夜空に咲く恋

第二十話 ゴールデンウィーク

 四月末になりゴールデンウィークの期間に入った。連休初日の土曜日、午前の部活動を終えた朱美、蒼、玲奈は話をしながら体育館を後にする。

「明日は部活休みだよね。ゴールデンウィーク真っ只中だけど、玲奈ちゃんと蒼ちゃんは何か予定ある?」

「私は今から親と家族三人で浜名湖の温泉に行く予定だわ。午後出発の一泊温泉旅行ね。ベタだけど……舘山寺温泉とロープウエイ、オルゴールミュージアムっていう定番コースよ」

 静岡県西部にある浜名湖は、温泉やテーマパーク、名産のうなぎ等が有名な観光地である。愛知県からは比較的近い距離にあり、手軽な旅行先として愛知県民の多くがお世話になる場所である。

「いいねー、舘山寺温泉! 玲奈ちゃん、楽しんできてね!」
「ありがとう、村上さん。蒼は何か予定あるの?」

「私は特に予定とか無いから、イオンモールで服の買い物にでも行こうと思ってるよ」

 朱美達が住む岡崎市は、ショッピングと言えば大型商業施設のイオンモールである。広いイオン直営コーナーと多くの専門店が軒を連ねる岡崎市内で最も有名な買い物スポットだ。休日は若者から家族連れまで多くの人で賑わい、岡崎市民の大半が「休日はイオンに行けば間違いない」と思っているのではないか? と疑いたくなる程である。

「わー、蒼ちゃんが服の買い物! なんか似合うね。買い物してる様子もきっと可愛いんだろうなぁ。私なんか専門店のお洒落な服とか全然買った事ないよ。いつもイオンの衣料品コーナーの服ばっかりだし」

「蒼はファッション好きだものね。あなたの私服姿を見るたびに、雑誌からモデルが飛び出してきたのかと勘違いする程だわ」
「もう、二人とも褒め過ぎ! 恥ずかしいからっ!」

 女子高生トークに花を咲かせながら歩いて校舎の横を通り過ぎて行くと、その途中にある一階、一番端の部屋が近づいてきた。

 この部屋は颯太が在籍する映像写真部の活動部屋である。蒼はこの部屋の近くを通る時にはいつも部屋の様子を気にしてしまう。今日は窓が開いている。映像写真部の活動が行われている証拠だ。

(坂本君、今日も部活に来てるんだ……)

 開いた窓へ熱い視線を送る蒼に、玲奈と朱美が嬉しそうに声をかける。

「あらあら、蒼の頭は今日も春爛漫かしら?」
「蒼ちゃん、颯太に声かけてく?」
「ええっ!? べ、別に私はっ!」

 部活帰りに映像写真部の活動部屋を気にする蒼、そしてその蒼をイジる玲奈と朱美、それに驚いて照れる蒼……の光景はもはや日常の光景となっていた。

「ちょっと蒼? 驚かれる私達の方が逆に困るわよ。いつもそんな顔で映像写真部の部屋を見つめられたらこっちが気になるんだから」

「うんうん、蒼ちゃんは恋する乙女だねー。分かりやすくて可愛いよ」
「もう、二人とも……でも、付き合って欲しいな……お願いします」

 照れながらお願いする可愛らしい蒼の姿に朱美、玲奈の二人も和む。

「分かったわ……と言いたいけど、先伝えた通り私は午後から旅行で早く帰らないといけないから。坂本君との逢瀬は蒼と村上さんの二人でよろしく」
「ちょっと玲奈! 逢瀬じゃないからっ!」

 蒼のツッコミに玲奈は後ろ姿で手を振って応えながら校門へ向かってゆく。

「ふふっ。玲奈ちゃんって面白いね。でも、逢瀬って聞くと私もちょっとドキドキしちゃう」
「もう! 朱美ちゃんまで!」

 蒼と朱美が映像写真部の活動部屋の前に移動して窓の外から中の様子を伺うと、颯太はパソコンの前で作業に集中していた。

(坂本君、パソコンで作業してる! ああっ、坂本君の横顔! カッコいいなぁ……)

 蒼の心を射止めた横顔王子は今日も健在である。朱美はうっとりと颯太の横顔に見惚れる蒼に気を遣い、すぐには颯太に声をかけずに蒼を見守る。

(颯太の横顔は確かに良いんだけど……でも、それを見つめる蒼ちゃん、本当に可愛いな。恋ってこんな感じなんだ。何だか良いな。私もこんな風に恋ができたら良いな……)

 しかし、無言で長時間窓の外に立って部屋を覗いていれば不審者になってしまう為、頃合いを見て朱美は蒼の腰をトンッ……と軽く突いて合図を送り、颯太に声を掛ける。

「颯太―っ、お疲れ。もうお昼だけどまだ部活やるの?」
「あっ、朱美と……三浦さん、お疲れ。もう昼? えっと部活は……」

 作業に集中していた颯太は朱美の声で我に返る。周囲の部員や部長の様子を確認すると映像写真部の部長、石原が颯太に言った。

「ああ、部活は終わりにするよ。坂本君があまりに作業に集中してたからちょっと待ってたんだ。でも、そろそろ声を掛けようとしてたところ。昼で腹も減ってきたしね」
「あっ、それはすみませんでした」

「いいよ、いいよ。パソコンの編集作業は集中したら時間忘れちゃうし。それに坂本君の編集力アップが今後の映像写真部の為にもなる訳だしね」

「ありがとうございます、石原部長。でも、もう終わりにします」
「おっけ。じゃ、戸締りして帰ろうか」

 映像写真部も部活動を終えて解散し、颯太、朱美、蒼の三人で学校を後にする。

「颯太の映像写真部は明日も部活あるの?」
「明日は休み。ゴールデンウイーク中の部活はあと三日と四日の午前だけかな」

「そっか。映像写真部って文化部なのに結構活動するんだね」
「こら、それ文化部に対する運動部の偏見!」
「あはは、ごめんごめん、颯太」

「でも、坂本君、この時期の映像写真部ってどんな事をするの? どこかに撮影に行ったりとか?」

「この時期は主に部活動の新入生紹介動画の編集かな。この前もバスケ部に撮りにいかせてもらったでしょ? あの動画の編集とアップロード作業を順番に進めてるところだよ」

「そっか。ウチの学校の校内SNS、結構いろんな動画上がってて面白いもんね。その一端を颯太が担ってる訳なんだ? 意外とやるじゃん、このっこのっ」

……バンッバンッ!

 朱美の鞄が颯太の背中をはたく。

「痛って! 朱美、鞄で背中をはたくなって!」
「あはは。大丈夫? 坂本君」

 蒼は勇気を出して颯太の背中を軽くさすってみる。顔は平静を装っているが、内心はドキドキである。

「えっ? ……あ、ありがとう、三浦さん」

 乱暴な朱美とは対照的な蒼の優しさに、颯太は分かりやすく照れを見せる。

「あっ、ごめん、坂本君……私……」
「い、いいよ、ありがとう、三浦さん。今ので痛いの治ったよ」
「あ、うん……」

 やりとりしながら照れる二人の姿を目の当たりにして朱美も恥ずかしくなる。

「ちょっと! なに二人で照れてるのよっ! 見てるこっちも恥ずかしくなるからっ!」
「ええっ!? 朱美ちゃん!?」
「っておい! 元はと言えば朱美が俺の背中をはたいたのが原因だろっ!?」
「それはそうなんだけど!」

 颯太と朱美の元気なやり取りが始まりそうな気配を察し、蒼は二人を鎮めようと会話を遮る。

「まあまあ、二人とも。でもウチの高校の映像写真部って活動盛んだよね。私も校内SNS見てびっくりしちゃった。映像にちゃんと編集つけてるし、凄いなって思うよ」

「ありがとう、三浦さん。あの動画のいくつかは先輩に教わって俺も編集したんだよ」

「そうなんだ!? 坂本君凄いねっ!」
「あっ、ありがとう……」

 可愛い蒼から真っすぐに見つめられて褒められると、颯太はやはり照れてしまう。

「あはは。颯太、また照れてる。可愛い蒼ちゃんに褒められて良かったね」
「う、うるさい」

「そうそう、ところで颯太? 明日は部活休みなんだよね? 何か予定あるの?」

 朱美にとっては何の目的もないただの雑談……いつもの颯太との雑談のつもりであった。しかしこの後、颯太の口から出た返事が蒼と朱美の二人を大きく揺るがした。
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