夜空に咲く恋

第三十二話 朱美に届く声

 松井部長のボールで試合が再開する。松井部長がボールを突いてドリブルを始めた直後、朱美と玲奈は目を合わせ事前に確認したある作戦を実行した。

(玲奈ちゃん! 今だ!)
(村上さん! いくわよ!)

「えっ!?」

 ボールを持つ松井部長一人に朱美と玲奈の二人がディフェンスに付く。ダブルチームというディフェンス技だ。朱美と玲奈、ガードの二人からボールを狙われた松井部長は堪らずボールをキャッチし、パスに逃げようとする。

(こっちに二人も来たらゴール下がニ対一でガラ空きよっ!? それを分かってるの!?)

 松井部長がボールを両手でキャッチし、パスコースとチームメイト藤田、平野の位置を確認しようとしたが、ここで予想外の光景が松井部長に視野に飛び込む。

(……えっ!?)

 玲奈は既にゴール下に居る藤田の傍まで戻っていた。玲奈は松井部長がドリブルをやめてボールをキャッチした瞬間に、すぐさまゴール下まで戻ったのだ。そして、朱美は動けなくなった松井部長に接近し、両手を上げて覆いかぶさるようにディフェンスをする。朱美の上からパスが通らない様にする作戦だ。

 こうなると、松井部長は朱美の横からパスを出すしかない。しかし、バスケに慣れている玲奈と蒼は、ボールを受け取ろうとする藤田、平野のパスコースを的確に塞ぐディフェンスを見せる。

(……くっ、考えたわね! バレー部二人は縦の動きには強いけど、バスケの横の動きならバスケ部二人の方が上手い! これじゃパスを出せない!? ……パスミスとバイオレーション狙いの作戦ね!)

※バイオレーション……二十四秒以内にシュートを打たなければ攻守交替となるルール。

「くっ! ごめん平野! 取って!!」

 松井部長は苦しいコースに無理やりパスを出す……が、蒼にパスカットされボールを奪われる結果となった。

「おおおっっ!!」

 小柄な二人を含む一年生チームがバスケ部の部長率いる長身の三年生チームを相手に善戦する姿に、朱美達のクラスメイトが盛り上がる。また、今年が最後の球技大会となる三年生、松井部長のクラスメイトも負けじと応援に熱が入る。

「負けるなーっ! 松井! 藤田! 平野ーっ!」
「頑張れーっ!! まだまだいけるよ!!」

 朱美のボールで試合再開となる。ボールを突きながら朱美は次の作戦を考える。

(玲奈ちゃんのスリーポイントとフェイントも何度も通用する訳じゃない。蒼ちゃんはゴールに近いからパスを出しても先輩との高さで不利になる。私が部長を抜ければ優位な状況を作れるけど……私にできるかな? でも、さっきは玲奈ちゃんと蒼ちゃんが決めてくれた! 私も……頑張りたいっ! 二人の役に立ちたい!!)

 朱美はドリブルで松井部長の突破を試みる。

……キュッ! ダンッ! ダンッ! キュキュッ!!

 ドリブルを突く音と、バスケットシューズが踏む小刻みなステップ音が鳴る。朱美が必死にドリブルで突破を試みるが、松井部長も簡単には抜かれない。

(良いドリブルだけど、それじゃ私は抜けないわよ! 村上さん!!)
(くっ、やっぱり私じゃ部長は抜けない!?)

「頑張れーっ! 村上さーん!」
「松井―! ナイスディフェンスーッ!!」

 応援するクラスメイトから多数の声援が飛ぶ。そんな中……朱美の耳に強く響いて聞こえる一つの声があった。

「朱美―っ! 負けるなっー! 頑張れーっ!!」

 映像写真部として撮影をしながら応援をしていた颯太の声である。多数の声援が飛ぶ中、颯太の声だけがはっきりと朱美に届くという状況ではない。決してそうではないのだが、朱美には颯太の声がしっかりと……強く響く様に聞こえた。その様に感じられた。

(……颯太!?)

……ダンッダンッ!!!

「えっ!?」

 朱美は今日一番のキレがある鋭いドリブルを見せた。その鋭いドリブルの前に、松井部長は一瞬の隙を突かれ抜かれてしまう。朱美は松井部長の横をすり抜け、そのままレイアップシュートでゴールを決めた。

「はぁっ、はぁっ……私、やった!?」

 ただただ必死にゴールを決めた朱美はゴール下で立ち尽くしてしまうが、蒼と玲奈が高いテンションで朱美に飛びつく。

「朱美ちゃん凄い! 今のドリブル!! 部長を抜いちゃったよ!!」
「村上さん! ナイスファイトよっ!!」

「う、うん! 私、やっちゃった! 何か……変な力が出たの!」
「あはは、朱美ちゃん、何それー!?」

 朱美は蒼と玲奈にバンバンと称賛で叩かれながら颯太の方を見る。颯太は朱美に向かって親指を立て「よくやった!」という笑顔を向けてくれている。その颯太に向かって、朱美は心の中で感謝を伝える。

(……颯太、ありがと! 何だかよく分からないけど……颯太の声! ちゃんと聞こえたよ。それで! ……何だか私、頑張れちゃった!)

……トンッ、トンッ、トンッ。

 転がったボールを松井部長が拾い上げ、朱美に声を掛ける。

「村上さん、そんな力を隠してたなんてズルイわよ。でも、今のは良いドリブルだったわ」
「……松井部長、ありがとうございます」

 試合が再開する。松井部長がボールを持つ。朱美は興奮冷めやらぬまま松井部長のオフェンスに備えて身構えるが……。

「えっ!?」

 朱美が松井部長との距離を詰める前に、松井部長はシュートを放った。スリーポイントシュートだ。そのシュートは奇麗な弧を描き、ゴールネットに収まる。

……シュパッ!

 朱美のファインプレーで二点を得点した直後、あっさりと松井部長にスリーポイントシュートで返された。先輩の余裕とも見える落ち着いた表情で松井部長が言う。

「自分のミスは自分で取り返したわ。村上さん? 一点リード、貰ったわよ」
「くーっ!」

 この後、試合は白熱した。高さで優位に攻める三年生チームと、横の動きと技で相手を崩す朱美達。しかし、時間が進むにつれて三年生チームの高さを活かした攻撃に朱美達は徐々に点差を広げられ、試合終了の笛が鳴ってしまう。

……ピーーーッ!!

「試合終了です! ニ十対十五で三年A組チームの勝利です!」

 熱戦を繰り広げた六名が整列し、挨拶をしながら互いを労う。

「ありがとうございました!」
「村上さん、三浦さん、森田さん、三人ともよく頑張ったわね。もし三人が二年生だったら、私達が負けていたかもね」

「いえ、そんな事は……でももっと上手くなれる様、練習頑張ります」

「うんうん、素直でよろしい! でもこの後は……これ以上あなた達に悔しい思いはさせないわ」
「え? 松井部長、どういう事ですか?」

 松井部長がポンッ……と朱美の肩に手を乗せて言う。

「自分を負かせたチームが優勝してくれたら少しは納得できるでしょ? そうすればあなた達も『自分は優勝したチームに一回負けただけ!』って思えるじゃない?」

「そっか、そうですよね! 松井部長、ありがとうございます! 私達、部長のチームを応援します!」
「ええ、よろしくね!」

 試合終了後、映像写真部員である颯太は三年生勝利チーム三人の写真撮影と、惜敗した一年生チーム三人の写真撮影をした。朱美、蒼、玲奈は悔しさがありながらも、仲の良い三人でバスケ部の部長相手に善戦できた喜びと満足を顔に浮かべた思い出深い一枚の写真が出来上がった。

 また、朱美達はクラスメイト達から多くの拍手と称賛の声、励ましの声かけてもらい、しばらくは興奮の余韻で盛り上がった。この後、スリーオンスリーは松井部長のチームが勝ち進み優勝を果たした。こうして、学校の一大イベント、球技大会は幕を閉じた。
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