高生の蒼ちゃん、何だか良いなぁ)

 朱美は微笑ましい気持ちで敬礼のポーズを取りながらある提案をする。

「そうそう、颯太と言えばなんだけど……この前、連絡先交換した時に四人のメッセージグループ作ったじゃない?」

「そうだね朱美ちゃん。でも、敢えて四人で会話をする事もなくて、最初の『よろしく』からずっと使ってないよね」

「うん、だから今『三人でせんわ堂に居まーす!』の写真撮って送ってみるのはどう?」

「それは良い考えね。私、賛成」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいけど……うん、良いよ、朱美ちゃん」
「よし、決まりね。じゃあ撮るよ。はーい!」

……カシャッ!

 朱美は携帯を持った手を伸ばす。自撮りした写真には朱美、蒼、玲奈の三人と既に食べ終えた和菓子の皿が映っている。

「じゃ、送っちゃうね。メッセージは……『今、皆でせんわ堂のお菓子食べてるよー』」

……ニコニコと笑顔のスタンプも一緒に送られる。

 するとすぐさま、颯太から返信が返ってきた。

……ピコーン。

「いや『食べてるよー』じゃなくて、既に食べ終わってるだろ」

 颯太の返信にまた三人が盛り上がる。

「あははっ、流石颯太。良く見てるねー」
「坂本君、相変わらず冷静な目線ね」
「……」

 蒼は黙って携帯の画面に見入っているがその表情には光悦が浮かんでいる。蒼の様子に玲奈がすかさず指摘を入れる。

「だから蒼? 『やった! 坂本君とメッセージできた!』の顔で止まってるんじゃないわよ」
「ええっ!? 玲奈!? いやっ、だから私は別にっ、そんなんじゃ……」

 玲奈の鋭い指摘で蒼の顔がまた赤くなる。

(やっぱり蒼ちゃん、本当に可愛いなぁ)

……と、朱美が恋する蒼を見てほっこりと温かい気持ちになっている時だった。聞き慣れた声が突然三人を呼んだ。
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