夜空に咲く恋

第三十三話 宇治金時は女子高生を魅了する

 球技大会を終えた翌日、朱美、蒼、玲奈の三人は部活帰りに和菓子屋せんわ堂へやってきた。球技大会の打上げ、夏が近づき気温が高くなると店先に掲げられる「かき氷」の旗、蒼と颯太の仲を進展させる相談……と、せんわ堂に集まる動機には困らない。

 テーブルに運ばれてきた三つの宇治金時かき氷と記念写真を撮り、颯太を含むグループメッセージに画像を送る。朱美達がせんわ堂に来た時はグループメッセージに写真を送って颯太に知らせる……という行為がいつの間にか恒例となっていた。

 三人はスプーンを手に取り、話を始める。

「蒼ちゃん、玲奈ちゃん、球技大会お疲れ! 私、三人でバスケ出来て本当に楽しかったよ。部長に負けちゃったのは悔しかったけどね……ああっ! 抹茶の濃さやばっ!」

「朱美ちゃん、私もだよ! クラスの皆とも盛り上がったし、楽しい球技大会だったよね……何これっ!? 抹茶ソース、美味しすぎないっ!?」

「終わってしまった球技大会の話も良いのだけど、この先の事も話さない? 私、蒼と坂本君が友達になったのは良かったと思ってるけど、何だかそこで終わってる気がするのよね……わっ、この小豆! 流石和菓子屋さんね! 小豆自体が凄く美味しいっ!!」

「ありがとね、玲奈。私も坂本君と普通に挨拶出来たり、話せるようになったのは嬉しいんだけど……でも、もうちょっと仲良くなれたら嬉しいなって思ってて。で、ここで一つ提案っていうか、相談があるんだけど……ああっ、もうっ! お店で食べるかき氷ってどうしてこんなにサラサラなの!? 口でスッと溶けてなくなっちゃう!?」

「えっ、提案? どうしたの蒼ちゃん? ああっ! この横に二個乗ってる白玉が罪深いー! 食べたいけど……でも食べたらなくなっちゃう! ああっ! でもやっぱり食べちゃおっ! んふっー!」

「……」
「……」
「……」

 会話が一旦途切れて少しの沈黙に包まれた後、三人の声が揃う。

「かき氷が美味しすぎて話に集中できないよ!」
「私も! 話が全然頭に入ってこないわ!」
「ごめん、私も無理! 先に食べちゃおう!」

……シャカシャカシャカッ!

 憑りつかれたかの様に女子高生三人が宇治金時のかき氷を一気に平らげる。そして、お約束の頭痛に暫く悶えた後、セルフサービスのお茶で息を整えて話を再開する。

「はーっ、美味しかった。で、蒼ちゃん? 提案っていうか相談だっけ? どうしたの?」

「うん、友達って仲良くなってくると、あだ名とか下の名前で呼んだりするじゃない? だから、私も坂本君の事をそんな風に呼べたら良いなと思って」

「それは良いわね、私も賛成。村上さんは坂本君と幼馴染だから名前で呼び合ってるけど、蒼はまだ『坂本君』って呼んでるものね。二人の距離が近づくきっかけには良いと思うわ」

「そうだね。でも颯太の事をどうやって呼ぶ? 私と一緒で『颯太』でいく?」

……!!

 照れながら下を向く蒼の顔が赤く染まる。蒼にとっては、颯太の事をいきなり下の名前を呼び捨てにするのは刺激が強い。

「いや、いきなりそれはちょっとね……私は坂本君の事、『颯太君』って呼べたら良いなって思ってるんだ……」

「そっか。私は良いと思うよ。中学でクラスに同じ苗字の子が居た時は、普通に下の名前で『颯太君』って呼ばれてた事もあったしね」

「そうなんだ? 坂本君にそういう経験があるなら大丈夫そうだね。私、今度坂本君に会ったら聞いてみるよ」

 ここで、長年蒼の親友として付き合ってきた玲奈が疑問を感じる。

「でも蒼? 例えば坂本君がそれを了承してくれたとして、蒼は坂本君の事をすぐに『颯太君』って呼べる? 大丈夫なの?」

 玲奈の疑問に対し、蒼はピンと胸を張りドヤ顔を見せながら答える。

「ふっふっふっ。それは大丈夫だよ、玲奈。何を隠そう、私は……心の中で坂本君を呼ぶ時、最近は必ず『颯太君』って呼んでイメトレしているから。あとは坂本君の了承さえ貰えたらいつでも『颯太君』に昇進できるよ」

 蒼が誇らしげに語る献身的な努力に、玲奈は若干呆れながら更なる疑問を投げかける。

「それはまた献身的な努力ね。でも蒼、気をつけなさいよ? あなたは意外とおっちょこちょいな所があるから……心の中で『颯太君』っていつも呼ぶのは良いけど、ついうっかりそれが口から出してしまわない? ……何だか心配だわ」

「あはは。流石にそれは大丈夫だよー。私、そんな恥ずかしいミスしたらきっと顔から火を出して倒れちゃうって! ないない、そんな致命的なミスー」

(あはは……でも蒼ちゃんならやりそうかもっ)

 的を射ている玲奈の不安に、朱美は隣で苦笑いを見せる。

「ところで玲奈ちゃん? 今の話を聞いていて思ったんだけど」
「何かしら? 村上さん」

「玲奈ちゃんは私と颯太の事を『村上さん』『坂本君』って呼んでるけど、それもあだ名とかにした方が良い?」

「私はどちらでも良いけど……でももう慣れてしまっているし、問題なければ暫くこのままでも良いかしら?」

「うん、了解。何だか、玲奈ちゃんは苗字でさん付けとか君付けで呼ぶ感じが合ってる気がするしね」

……と話がまとまりかけた時だった。ある声が三人を驚かせる。

「三人とも宇治金時のかき氷美味しかった?」

(えっ!? ……颯太君!?)

 グループメッセージで画像を受け取った颯太が合流する。蒼は一度、心の中で「颯太君」と名前で呼んだ後、苗字を口に出して颯太に声をかける。

「坂本君、こんにちは。今日はどうしたの?」
「三浦さん、こんにちは。『どうしたの?』って言うか、これ見よがしにかき氷食べてる写真を送られて来たら、俺も何か食べたくなるじゃん」

 テーブルに合流する颯太の手には、わらび餅セットが乗っている。わらび餅五個、黒蜜、きな粉、冷茶……と、魅力的なわらび餅セットに朱美が熱い視線を送りながら颯太に意味深な言葉をかける。

「わぁーっ、わらび餅五個! 美味しそうだねーーー?」

 その言葉が意味するものをブロックする様に、颯太はすかさず返事をする。

「朱美、これはやらないぞ。お前は宇治金時のかき氷を食べたんだろ?」
「ええー? 颯太のケチ。いいじゃん、一個くらい」

「いやいや、その一個が問題なんだよ。今ここに朱美、三浦さん、森田さんの三人が居るだろ? 一人に一個ずつ渡したら俺の分が殆ど無くなるから!」

 四人が出会った当初の頃ならここで話は終わっていたが、一緒の時間を重ねてきた四人は互いに仲良くなり冗談も言い合う仲になっている。ここで玲奈が鋭い冗談を言い、蒼もその冗談に便乗する。

「あら坂本君? わらび餅を私達に一つずつくれたとしても……まだ二個も残ってるわよ?」
「本当だね。それでも坂本君は私達の二倍も食べられるよ?」

 玲奈と蒼の意味深な笑顔が颯太に向く。

「ちょ、ちょっと森田さん! 三浦さん! それでもダメでしょ! 勘弁して!」

「ふふっ、冗談よ坂本君。本気で狙ってないから安心して」

「うんうん、私達はまた今度食べるから、今日は坂本君が私達の目の前で五個とも堪能して。五個全部ねっ。五個もあるのにねーっ。ふふっ」

「いや、その追い打ち! 二人とも連携良過ぎだから!」
「本当に蒼ちゃんと玲奈ちゃんの連携は見事だよねー。惚れ惚れしちゃう」
「ふふっ、ありがと村上さん」

「はーっ、もう、油断も隙もないよね。わらび餅はあげないけど……でも代わりに三人に渡したいものがあるんだ。今日はそれを持ってきたのがここに来た理由」

「えっ?」

朱美達が驚く中、颯太は手に持っていた荷物をテーブルに広げ始めた。
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