夜空に咲く恋
第十九話 爆弾
せんわ堂で話をしていた朱美、蒼、玲奈の三人を聞き慣れた声が呼んだ。
「朱美。あと、三浦さんと森田さん、こんちわ」
「ええっ!? 颯太!? どうしてここに!?」
「わっ! 坂本君!? えっと……こんにちはっ」
「あら奇遇ね、坂本君。村上さんと坂本君のお気に入りのお店、お邪魔してるわよ」
朱美の質問に颯太が答える。
「ああ、親に和菓子を買ってくるように頼まれたんだよ。明日、事務所に来客があるみたいでさ」
「そういう事ね」
「じゃ、先に用事済ませてくるわ」
颯太は親に頼まれた買い物を済ませる為、注文スペースに向かう。一方、蒼と玲奈は颯太と朱美の会話を聞いてきょとんと不思議そうな顔をしていたので、朱美がフォローの説明を入れる。
「えっと、まだ話してなかったかな? 颯太のお父さんは税理士さんで、自宅で会計事務所をやってるの。それでお客さん……クライアントさんって言うのかな? 颯太の家には、お父さんのお客さんが打ち合わせとかで良く来るのよ」
「そっか。そう言えば前に聞いたね。ごめん、その話に実感持てていなくて戸惑っちゃった」
「ごめんなさい、村上さん。私も今の村上さんの説明を聞いてよく分かったわ」
颯太は親に頼まれた来客用の饅頭を購入し、別会計で購入した自分用のおでんと共に朱美達と合流する。
「朱美、隣、座っていいか?」
「うん、どうぞ。それにしても颯太ってほんと、ここのおでん好きだよね」
「ああ。この味が染みてトロトロになった大根と、食べ応えのあるちくわが好きだな。あと、卵、はんぺん、巾着、それから……」
「それもう全部じゃん!」
「あはは、そうだな」
蒼と玲奈の目の前で、朱美はいつもの様に颯太とおどけ合う。近頃は見慣れてきた二人の光景に蒼も玲奈も穏やかな気持ちになり、四人での雑談が始まる。まずは玲奈から。
「それにしても奇妙な縁よね。去年の夏、違う中学の出身だったのに塾でたまたま隣に座っていた坂本君と私達が、今こうして和菓子屋さんでテーブルを囲んでお話するなんて」
「本当にそうだよね、森田さん。俺もあの頃の自分に『この二人とは高校で仲良くなるんだよ』って言ってやりたいよ」
「ふふっ、そんな事ができたら、当時の坂本君はさぞびっくりするでしょうね」
「うん。ていうか、そんな事を予言されても俺なら信じないかも」
「あはは。確かに颯太はそんな事言われても信じなさそう」
「でも坂本君? 私と蒼にとっても、坂本君との出会いはなかなか衝撃的だったのよ?」
「え? 俺、何かしました?」
「あ、坂本君、また敬語出てるわよ」
「ご、ごめん。気を付けま……いや、気を付けるね」
友達と話すなら敬語は使わない……と颯太、蒼、玲奈がそれぞれ紹介された時に約束をしたのだが、生真面目で朱美以外の女性との会話にやや不慣れな颯太は未だに敬語が出てしまう。
「坂本君、そんなに気を遣わなくてもいいわよ。私達、友達でしょ?」
「うん、ごめん」
「話を戻すけど……衝撃的な出会いの話ね。あの頃の坂本君って、私達が挨拶すれば返してくれるけど、坂本君の方から挨拶してくれた事なんてなかったでしょ? あのつれない態度にはびっくりしたわよね、蒼?」
玲奈はドキドキで暫く黙っていた蒼を強引に会話に巻き込む。
「えっ? あ、うん。それはもうびっくりだったよ! 私なんて『この人に嫌われてるんじゃないかなっ!?』とか思ったりしてたんだよ!」
蒼の言葉を受けて、朱美が颯太の脇腹をグーでグリグリと押し込む。
「あー! 颯太、悪い子―! こんなに可愛いくて良い子の蒼ちゃんを悩ませるなんて! 謝れー!」
「っておい! 脇腹グリグリすんな! ……でも、そうだったの? だとしたらごめんなさい、三浦さん」
「あ、うん、良いよ良いよ。今はこうして仲良くなれてる訳だし。でも、どうしてあの時の坂本君はあんなに冷めた態度だったの? やっぱり『塾は勉強だけしてれば良い所!』……って感じだったのかな?」
「あ、うん。それもあるんだけど……」
颯太は少し口ごもり、黙ってしまう。
「あれ? 颯太、どうかした? 大丈夫?」
朱美に心配され、ふぅーと軽くため息をつき再び颯太が話す。
「ああ。まぁ、何て言うか……でも今ならもう時効だから良いかな、言っちゃっても」
(……えっ?)
朱美、蒼、玲奈の三人は、颯太の口から何かとんでもない発言が出そうな予感に警戒を見せる。
「あのさ、俺……塾の初日、滅茶苦茶びっくりしたんだよ」
「えっ? 颯太、何にびっくりしたの?」
「だってさ、信じられないくらい可愛くて美人な子が教室に入ってきて『俺に近づいてきた!?』……と思ったら、いきなり俺の肩をバシバシ叩いて、そのまま俺の隣に座るんだもん」
……と、颯太は悪意のない爽やかな笑顔で蒼を指さして話を続ける。
「俺が通ってたM中の女子なんてさ。何て言うか……三浦さんに比べたら皆イモばっかりって言うか、全然比較にならない訳じゃん? だから俺、こんなに可愛くて美人な三浦さんに声かけるのは緊張しちゃって。それで全然話もできなかったし、挨拶すらできなかったんだよ。三浦さん、あの時は失礼な態度でごめんね……あ、でも、声かけるのにちょっと緊張してるのは今でも一緒で、たまに敬語が出ちゃうのもそのせいなんだよね、あはは」
颯太の口から飛び出した衝撃の爆弾発言。驚異的な破壊力である。颯太から爆弾発言を撃ち込まれた朱美、蒼、玲奈は、それぞれ三者三様のリアクションを取る。
まず、颯太の隣に座っていた朱美は手で顔を覆って下を向き、心の中で怒りの大声を叫ぶ。
(ああっもうっ! 颯太のバカッ! あんた今、自分が何を言ったか分かってるの!? その発言が……私達にとってどんな意味になるのか? 考えて言ってんのっ!?)
朱美は顔に当てた手の指の隙間から颯太の様子を伺うが、颯太は何も感じてない様子で平謝りを続けている。
(駄目だ……颯太のヤツ、全然分かってない! もう……流石颯太だよ……ほんと最悪っ! ……あっ! でもその前に!! 今、颯太のヤツ! 私達M中の女子全員を敵に回す様な事を言った!? 何なにっ!? 『私達M中の女子が皆イモ』ですって!? ……そりゃ、蒼ちゃんに比べたら全然可愛くないけどっ! 可愛くないのは事実だけれどもっ! ……でも許せない!! シメる! まずはシメるっ!!)
続いて蒼は颯太の爆弾発言に居ても立ってもいられず、その場から逃げ出した。
「ああっ、あっ! えっと、わ、私っ!! ……お、お手洗い行ってくる!!」
……ダッ!!
蒼はダッシュでその場から逃げ、手洗いの洗面に両手をついて喜びで悶える。
(ああああああああっっ!! 颯太君!! 今何て言った!? 私の事『可愛い!? 美人!?』……って言った!?)
……ドクンッ、ドクンッ!!
胸の鼓動が早くなる。全身が熱くなってゆくのが自分で分かる。
(ヤバいヤバいっ!!! ダメダメダメダメッ!!! あああっっ!! わ、私っ、ど、どうしようっ!! うわあああっっ!!)
一方、玲奈は下を向き、口に手を当てて必死に爆笑をこらえながらピクピクと震えている。そんな玲奈の目の前で、朱美は色んな意味で爆発した怒りを颯太にぶつける。
「ちょっと颯太! あんた今何て言った!? 私達M中の女子が全員イモですって!?」
……バンバンバンッ!!
朱美の鞄が容赦なく颯太の背中を叩きつける。
「痛って! わわわっ! 朱美! 悪かったって! 今のは言葉のアヤって言うか、例えって言うかさっ!」
「そんなので納得できるかーっ! あんたねえ! 今からM中バスケ部の友達全員呼んでボコボコにしてあげましょうかっ!?」
「待て待てっ! 俺が悪かったって! ていうかお前今! 既に現在進行形で俺をボコボコにしてるだろうがっ!」
「うるさいーっ!! M中女子全員の怒りをくらえーっ!!」
颯太と朱美のやり取りに拍車がかかり笑いを耐えきれなくなった玲奈は、足をじたばた動かしながら腹を抱えて爆笑を始める。
「あははっ!! もう、流石坂本君だわっ! ほんと、一筋縄ではいかない人ね!! あははははっ!! あー可笑しい!! ダメッ、苦しい! お腹痛いっ! あははっ! もうっ、今年で一番可笑しいわっ!! あははははっ!!」
「ああっ、もういいわよっ! あんたはとっとと帰りなさい!」
……ドンッ!
朱美は颯太を強引に立ち上がらせ、背中を押して店から突き出す。
「わわっ!」
「早く帰れこのスカタン! ろくでなし! 女の敵!!」
朱美の叫びに恐れおののく様に颯太は店を後にした。一方、店に残った玲奈は漸く笑いの底なし沼から抜け出し、落ち着きを取り戻そうとしていた。
「あーっ、笑ったわ。もう、坂本君って凄いのね。こんなに楽しい人だったなんて!」
「玲奈ちゃん、颯太が滅茶苦茶してごめんね」
「いいのよ、楽しかったし。それに村上さんのせいじゃないでしょ?」
「うん、それはそうなんだけど……」
「それよりも蒼が心配だわ。お手洗いで倒れてないかしら」
(はっ! そうだ蒼ちゃん!! 蒼ちゃんの事だから……颯太にあんな事を言われたらどうなってるか分からない!!)
玲奈と朱美が手洗いへ走る。
「蒼―! 大丈夫? 生きてる? 救急車呼ぼうか?」
「ちょっと玲奈ちゃん! 冗談にも程がっ!」
手洗いの洗面に両手をつき、蒼は真っ赤になった顔をゆっくりと玲奈と朱美の方に向ける。
「玲奈、朱美ちゃん……私っ! 私っ!」
蒼が次にとる行動が分かる玲奈は、無言のまま軽く頷いて両手を広げた。
「玲奈ーーっ!!」
「良かったわね、蒼」
「うん、私、びっくりしたよ! 坂本君、言ったよね!? 私の事! 可愛いとか美人とか言ってたよね!?」
「ええ、言ってたわ。ここにいる私と村上さんが証人よ」
蒼はしなやかな長い腕を伸ばし、朱美も巻き込んで抱きしめる。
「朱美ちゃん! 玲奈っ! ありがとぉぉーーっ!!」
岡崎公園の側にひっそりと佇む老舗の和菓子屋せんわ堂。その奥にある手洗いで……一人の女子高生が歓喜の叫び声をあげた。
「朱美。あと、三浦さんと森田さん、こんちわ」
「ええっ!? 颯太!? どうしてここに!?」
「わっ! 坂本君!? えっと……こんにちはっ」
「あら奇遇ね、坂本君。村上さんと坂本君のお気に入りのお店、お邪魔してるわよ」
朱美の質問に颯太が答える。
「ああ、親に和菓子を買ってくるように頼まれたんだよ。明日、事務所に来客があるみたいでさ」
「そういう事ね」
「じゃ、先に用事済ませてくるわ」
颯太は親に頼まれた買い物を済ませる為、注文スペースに向かう。一方、蒼と玲奈は颯太と朱美の会話を聞いてきょとんと不思議そうな顔をしていたので、朱美がフォローの説明を入れる。
「えっと、まだ話してなかったかな? 颯太のお父さんは税理士さんで、自宅で会計事務所をやってるの。それでお客さん……クライアントさんって言うのかな? 颯太の家には、お父さんのお客さんが打ち合わせとかで良く来るのよ」
「そっか。そう言えば前に聞いたね。ごめん、その話に実感持てていなくて戸惑っちゃった」
「ごめんなさい、村上さん。私も今の村上さんの説明を聞いてよく分かったわ」
颯太は親に頼まれた来客用の饅頭を購入し、別会計で購入した自分用のおでんと共に朱美達と合流する。
「朱美、隣、座っていいか?」
「うん、どうぞ。それにしても颯太ってほんと、ここのおでん好きだよね」
「ああ。この味が染みてトロトロになった大根と、食べ応えのあるちくわが好きだな。あと、卵、はんぺん、巾着、それから……」
「それもう全部じゃん!」
「あはは、そうだな」
蒼と玲奈の目の前で、朱美はいつもの様に颯太とおどけ合う。近頃は見慣れてきた二人の光景に蒼も玲奈も穏やかな気持ちになり、四人での雑談が始まる。まずは玲奈から。
「それにしても奇妙な縁よね。去年の夏、違う中学の出身だったのに塾でたまたま隣に座っていた坂本君と私達が、今こうして和菓子屋さんでテーブルを囲んでお話するなんて」
「本当にそうだよね、森田さん。俺もあの頃の自分に『この二人とは高校で仲良くなるんだよ』って言ってやりたいよ」
「ふふっ、そんな事ができたら、当時の坂本君はさぞびっくりするでしょうね」
「うん。ていうか、そんな事を予言されても俺なら信じないかも」
「あはは。確かに颯太はそんな事言われても信じなさそう」
「でも坂本君? 私と蒼にとっても、坂本君との出会いはなかなか衝撃的だったのよ?」
「え? 俺、何かしました?」
「あ、坂本君、また敬語出てるわよ」
「ご、ごめん。気を付けま……いや、気を付けるね」
友達と話すなら敬語は使わない……と颯太、蒼、玲奈がそれぞれ紹介された時に約束をしたのだが、生真面目で朱美以外の女性との会話にやや不慣れな颯太は未だに敬語が出てしまう。
「坂本君、そんなに気を遣わなくてもいいわよ。私達、友達でしょ?」
「うん、ごめん」
「話を戻すけど……衝撃的な出会いの話ね。あの頃の坂本君って、私達が挨拶すれば返してくれるけど、坂本君の方から挨拶してくれた事なんてなかったでしょ? あのつれない態度にはびっくりしたわよね、蒼?」
玲奈はドキドキで暫く黙っていた蒼を強引に会話に巻き込む。
「えっ? あ、うん。それはもうびっくりだったよ! 私なんて『この人に嫌われてるんじゃないかなっ!?』とか思ったりしてたんだよ!」
蒼の言葉を受けて、朱美が颯太の脇腹をグーでグリグリと押し込む。
「あー! 颯太、悪い子―! こんなに可愛いくて良い子の蒼ちゃんを悩ませるなんて! 謝れー!」
「っておい! 脇腹グリグリすんな! ……でも、そうだったの? だとしたらごめんなさい、三浦さん」
「あ、うん、良いよ良いよ。今はこうして仲良くなれてる訳だし。でも、どうしてあの時の坂本君はあんなに冷めた態度だったの? やっぱり『塾は勉強だけしてれば良い所!』……って感じだったのかな?」
「あ、うん。それもあるんだけど……」
颯太は少し口ごもり、黙ってしまう。
「あれ? 颯太、どうかした? 大丈夫?」
朱美に心配され、ふぅーと軽くため息をつき再び颯太が話す。
「ああ。まぁ、何て言うか……でも今ならもう時効だから良いかな、言っちゃっても」
(……えっ?)
朱美、蒼、玲奈の三人は、颯太の口から何かとんでもない発言が出そうな予感に警戒を見せる。
「あのさ、俺……塾の初日、滅茶苦茶びっくりしたんだよ」
「えっ? 颯太、何にびっくりしたの?」
「だってさ、信じられないくらい可愛くて美人な子が教室に入ってきて『俺に近づいてきた!?』……と思ったら、いきなり俺の肩をバシバシ叩いて、そのまま俺の隣に座るんだもん」
……と、颯太は悪意のない爽やかな笑顔で蒼を指さして話を続ける。
「俺が通ってたM中の女子なんてさ。何て言うか……三浦さんに比べたら皆イモばっかりって言うか、全然比較にならない訳じゃん? だから俺、こんなに可愛くて美人な三浦さんに声かけるのは緊張しちゃって。それで全然話もできなかったし、挨拶すらできなかったんだよ。三浦さん、あの時は失礼な態度でごめんね……あ、でも、声かけるのにちょっと緊張してるのは今でも一緒で、たまに敬語が出ちゃうのもそのせいなんだよね、あはは」
颯太の口から飛び出した衝撃の爆弾発言。驚異的な破壊力である。颯太から爆弾発言を撃ち込まれた朱美、蒼、玲奈は、それぞれ三者三様のリアクションを取る。
まず、颯太の隣に座っていた朱美は手で顔を覆って下を向き、心の中で怒りの大声を叫ぶ。
(ああっもうっ! 颯太のバカッ! あんた今、自分が何を言ったか分かってるの!? その発言が……私達にとってどんな意味になるのか? 考えて言ってんのっ!?)
朱美は顔に当てた手の指の隙間から颯太の様子を伺うが、颯太は何も感じてない様子で平謝りを続けている。
(駄目だ……颯太のヤツ、全然分かってない! もう……流石颯太だよ……ほんと最悪っ! ……あっ! でもその前に!! 今、颯太のヤツ! 私達M中の女子全員を敵に回す様な事を言った!? 何なにっ!? 『私達M中の女子が皆イモ』ですって!? ……そりゃ、蒼ちゃんに比べたら全然可愛くないけどっ! 可愛くないのは事実だけれどもっ! ……でも許せない!! シメる! まずはシメるっ!!)
続いて蒼は颯太の爆弾発言に居ても立ってもいられず、その場から逃げ出した。
「ああっ、あっ! えっと、わ、私っ!! ……お、お手洗い行ってくる!!」
……ダッ!!
蒼はダッシュでその場から逃げ、手洗いの洗面に両手をついて喜びで悶える。
(ああああああああっっ!! 颯太君!! 今何て言った!? 私の事『可愛い!? 美人!?』……って言った!?)
……ドクンッ、ドクンッ!!
胸の鼓動が早くなる。全身が熱くなってゆくのが自分で分かる。
(ヤバいヤバいっ!!! ダメダメダメダメッ!!! あああっっ!! わ、私っ、ど、どうしようっ!! うわあああっっ!!)
一方、玲奈は下を向き、口に手を当てて必死に爆笑をこらえながらピクピクと震えている。そんな玲奈の目の前で、朱美は色んな意味で爆発した怒りを颯太にぶつける。
「ちょっと颯太! あんた今何て言った!? 私達M中の女子が全員イモですって!?」
……バンバンバンッ!!
朱美の鞄が容赦なく颯太の背中を叩きつける。
「痛って! わわわっ! 朱美! 悪かったって! 今のは言葉のアヤって言うか、例えって言うかさっ!」
「そんなので納得できるかーっ! あんたねえ! 今からM中バスケ部の友達全員呼んでボコボコにしてあげましょうかっ!?」
「待て待てっ! 俺が悪かったって! ていうかお前今! 既に現在進行形で俺をボコボコにしてるだろうがっ!」
「うるさいーっ!! M中女子全員の怒りをくらえーっ!!」
颯太と朱美のやり取りに拍車がかかり笑いを耐えきれなくなった玲奈は、足をじたばた動かしながら腹を抱えて爆笑を始める。
「あははっ!! もう、流石坂本君だわっ! ほんと、一筋縄ではいかない人ね!! あははははっ!! あー可笑しい!! ダメッ、苦しい! お腹痛いっ! あははっ! もうっ、今年で一番可笑しいわっ!! あははははっ!!」
「ああっ、もういいわよっ! あんたはとっとと帰りなさい!」
……ドンッ!
朱美は颯太を強引に立ち上がらせ、背中を押して店から突き出す。
「わわっ!」
「早く帰れこのスカタン! ろくでなし! 女の敵!!」
朱美の叫びに恐れおののく様に颯太は店を後にした。一方、店に残った玲奈は漸く笑いの底なし沼から抜け出し、落ち着きを取り戻そうとしていた。
「あーっ、笑ったわ。もう、坂本君って凄いのね。こんなに楽しい人だったなんて!」
「玲奈ちゃん、颯太が滅茶苦茶してごめんね」
「いいのよ、楽しかったし。それに村上さんのせいじゃないでしょ?」
「うん、それはそうなんだけど……」
「それよりも蒼が心配だわ。お手洗いで倒れてないかしら」
(はっ! そうだ蒼ちゃん!! 蒼ちゃんの事だから……颯太にあんな事を言われたらどうなってるか分からない!!)
玲奈と朱美が手洗いへ走る。
「蒼―! 大丈夫? 生きてる? 救急車呼ぼうか?」
「ちょっと玲奈ちゃん! 冗談にも程がっ!」
手洗いの洗面に両手をつき、蒼は真っ赤になった顔をゆっくりと玲奈と朱美の方に向ける。
「玲奈、朱美ちゃん……私っ! 私っ!」
蒼が次にとる行動が分かる玲奈は、無言のまま軽く頷いて両手を広げた。
「玲奈ーーっ!!」
「良かったわね、蒼」
「うん、私、びっくりしたよ! 坂本君、言ったよね!? 私の事! 可愛いとか美人とか言ってたよね!?」
「ええ、言ってたわ。ここにいる私と村上さんが証人よ」
蒼はしなやかな長い腕を伸ばし、朱美も巻き込んで抱きしめる。
「朱美ちゃん! 玲奈っ! ありがとぉぉーーっ!!」
岡崎公園の側にひっそりと佇む老舗の和菓子屋せんわ堂。その奥にある手洗いで……一人の女子高生が歓喜の叫び声をあげた。