夜空に咲く恋
第二十一話~第三十話

第二十一話 約束

「明日の予定? 俺、明日は岡崎美術博物館に行こうと思ってるんだ。今やってる絵画展、未だ見に行ってないから。東岡崎駅まで自転車で行って、そこからバスに乗るつもり」

「そっか。颯太は絵とか見るの好きだもんね」

 岡崎美術博物館とは、自然豊かな山の中にある岡崎中央総合公園の一角に位置する美術品と博物資料を展示する施設である。著名な建築家の設計により建てられたガラス張りの美しい建屋は「マインドエスケープミュージアム」の異名を持ち建築賞を得た実績もある。

 敷地内には芝生広場、池の周りを散策できる遊歩道、市内を見下ろす雰囲気の良いレストランが併設されている。夜にはライトアップも実施され、その幻想的な姿は岡崎市でも有数の映えスポットだ。

(……えっ!?)

 颯太と朱美のやり取りに、蒼は驚きと緊張を覚える。そしてすかさず蒼は朱美の腕を掴み、力強く引っ張って颯太から距離を取り小声で朱美に話す。

「朱美ちゃん! ちょっと!!」
「わっ! えっ!? 蒼ちゃん!?」

「朱美ちゃん! 颯太君、『明日は美術博物館に行く』って!!」

「うん、言ったね。颯太、昔から絵とか美術とか好きだから……時々行くんだよ」
「えっと! えっと!」

 興奮を露《あらわ》に言葉に詰まる蒼だが、言いたい事は簡単に察しが付く。朱美は蒼に言われる前に、蒼の想像を超える先手を取る。

「蒼ちゃん、颯太と二人で行って来たら?」
「ええっ!!??」

 思わず大きな声が出てしまう。少し離れた所に居る颯太に聞こえてしまわないか? とビクッと颯太の方を振り返る……が、颯太は不思議そうな顔をして二人が戻るのを待っている。どうやら蒼が驚いた声は聞こえていない様だ。

「ちょちょちょ、ちょっと朱美ちゃん!! 無理無理無理!! 坂本君と二人きりなんて無理だよっ!!」
「そう? 颯太も少しずつ蒼ちゃんに慣れてきてるみたいだし、案外大丈夫じゃない?」

「ダ、ダメダメッ!! お願いっ!! 朱美ちゃん! 一緒に来てくれない!?」
「いや、私それ……何だかお邪魔な気が……」

 朱美は蒼に気を遣う。この場合、颯太と蒼を二人きりにした方が良いのか? それとも蒼と一緒に行った方が良いのか? どちらが正解か分からないが、まずは前者で気を遣ってみた。しかし蒼の希望は後者だった。するとここで蒼が、自身の希望と異なる発言をする朱美に対して周到な買収を試みる。

「えっと、じゃぁ! 朱美ちゃんが好きな和菓子のせんわ堂! 五百円分ご馳走するのでどうっ!?」
「乗った!!!」

 朱美は予算五百円の買収で簡単に堕ちた。二人はパンッと手を打ち、颯太の所に戻る。

「ねえ、颯太? 私、最近美術博物館に行ってないし、久しぶりに行ってみるのも良いかなと思って。あそこは建物奇麗だし、山の上で気持ちいいし、池の周りも散歩できるし。蒼ちゃんと一緒に三人で行かない?」

「え? 朱美、絵とかあまり興味ないんじゃなかった?」

「うん、絵はあまり興味ないけど、あそこの雰囲気は好きだし。それに蒼ちゃんも行きたいって言ってるし」

「そうなんだ? 三浦さんも絵とか美術好きなの?」

「あっ、いや、凄い好きっていう訳ではないんだけど、美術博物館なんて小学校の見学以来行ってないから……高校生になってまた見に行ったら新しく感じる面白さもあるのかな? と思って。それに絵に詳しい坂本君と一緒ならいろいろ説明とかしてもらえそうだし」

 朱美と蒼は本来の動機を隠してごまかそうとする。

「そっか。俺も絵について沢山説明はできないけど……一人で行くのも寂しいから。良いよ、一緒に行こう」

(やった!!)
(颯太! 今日はあんたが鈍くて助かったよ!)

 颯太に気付かれない様に、蒼と朱美が身体の後ろで手を合わせる。

「じゃあ時間はどうする? 俺は朝イチから行って昼には帰ってくるつもりだったけど?」

「どうしようか? 私は朝イチ美術館! っていう程の意気込みは無いし……でも、遅くするとお昼ご飯の問題もあるしね。あそこにレストランはあるけど、高校生が入るにはちょっとお高いし……」

「坂本君? 美術博物館って、確か目の前に大きな池と広い階段になってて座れる場所あったよね?」
「うんあるよ。芝生広場もあるし」

「じゃあこうしない? 各自昼ご飯を持参で集合して、午前は美術博物館見て、お昼は池の前に座って食べる!」

「それナイスアイデア、三浦さん」
「うん、私もそれ賛成!」
「じゃあ決まりかな? 坂本君、バスの時間は?」

「十時二十五分発でどう? 到着は十時五十分。展示は一時間ちょっと見れば大丈夫でしょ?」
「そうだね。で、展示見た後は外でお昼ご飯ね!」

 話がまとまりそれぞれが帰宅する。その日の夜、朱美は両親に「翌日は岡崎美術博物館に行く」事を伝えた。食事と就寝準備を済ませ、朱美は自室でベッドに横たわる。

(明日は颯太と蒼ちゃんと美術博物館か……高校生になって休日に美術博物館に行くなんて思わなかったな。新しい友達ができて、その友達の恋を応援して……ふふっ、高校生活ってなんだか面白いな)

 朱美は明日の事を思うと、自然と口角が上がった。
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