夜空に咲く恋

第二十六話 シュークリームを片手に

 ゴールデンウイーク最終日、朱美、蒼、玲奈は午後の部活を終え帰路についていた。三人で学校を後にし、愛知環状鉄道の駅で朱美と別れた蒼と玲奈は名古屋鉄道の駅を目指していた。

「今日でゴールデンウイークも最終日ね。始まる前は長く感じるのに、いざ始まるとあっという間に終わってしまうのは何だか寂しいわね」
「うん、そうだね、玲奈……」

 蒼の口から出る普段より少し小さめの声に、玲奈は何かを察する。

「蒼? どうかした?」
「玲奈? 聞いて欲しい事があるんだけど、今からちょっと良いかな?」

「そう……これはちょっと長くなりそうね。良いわよ。そうだわ、蒼に教えてもらったシュークリームが美味しい店。あそこでシュークリーム買ってきて、岡崎公園で座って話しましょ。何だか辛そうな話みたいだから、今日は私がシュークリーム奢ってあげるわ」

「えっ? 玲奈、良いの?」
「今日は特別よ」
「うん、ありがとう」

 蒼と玲奈は岡崎公園近くにある洋菓子店に入る。店内には魅力的なケーキや焼き菓子、店が注力している豊富な種類のシュークリームが並ぶ。

「ああっ、もう! 分かってるんだけどココに来るとテンション上がっちゃう! 定番のカスタードも勿論美味しいけど! チョコバナナ、マロン、黒糖シナモン、アップルシナモンパイ、ほうじ茶……あっ! 今日はホワイトチョコラズベリーもある!?」

「蒼? この後話があるのでしょ? 早く決めて」
「ああっ、玲奈! もうちょっと私をこの幸せな時間の中に居させてよーっ。黒糖シナモンも美味しいんだよね。ああ、でも! ホワイトチョコラズベリーが私を見てるっ!?」

「はあ……蒼? 迷うなら一番好きなのにしなさいよ。ホワイトチョコラズベリーだっけ?」
「う、うん……なかなか出会えないからね。今日は……それにする」

 玲奈が店員に声を掛けてシュークリームを購入する。シュークリームが入った紙袋を携えて、岡崎公園の側を流れる乙川の畔に移動する。

 ゆったりと流れる乙川越しに岡崎城が見えるこの場所は多くの岡崎市民を癒す絶好の休憩スポットである。腰掛けた玲奈がホワイトチョコラズベリーのシュークリームを蒼に渡す。玲奈の手に乗るのは、ほうじ茶味のシュークリームだ。

「ありがとう! 玲奈! 大好き!」
「ふふっ、安上がりな大好きだこと」

……パクッ。

 蒼と玲奈の口にシュークリームが入る。

「ああっ、美味しいー! 幸せ!」
「ええ、本当にココのシュークリームは美味しいわよね……で、蒼? 話があるんでしょ? どうぞ。せっかくのシュークリームが不味くなる話じゃない事を願うばかりだけど……」
「う、うん……」

 玲奈の言葉で先程まで咲いていた蒼の幸福な笑顔が急にしぼむ。

「この前、朱美ちゃんと坂本君と岡崎美術博物館に行った時の話なんだけど……」

「ええ、三人で楽しんで来たんでしょ? 午後は三人でカラオケにも行って盛り上がったって言ってたわよね」

「うん、あの日は本当に楽しくて嬉しくて幸せな気持ちで過ごせたよ」
「なら良かったじゃない? 何か問題でもあったの?」

「うん、私の考え過ぎかもしれないけど……」
「何かしら?」

「玲奈? ……朱美ちゃんと坂本君の事、どう思う?」
「……」

 蒼の質問に玲奈は黙り込んでしまう。そして少し考えた後、重たくなった口を動かす。

「そういう事か……」
「そういう事」

「でも蒼? どうしてそんな事を聞くの?」
「えっとね、美術博物館で坂本君が私と朱美ちゃんの写真を撮ってくれた時の事なんだけど……」

「ええ、私もその時の写真を見たわ。蒼も村上さんも上手に撮れてて素敵な写真だったわね」

「うん。でも玲奈、あの写真見て正直どう思った? 撮り方が上手とかそういう事じゃなくて……」
「……」

 蒼の質問に玲奈は再び黙り込んでしまう。玲奈が答えを出す代わりに蒼が続ける。

「えっとね、玲奈。私から先に感想言うとね。坂本君が私を撮ってくれた写真を見た時は正直すごく嬉しかった。インスタとか雑誌で見るみたいなカッコいい感じで映える写真を撮ってくれて。でもね、その後に朱美ちゃんを撮った写真を見て思ったんだ」
「……」

 玲奈は静かに蒼の言葉を受け止める。

「坂本君は朱美ちゃんの事をね……『朱美ちゃん』という人をちゃんと観てこの写真を撮ったんだなって。でも、私の写真は……『私』っていう人というより、お洒落な服を着た女の子を綺麗な背景の中に上手に収めただけ……みたいに思えちゃって」
「……」

「坂本君は私の事なんかよりも、朱美ちゃんの事を『人』としてちゃんと見てるんじゃないかなって。坂本君は自分でも気付いてない気持ちの奥の方で、朱美ちゃんの事を見てるんじゃないかな? って……そう思っちゃったんだ」
「蒼……」

 玲奈は返答の前に蒼に近づき、手を伸ばして蒼の頭に手を乗せる。

「玲奈……」

 玲奈の優しい仕草に、蒼は自分の頭を玲奈の肩に預ける。

「そういう事ね……」
「そういう事……」

 一呼吸の間を置いた後、玲奈が自分の意見を伝える。

「蒼? 正直に言うとね」
「うん」

「私も村上さんと坂本君の関係は良く分からないの。だから、あの二人が心の奥でお互いをどう思っているのか? 良く分からないわ。高校に入学して一か月近く二人と仲良くさせてもらって、二人を近くで見てきたけど……本当に私もよく分からないの」
「そっか……玲奈もよく分からないか」

 自分が感じていた疑問を親友の玲奈と共有できた事に蒼は安堵する。

「私も生まれた時から一緒の幼馴染なんて居ないから、そこは想像もできないのよね」
「そっか」

「でもね蒼、大切な事が二つあるわ」
「えっ? 二つ?」

 玲奈は冷静で落ち着いた性格である。蒼が当事者として動揺してしまう様な状況であっても、第三者として客観的な目線で状況を把握できる長所を持っている。不安になる蒼をなだめる様に玲奈は説明を続ける。

「まず、一つ目。村上さんは蒼の恋を応援してくれているわ。ちゃんと協力もしてくれてる。これは紛れもない事実よ」
「う、うん」

「次に……こっちの方が大切かしらね。蒼? あなたの気持ちよ」

(えっ?)

 玲奈の言葉に蒼はハッとする。

「あなたの中にある大切な気持ち。中三の夏から坂本君の事を忘れずに……ずっと想ってきたあなたの気持ち。高校に入学して坂本君と再会した時、思わず叫んでしまったあなたの気持ち。坂本君のひと言ひと言に一喜一憂しちゃう様な……あなた自身の気持ちよ」

「あっ……」
「どうなの蒼?」
「うん、そうだよね」

「たとえ村上さんと坂本君の関係が良く分からなくても、あなたの中にある大切な気持ちは本物でしょ? 誰に何を言われても、周りで何が起きても……それは揺らぐ事のない一番大切なものでしょ?」

「そっか……そうだよね」
「そうよ」
「うん、そうだよね。ありがとう玲奈。私、ちょっと考え過ぎて不安になっちゃってたみたい。玲奈に相談して良かった! ありがとう!」

 蒼の言葉に玲奈は満足げな笑みを浮かべる。そして玲奈はこの後、悩む蒼を救うべくある事を思いつく。
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