夜空に咲く恋

第二十二話 服装

 朱美は横になりながら明日、颯太と蒼と岡崎美術博物館に行く事を楽しく想像していたが、ある問題に気付いた。

(あっ……明日着ていく服どうしよう? 颯太と二人ならいつもの普段着な感じで、白のパーカーと下はデニムで構わないけど……明日は蒼ちゃんが一緒だもんね。ちょっとはお洒落した方が良いかな? ……ま、でも大丈夫か。流石に蒼ちゃんが凄く可愛いって言っても、まさか隣に立つのが恥ずかしい! なんてレベルのお洒落してくる事はないよね。うん、私の考え過ぎだ)

……と、朱美が眠りにつこうとしている時だった。同じ頃、蒼は自室のクローゼットを開け、持っている全ての服を広げ、その前で悩みに苛まれていた。

(どっ、どうしよう!? 明日は坂本君と私服で休日!! あああっ!! 何を着て行こう!? 可愛い感じが良いかなぁ? それともちょっと大胆な方が良いかなぁ? ……でも、「うわっ、こいつ、こんなに肌を出してはしたない女!」とか思われたらどうしよう!? でもでも、やっぱり、美術博物館に行くんだからカチッっとカッコイイ感じの方が良いかなぁ? ……でも「何コイツ、気合入れ過ぎ!」とか思われちゃったらどうしよう!? ……ああっ、正解が分からないいいっ!!)

 結論が迷宮入りした蒼は、クローゼットから出し広げた服のセットコーデを一つずつ手に取り、改めて冷静な目で確認を始める。すると、ここである名案を思いついた。

(あっ、そうだ! どんな服を着て行ったら良いか? 朱美ちゃんに写真を送って聞いてみよう!)

 蒼は携帯を手に取り、写真を撮り始める。

「まずはこれ。春の可愛いバージョン!」

……カシャッ。

 薄いピンク色でフリルがあしらわれた可愛らしい甘めのトップス。ボトムスはワイドシルエットで優しい色合いのデニム。女子高生が春にデートで着て行けば可愛いのお手本となる様なコーデである。

「次はこっち。美術館に似合うセットアップのちょっとカッコイイコーデ」

……カシャッ。

 ベージュ色の薄手生地でサイズがやや大きめジャケット、その中には白のシャツ。ボトムスは同色のスカートで長さは膝上辺り。頭にはキャスケットの帽子。一見、探偵を思わせる様なハイレベルなお洒落コーデである。

「次はこれかな。大人っぽい感じ」

……カシャッ。

 春向けのダブルブレストコート、中には白のキャミソールで鎖骨の辺りまで肌が出る。ボトムスはスリムフィットのデニム。仕事をバリバリこなすデキる大人OLのようなコーデだ。背の高い蒼はこの様なコーデも難なく着こなしてしまう。

……ピッピッピッ。

「朱美ちゃん、助けてーっ! 明日着ていく服! この三つだったらどれが良いと思う!? 坂本君はどんな感じが好きかなあ? アドバイスプリーズ!!」

 蒼は撮った写真と共にメッセージと、お願いします! のスタンプを送る。一方、朱美は夜遅くに連続して鳴る携帯の着信音に驚きながら確認をする。

(あれ? 蒼ちゃんから? こんな時間にどうしたんだろう? ……って、ええええっ!?)

 携帯に映し出された画像を見た瞬間、朱美の時は止まった。

(こ、これって……!?)

 次の瞬間、朱美の部屋に悲痛な叫び声がこだまする。

「い、いやあああぁぁーーーっ!!!」

(ど、どうしよう!? 蒼ちゃん!! 服! めっちゃ可愛い!! それにカッコ良いのはカッコ良すぎ!! あああっっ!! こんなの着るの!? 蒼ちゃん!! 普段こんな私服着てるの!? ど、どうしよう!? 私っ、明日!! どうしよう!? ああっ!!)

 朱美は携帯を見て固まる。全身から変な汗が出る。すぐに蒼へ返事を送らなければならないのだが手が動かない。一方、蒼は朱美からの返事を待っていたが……すぐには返信が来ない。

(朱美ちゃん、きっと私の為に真剣に悩んでくれてるんだ……朱美ちゃんって本当に優しくて良い子だな)

 蒼は、朱美はきっと自分の為に真剣に悩んでくれているのだろう……とポジティブな考えで返信を心待ちにするが、それは誤解である。朱美は蒼とのファッションレベルの差に圧倒されて身体が固まり、微動だに出来ないだけであった。

 そして、朱美の家では深夜に朱美の部屋から大きな叫び声が聞こえた事に母親が心配して部屋の扉をノックする。

「ちょっと朱美? 大きな声がしたけど大丈夫? 変な虫でも出たの?」

「お、お母さん!? ご、ごめん。何でもないよ、大丈夫。でもちょっと聞きたい事あるから部屋に入って」

……ガチャ。朱美の母が部屋に入る。

「朱美、どうしたの?」
「明日! 颯太と友達と美術博物館に行くんだけど!!」
「うん、夕飯の時に聞いたわよ。気を付けて行ってらっしゃい」

「そうじゃなくて! 服! 明日着ていく服!! 私、お洒落で可愛い服、全然持ってない!!」

「朱美、急にどうしたのよ? 颯太君と行くんでしょ? だったらいつものパーカーとジーンズで良いじゃない?」

「お母さん、違うんだって! 友達! 一緒に行く友達がっ! すっごい可愛い服着て行くの!! びっくりするくらいお洒落なの!!」

「あらそうなの? でも、外見なんて気にしなくても良いんじゃない? 朱美は朱美のままで十分魅力的よ」

「うん、お母さん、優しい言葉は嬉しいんだけど!! でも流石に明日はマズイの! 友達の蒼ちゃんが本当にお洒落過ぎちゃって! ……って、あっ、そうだ!! ねえお母さん! お母さんお洒落な服持ってない!? 何か服貸してよ!!」

「お洒落な服って言われてもねえ……あっ、そうだ」

 母の言葉に朱美は一縷(いちる)の望みを見出す。普段は只の母親でも、この状況では慈愛に満ちた女神に見える。

「お母さん!? 何かあるの!? 何でも良いから貸して!」
「ええ、あるわよ。じゃあ、上半身いっぱいイギリス国旗柄のニットを貸してあげる」

(……なっ!!)

 母の口から出た言葉に、目の前に居るのは慈愛に満ちた女神ではなく、やはり只の母親だったのだ……と現実を突きつけられる。

「ごめん!! 聞く相手を間違えた!!」

……バンッ!!

 朱美は母を部屋から追い出し、苦悩に悶える。

(ああっ! そうだ! ウチはそうだよ! お母さんもお父さんも……服を買うのは量販品店ばっかり! 専門店なんて入った事ない家だった!! 私がこれまでファッションに興味持ってこなかったのは親のせいだ! 大好きなお母さんとお父さんだけど……この件だけについては親を怨む!!)

 朱美は自分が抱える大問題のせいで、蒼から来たメッセージへの返事を忘れたまま時間が過ぎてゆく。それぞれ違う意味で明日着る服が決まらない朱美と蒼。それぞれの部屋という異なる場所で同時刻、頭を抱える女子高生二人の叫び声があがった。

「ああっ! 明日何着て行けば良いのよっ!?」
「ああーんっ! 明日何を着て行ったら良いのーっ!?」
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