夜空に咲く恋

第二十五話 二人のモデル

 朱美、蒼、颯太の三人は池の前にある階段で昼食を終えた。

「はー、美味しかった。ご馳走様」
「私もご馳走様。朱美ちゃん達が分けてくれたパン、どれも美味しかったな。どこにあるパン屋さんか教えてよ」
「うん、ここだよ」

……ピピッ。

 朱美は携帯で店の位置と情報を蒼に見せる。

「あ、この辺りなんだね。また行ってみよっと。朱美ちゃんは美味しい和菓子屋さんも知ってるし、パン屋さんも知ってるし地元のお店に詳しいね」

「まぁ、ずっと岡崎市民だからね。それなりには知ってるかも。でも、蒼ちゃんも洋菓子好きって言ってたでしょ? 今度お勧めのお店教えてよ」

「うん、シュークリームの種類が多くて美味しいお店が岡崎公園の近くにあるから、今度一緒に行こっ」
「シュークリームの種類が多いお店なんてあるの!? それは行ってみたい!」

 女子二人のスイーツ談議が盛り上がる。颯太は楽しそうに話す女子二人を穏やかな表情で眺める。

「颯太、どうしたの? 黙って私達の方見て……」
「あ、うん。女子高生がスイーツの話で盛り上がるのって何だか絵になるなぁと思って。ほのぼのとした気分で眺めてた」

「あはは。確かに女子がスイーツの話を始めたら止まらないもんね」
「そうだね、蒼ちゃん。ところで颯太? 絵になると言えば、颯太は映像写真部でしょ? せっかく映えスポットの岡崎美術博物館に来てるんだから、颯太が蒼ちゃんを奇麗なインスタ写真みたい撮ってあげたら?」

「えっ? 朱美ちゃん!? わ、私は別にっ……」
「ちょっと待て朱美、俺、写真の専門家じゃないから!」

「ええ? でもきっと私とか蒼ちゃんが撮るより上手いんじゃない? ほら、例えばそこの階段に座ってる蒼ちゃん、颯太ならどんな感じで撮るの?」

 蒼が座っている階段は、美術博物館の入り口から池の畔まで、高さにして建物二階分相当で続く広くて長い階段である。写真を撮るのであれば、背景を階段で画面いっぱいにもできる。また、足元から階段を見上げるようなアングルで撮れば、階段の上にある美しいガラス張りの美術博物館の建屋と青空を背景に人物を撮る事もできる。

 颯太は蒼と周囲の状況を見渡し、何パターンかの写真の構図を考える。

「ちょっと考えたら面白くなってきたかも。三浦さん、試しに撮ってみても良い?」
「ええっ? 私、坂本君のモデル!? き、緊張しちゃうよ」

「三浦さんなら大丈夫だよ。朱美と違って普通にしてるだけでも絵になるから」
「颯太、一言多い!」

……ドンっ!

 朱美は思いっきり颯太の足を踏みつける。

「痛って!」
「まあ、でも今はこれで許してあげる。颯太、蒼ちゃんを撮ってみて」

「やってみる。三浦さん、そこに座ったまま、ちょっと頬杖ついて横向いてもらって良い?」
「え、うん。こんな感じかな……」

……カシャ。

 まずは一枚目。

 背景いっぱいに階段が広がる中で、美少女が頬杖をついて横を向いて座る写真だ。颯太は撮影した写真を蒼と朱美に見せる。

「わっ! 坂本君、上手! 何か、インスタでよく見るカッコイイ女子の写真みたい!」

「へー、颯太、やるじゃん。カメラ目線じゃなくて横向きっていう所がスマートで良いね。蒼ちゃんの大人な感じが出ててカッコイイ」

「そう? そんなに褒められると照れるな。じゃ、もう一枚撮っても良い?」

 おだてられた颯太は気を良くし、撮影を続ける。

「三浦さん、ちょっと階段上がってもらえる? 画面の下から、三浦さん、階段、奥に美術博物館と青空……みたいな感じで撮るから」

……カシャ。

「わあ! 坂本君、これも素敵! モデルが自分なのはちょっと恥ずかしいけどっ」

「いやいや、これは蒼ちゃんだからこんなに奇麗な写真になるんだよ。同じアングルの写真でも私だったらこうはならないからっ」

「そうだよ、三浦さん。人物の絵とか写真って、その人の特徴も出るもんね。カッコよく撮るならカッコよさが似合う三浦さんだから上手く撮れるんだと思うよ」

「何か照れるけど……ありがとう、二人とも褒めてくれて」

「うんうん、蒼ちゃんは可愛くて美人でカッコイイからね! でも颯太? 例えば私だったら、蒼ちゃんみたいにカッコいい写真じゃなくて、違う雰囲気の写真にしたら上手く撮れるって事?」
「多分無理だな」

……ドンッ!

 即答に再度、颯太の足が強く踏まれる。

「こらっ! 真面目に考えなさい!」
「あはは、ごめんごめん。でも、そうだな……ちょっとやってみるか」

 颯太は数歩下がって、朱美の服装と雰囲気をまじまじと見つめながら考える。

(えっ、颯太? 自分で言い出した事ではあるけど……そんなに真剣に見つめられると緊張しちゃうからっ)

 颯太が見せる真剣な対応に朱美は困ってしまう。颯太は複数の写真パターンを想像し、その一つを朱美に伝える。

「朱美、真面目に話すからふざけないでちゃんと聞けよ?」
「うん」

「朱美は三浦さんと違ってカッコイイ路線ではないから……」
「うん、分かってる」

「可愛い感じで撮ってみたら良いかと思う」

(えっ!? 可愛い感じ!?)

 可愛い感じ……という思いがけない颯太の提案に朱美は戸惑ってしまう。

「か、可愛く!? 私がっ!?」

「ああ、そうだ。俺、前に人物写真を上手に撮る方法で聞いた事があるんだよ。女性は真面目な顔をしたら子供でも大人びて見える。逆に笑顔なら大人でも可愛く見えるって。だから朱美、そこの階段に座って上を見ながら笑ってみて。俺が隣に立って上から撮るから」

(ど、どうしよう!? 颯太のヤツ、何か変なスイッチ入ってる!? 本気だっ!? わ、私……できるかな!?)

 朱美は緊張しながら颯太の指示に従う。階段に座り、緊張しながら上を見る。

……ドキッ、ドキッ。

(何だろうこの感じ……颯太が私を凄い真剣に見てる……やだっ、何か急にドキドキしてきた!?)

「じゃ朱美、笑ってみて」
「う、うん。頑張ってやってみる」

 朱美は精一杯、可愛らしい笑顔を作る。颯太は携帯の画面越しに朱美が作る可愛い笑顔と向き合う。

(あれ? 朱美……高校生になってちょっと女性らしくなったのかな。朱美の笑顔ってこんなに可愛いかったんだ……って、えっ?)

……ドキッ、ドキッ。

(ええっ? 何っ!? ……俺、どうした!? 何だか急にドキドキしてきた!? 朱美の笑顔が……何でこんなに可愛く見えるんだ!?)

……カシャ。

 階段に座る少女が上を見て笑う写真だ。座っている所を友人に呼ばれたのか? それとも待ち合わせていた恋人が来てくれたのか? どんな場景を想像するかは写真を見た者によるが、朱美の笑顔が輝く一枚が出来上がった。

「わーっ! 朱美ちゃん、これ凄く可愛いよ! 見てみて!」
「えっ、あ、うん……って、本当だ! へー、颯太、やっぱり撮るの上手じゃん!」

「あ、うん、何とか上手く撮れて良かったよ。ありがと、朱美」
「え? 何が?」

「いや、モデルになってくれて……」
「う、うん。ちょっと、恥ずかしかったけどね……」

(颯太……先の感じ、何だったんだろう)
(朱美……俺、先は何だか変な感じだったな)

 写真を撮り終えても颯太と朱美の心の中ではまだドキドキが続いていた。携帯のカメラ越しに精一杯の笑顔を送った朱美と、携帯のカメラ越しに朱美の精一杯の笑顔を受け取った颯太。この日、二人は心の奥でそれまで味わった事がない感覚を経験した。
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