夜空に咲く恋

第二十三話 空想の原宿

 岡崎美術博物館に行く朝を迎えた。朱美と颯太は家の前で待ち合わせ、東岡崎駅に向かう途中にある街のパン屋で昼食を買う。颯太は大きめのバッグを持っていた為、朱美に押し切られてしぶしぶ二人分の昼食を持ち運ぶ係になった。二人は自転車で東岡崎駅に移動し、駅前のロータリーで蒼を待つ。

 昨夜、苦しみに悶えて決めた朱美の服は、洋服ダンスの一番奥に眠り続けていたデニム生地のオーバーオールと白の七分袖シャツだ。サイズがフィットしないやや大きめのシルエットは、服を着ていると言うより服に着られている……という印象を持たざるを得ないのだが、朱美としては手持ちの戦力で最大限に頑張った結果だ。

 それでも普段着と比べて少しお洒落を意識しているその風貌に、颯太が朱美を見て言う。

「朱美、今日は気合入ってるじゃん。いつものデニムと白いパーカーで来ると思ってたよ」

(あっ、そうか。颯太は知らないんだ。蒼ちゃんがどんな格好でここに来るかを……)

 朱美は蒼と自分の差を思うと憂鬱になる。

「うん、まあね。今日は蒼ちゃんも一緒だし。いつものダルダル普段着だとマズイかなーと思って」

「そっか。でも、いくらあの可愛い三浦さんだからって俺達と同じ岡崎市民だぞ? 流石にそんなに驚くようなお洒落はしてこないだろ。普段着でも良かったんじゃないか?」

「あんた今、さらっと岡崎市民全員を敵に回した事に気付いてる?」

 朱美のツッコミを受ける颯太の服装は、下はダークグレーのチノパン、上は一見無地に見える細かな縦ストライプの青いシャツ、肩には昼食を入れた大きめのバッグをかけている。ハイレベルなお洒落ファッションではないが、男子高校生として無難にまとまっている。

(こういう時、男子は簡単で良いなー。ああ、こんな事になるなら制服で行こう! って言っとけば良かったかな)

 朱美が颯太の服装を見ながら不安を感じている時だった。携帯の着信音が鳴る。蒼からのメッセージだ。朱美はメッセージを確認して返信する。

……ピピッ。

「朱美ちゃん、もう着いてる? 私、今駅に着いたところ!」
「うん、私達も今さっき着いたところ。颯太と一緒にバスのロータリーにいるよ」
「了解! すぐに行くね」

……ビシッと敬礼をするスタンプがメッセージと共に送られてくる。

(蒼ちゃん、結局どんな服装を選んだのかな?)

 朱美が期待と不安で蒼を待っていると、手を振りながら小走りでやってくる東岡崎駅前には似つかわしくない煌びやかな美少女が視界の中に現れた。蒼である。

(うわっ、蒼ちゃん!! やっぱり可愛い! いや、もう可愛いなんてレベルじゃない!? 私の語彙力じゃとても表現できないくらい可愛い!?)

(み、三浦さん!? あれ、三浦さんか!? 凄い……あんな可愛い子、見た事ないぞっ!?)

 薄いピンク色でフリルがあしらわれた可愛らしい甘めのトップス、ボトムスはワイドシルエットで優しい色合いのデニム。トップスはインされている為、蒼のスタイルの良さと足の長さが際立つ。可愛らしさとスタイルの良さ、洗練さを持ち合わせた……女子高生が春のデートに着る手本となる見事なコーデである。

 ファッション雑誌からそのままモデルが飛び出して来たかの様な蒼の可愛らしい容姿と明るく爽やかな笑顔に、朱美も颯太も思わず目を疑う。

「ね、ねえ、颯太? ココ、愛知県岡崎市だよね?」
「あ、ああ……東岡崎の駅前」

「私、蒼ちゃんの周辺だけ東京原宿の竹下通りに見えるんだけど。竹下通り、行った事ないけど……」

「あ、ああ……俺も。三浦さんの後ろに東京スカイツリーが見える。竹下通りからスカイツリーが見えるか知らないけど……」

「お待たせー。おはよう! 朱美ちゃん、坂本君!」
「う、うん、おはよう、朱美ちゃん……」
「お、おはよう、三浦さん……」

「今日はよろしくね! ってあれ? 二人ともどうかした? 何だか元気ないけど」

 朱美と颯太は目の前に立つ可愛過ぎる蒼を受け止めきれずに困惑し、挨拶を詰まらせてしまう。

「ご、ごめん、蒼ちゃん。蒼ちゃんが可愛すぎて何だかびっくりしちゃって」
「俺も。ごめんね、三浦さん」

「えっ、そう? やだなぁ二人とも! こんなの全然普通だよー」

 蒼は前かがみになって軽くモデルの様なポーズを取ってみたり、手を広げてクルッと回って見せたりする。その仕草に朱美と颯太はまた言葉を詰まらせる。

(うわっ! やっぱり蒼ちゃん、凄い! 凄過ぎる!!)

(なっ! これが本当に同級生か!? 可愛過ぎるぞっ!?)

「あれ? 二人ともまた黙っちゃって……私、何か変かなあ?」

 不安を見せる蒼に、朱美と颯太は即座に否定を入れる。

「そ、そんな事ないよ! 蒼ちゃんが可愛過ぎてびっくりしただけだから!」

「うん、俺も本当に驚いてるよ。三浦さんが滅茶苦茶可愛いから、ファッションモデルさんか歩いてきたのかと思った……て言うか、今まで俺が現実に目で見てきた女子の中で断トツで一番可愛いから」

(ええっ!? 坂本君!?)

「そそそ、そんな事は流石にないでしょっ!? あ、あははっ」

 蒼は赤くなった自分の顔を颯太に見せない様に、ぱっと後ろを向いてバスの時刻表を確認するふりをする。

(もぅっ! 颯太君!! それは褒め過ぎだよ!! ……でも、嬉しいっ!! この服にして良かった!!)

(ああっ、颯太はまた蒼ちゃんを困らせる様な事をっ!)

 蒼と朱美は颯太の一言で黙ってしまう。しかし颯太は、そんな二人の様子は気にせず今度は朱美の方をじっと見始めた。

「あれ、颯太? どうかした?」
「いや、何て言うかさ。朱美、ちょっと良い?」
「うん?」

 颯太は徐に朱美の両肩を掴み、蒼の隣に立たせた。着慣れないオーバーオールの朱美と、可愛いを絵に描いたかの様な蒼が隣に並ぶ。颯太は軽く腕を組み、二人を見つめる。

「颯太?」
「坂本君?」

(……ちょっと颯太! 私をこんなに可愛い蒼ちゃんの隣に立たせないでよ! 何か気まずいんだからっ!)

 朱美が不満を感じ始めた時だった。颯太の口から思いがけない一言が出る。

「同じ女子高生なのに、どうしてこんなに違うんだ?」

(……なっ!!!!)

……ブチっ!!!!

 朱美の中で何かが切れる音がした。朱美の中ではっきりと音が聞こえた。もはや理屈や思考ではない。朱美は本能で颯太の背中を力いっぱいはたき始める。

「ちょっと颯太!! あんたねえ! 何してんのよ!! 何こんな所で残酷な公開処刑を開催してくれてんのよ!!」
「うわっ!!」

「知ってるわよ! 分かってるわよ! 蒼ちゃんが私とは比べ物にならないくらい可愛いなんて事は分かってるのよ!!」

……バババババッ!!

 朱美のバッグが颯太の背中に連続ヒットする。

「わわわっ! ごめんって朱美! 俺が悪かったって!」

「ああもう! ほんと信じられないっ! 何なのよっ! あんたはいい加減、デリカシーってもんを覚えなさいよっ! 颯太のバカッ! ボケナス! オタンコナスッ!」

「ちょ、ちょっと朱美ちゃん、オタンコナスって……」

 二人の激しめのやり取りを目の当たりにし、堪らず蒼も仲裁に入るが朱美の怒りは収まらない。

「ああっ、もう頭にくるわねっ! そりゃ蒼ちゃんは凄いわよ! 可愛いわよ! 私なんかより全然スタイル良いわよ! 足だって長いわよっ! おっぱいだって大きいわよっ!!」

……バババババッ!!

「おい、朱美! お前何を言ってるんだよ!」
「ちょ、ちょっと朱美ちゃん! ここ駅前! 皆聞いてるからっ!!」

 怒りに任せて不用意な発言も出てしまう。暫くの間連続ヒットが続いた後、朱美の怒りは漸く怒りのピークを超えた。

「はぁ、はぁ……良い? 颯太! 今から私が言う事、約束しなさい!」
「はぁ、はぁ……な、何を?」

「今日一日! 私と蒼ちゃんをあんたの同じ視界の中に入れない事! 分かった!?」

「そんな無茶なっ!」
「朱美ちゃん、それは流石に……」

……バンッ!

 自分でも無茶な事を言っているのは分かっているが、最終的な怒りの収め場所が分からない朱美は最後にもう一発、全力で颯太の背中をはたいて憂さを晴らすように大声で叫んだ。

「ああっ、もう! 颯太のバカーッ!!」
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