夜空に咲く恋

第三十六話 料理とは何か?

……ズルズルッ! ザパッ!! ズルルッ!!

「んふっ! ああぁーっ! カップやきそばってどうしてこんなに美味しいのっ!? ああっ、やばっ、止まらないーーっ!!」

「……」
「……」

 ある金曜日の夕食時、朱美は颯太の家で大盛りのカップ焼きそばを勢いよくすすっている。その見事な食べっぷりに颯太と颯太の妹である莉子はあっけにとられ、止まる事なく朱美の口へ吸い込まれてゆくカップ焼きそばをただただ傍観している。

 何故この様な状況になったかと言うと、数日前、颯太と朱美の会話で……。

「今度の週末なんだけど、父さんと母さんが仕事で金曜の夜から泊まりで出かけるらしいんだ。帰りは土曜の夜だって。俺と莉子は一晩留守番」

「そうなの? 颯太のお父さんは仕事で遠くに行く事もあるもんね。ん? って事は金曜日の夕飯はどうするの? またウチに食べにくる?」

 颯太の父は税理士である。地元の中小企業を相手に細やかな対応で契約する客から信頼されている個人事務所の税理士なのだが、事務員を務める颯太の母と一緒に時々遠くへ出張する仕事も発生する。

 颯太と妹の莉子が小さい頃は祖父母の家に預けられたり、向かいに住む幼馴染の朱美の家にお礼と共にお世話になる事もあったのだが、颯太は高校一年、妹の莉子は中学三年となり一晩留守番する位は問題ないであろう……という判断で両親不在の一晩が発生する事になった。

「いや、気持ちは有難いけど今回は大丈夫。非常食用に備蓄してあるカップ麺が沢山あるから、莉子と野菜炒めでも作って、それと一緒に食べる予定」

「そっか。でも懐かしいね。小さい頃は良く颯太と莉子ちゃんがウチに泊まりに来たり、私も颯太の家に泊まったりしたよね」

「ああ懐かしいな」
「うんうん、小さい時は皆で一緒にお風呂入ったりもしたもんねー」

 昔話をしながら颯太と朱美の目が合う。小さい頃は子供としての付き合い方であったが今の颯太と朱美は高校生である。小さい頃の昔話であっても「一緒に風呂に入っていた」というフレーズに思わずドキッとしてしまう。颯太は無意識に視線を朱美の顔から胸元……足……へと向けてしまい、朱美もまた颯太の全身を見てしまう。そして二人は顔を赤らめて目を背ける。

「あ、あははっ、子供の頃の話だもんね。あははっ」
「そ、そうだぞ。子供だったんだからっ……何も考えずに『一緒に入ろーっ!』みたいなノリで入っちゃうよなっ」

「……」
「……」

 二人は少し沈黙に包まれた後、先程の会話が再開する。

「ところで颯太? カップ麺と野菜炒めだけの夕飯じゃちょっと味気ないし、私が何か作りに行ってあげようか? って言うか、私も久しぶりに泊ってもいい? 莉子ちゃんとも最近全然喋ってないし」

「うん? 朱美? 料理なんてできたっけ?」
「あっ、失礼なー! こう見えても私、今を時めく女子高生だよ!? 少しは女子力あるんだから!」

……バンッ!

 朱美の鞄が颯太の背中をはたく。

「痛って! 鞄で背中をはたくなって! でも、泊まりに来るのは良いと思うぞ。カップ麺も色々あるから、好きなの食べてくれて構わないし。泊まりについては今日、親に聞いておくよ」
「うん、私も親に言ってみる」

……という会話を経て今に至っている。朱美は大盛りのカップ焼きそばと莉子が作った野菜炒めに舌鼓を打つ。

「ああぁーっ! カップやきそば美味しっ! 莉子ちゃんが作った野菜炒めも美味しいーっ!」

「ありがと、朱美ちゃん。でも、野菜炒めって簡単だし誰が作ってもこんな感じだよ?」

「うーん! でも、私の可愛い妹みたいな莉子ちゃんの手作り! っていうのが嬉しいのよっ。美味しいのよーっ」

 莉子は颯太の妹で中学三年生。一歳上の朱美を姉の様に慕い、互いに『ちゃん』付けて呼び合っている。

「ところで朱美? 前に泊まる事を話した時、『私が料理作りに行ってあげようか?』とか言ってなかったか? 莉子が作った野菜炒めを食べてるだけになってる気がするんだけど……?」
「ちょっと颯太、何言ってるのよ? ちゃんとこれを見なさい」

 朱美はそう言いながら、皿の上に乗る真っ二つに切断されたグレープフルーツを指さす。

「ほら見てよ! 私が材料から買ってきて作ってあげた料理!」

(……なっ!?)

「おい! ちょっと待て! ただ真っ二つに切断して皿に乗せただけのグレープフルーツは料理って言わないだろっ!」

「ええっ? そんな事ないよー。ねえ莉子ちゃん? 颯太が意地悪言うよー。助けてーっ」

「あはは。朱美ちゃんは高校生になっても朱美ちゃんだねー。まあまあ、お兄ちゃんも細かい事を言わないの! 細かい事を言う男はモテないよー?」
「全く、お前達は……」

 今日の颯太は、朱美と莉子を相手にニ対一の構図となる。これ以上不利な戦いに挑んでも理不尽な言い分で負けるだけだと知っているので、不満を飲み込んで引き下がる。

 食事を終え、颯太は後片づけを行う。料理をメインで作ったのが莉子である為、颯太は後片づけの担当だ。リビングでは朱美と莉子がゆったりとソファに身を預けて話す。

「朱美ちゃん、高校生活はどう? 中学生活と比べて大きく変わったりする?」

「うん、それはもう大変化だよ。やっぱり行動範囲が広くなるから色々と楽しいよ。新しくできたクラスメイトの友達と和菓子のせんわ堂に入ったり、シュークリームが美味しいお店に寄ったりして」

「食べ物ばっかり! でも楽しそうだね。良いなぁ、私も早く高校生になりたいよ」
「うんうん、高校生活は楽しいよ。受験って言う関門は通る事になるけど」

「もー、それは言わないでー」
「あはは。ごめんごめん」

「でも、朱美ちゃん? 高校生になった訳だし、恋愛とかはどうなの? 朱美ちゃん自身もそうだし、周りのお友達もだけど……」
「えっ?」

 思春期の女子二人が話をすれば恋の話になるのは必然である。莉子は朱美の恋について探ろうとするが、話をオブラートに包む為に使った『周りのお友達』と言うワードは失策であった。朱美は莉子の追求から上手く逃げる。

「私は全然だけど、周りは盛り上がってる子もいるよ。実際に私も今、友達の恋を応援するためにキューピット役してるしね」

(莉子ちゃんには「蒼ちゃんが颯太の事を想ってる」なんて言わない方が良いよね。ついうっかり颯太に知られちゃってもマズいし……)

朱美は言葉と内容を吟味しながら慎重に話す。

「そっかー。高校になると中学の頃より皆ちょっと大人になるもんね。男子も女子も惹かれる人が沢山できるのも分かるかも」

「うん。中学の頃に比べると部活も恋も違った良さがあって色々と楽しいよ」
「へえ……そうなんだねー」

 莉子は朱美の顔をまじまじと見つめる。そして先程は上手く逃げられた話題を今度は直球で朱美にぶつける。

「で、朱美ちゃん自身の恋は?」

(……えっ!?)

 今度の質問は逃げる材料がない。朱美のみを狙った直球の質問に、朱美は戸惑いを見せる。

「えっと、私は……どうだろうね。あははっ。良い人が居れば好きになるかもしれないけど……」
「ふーん、そう……なんだ?」

 莉子は再度、朱美の顔をまじまじと見つめる。

「えっ? あの、莉子ちゃん? 私をそんなに見つめられても……私の顔に何かついてる?」

 意味深な顔つきで見つめてくる莉子に対して朱美が戸惑っていると……莉子の口から突然、朱美を驚かせる発言が飛び出した。

「あのね、朱美ちゃん」
「何?」

「私はね、良いと思うんだよ」
「良いって……何が?」

「朱美ちゃんが私の本当のお姉ちゃんでも」
「……えっ?」

 莉子の口から出た突然の発言に、朱美は意味が分からず困惑し固まってしまった。
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