夜空に咲く恋

第三十七話 妹が見てきた景色

「朱美ちゃんが私の本当のお姉ちゃんでも」
「……えっ?」

 莉子の口から出た突然の発言に、朱美は意味が分からず固まってしまう。

「莉子ちゃん? えっと、どういう事?」
「だから、私と朱美ちゃんが……本当に姉妹になるって意味だよ」
「……」

 もう一度言われても、朱美は意味が分からず黙ってしまう。

(莉子ちゃんは何を言っているんだろう? 私と莉子ちゃんは小さい頃から家族ぐるみの付き合いで今でも本当の姉妹みたいに仲良しだけど……)

 朱美は莉子が思う答えに辿り着く事ができない。黙って考え込む朱美にしびれを切らした莉子は答えを言う。

「だからねっ、お兄ちゃんと朱美ちゃんが一緒になる……って意味だよ」
「はっ?」

 莉子の答えを聞いても、やはり朱美は訳が分からず黙り込む。

(莉子ちゃんは一体何を言ってるの? ……私と颯太が一緒にって。私と莉子ちゃんが本当の姉妹になるって……)

 朱美は黙って思考を巡らす。莉子が言った言葉の意味を探す。そして、漸く莉子が求める答えに近づき始めると、心の奥が熱くなり今まで経験した事がない様な感情と胸の高鳴りを感じた。

(えっと、えっと……)

……ドクンッ、ドクンッ。

 心の奥に生まれた熱が全身に広がってゆく。それにつられて胸の鼓動も早くなる。荒くなる。そして朱美は、莉子が求める答えに辿りつくと思わず声を上げた。

「えっ! ええっ!? り、莉子ちゃん!? ないないっ!! そ、そんなのある訳ないよっ!? 私と颯太が一緒になるって!! ちょ、ちょっとやめてよ莉子ちゃん! そんな冗談!! あはっ、あはははっ!! もう、突然何を言い出すの!? びっくりしちゃうじゃん!! ないない、私と颯太は全然そんなのじゃないんだからっ!! や、やだなぁっ、もう! あははははっ!!」

 朱美は顔を真っ赤にして分かりやすく慌てふためく。その様子を見て莉子は満足げな笑みを浮かべ、朱美に冷静さを取り戻させる様に落ち着いて言う。

「そうかなあ? 私は朱美ちゃんとお兄ちゃんって結構良いと思うんだけどな。でもぶっちゃけ、朱美ちゃんはお兄ちゃんの事、どうなの? 幼馴染としてじゃなくて、一人の男子として」
「えっ、そ、それは……」

(わ、私……颯太の事、そんな風に全然見れないよっ。ていうか、全然そんな風に思った事ないから分からない。でも、どうなんだろう? 私、颯太の事……どう思ってるんだろう?)

 再度、朱美は黙り込んでしまう。物心ついた時から一緒に過ごしてきた颯太は、朱美にとっては異性というより家族である。一人の異性として見た事はないし、意識する事もなかった。

 ただ、高校生になり恋愛や異性について今までとは違う意識や興味が生まれるこのタイミングで、莉子から撃ち込まれた突然の言葉に朱美は心の中を処理できずにただただ戸惑う。

 また、莉子も物心ついた時から颯太と朱美と一緒に過ごしてきた。朱美と颯太に決定的な異性としての関係は無いのだが、それでもずっと二人を見てきた妹の立場から二人の相性は幼馴染としては勿論、男女としても非常に良い……という事に気付いている。

 言葉を失って黙る朱美に、莉子は少し申し訳なさそうに話を続ける。

「あはは。何かごめんね、朱美ちゃん。私も朱美ちゃんを困らせようと思ってこんな事を言ってる訳じゃないんだ」
「うん、それは……分かってる」

「でも私、朱美ちゃんとお兄ちゃんって案外良いと思うんだけどな」
「う、うん……私にはよく分からないけど……」

「まあ、高校にもっとカッコいい人とか良い人が居るなら話は別だけどね」
「うん……」

「お兄ちゃんってスポーツ得意な訳でもないし、特に見た目がカッコいい訳でもないし……真面目な顔してる時はちょっと良い時もあるけど」
「確かにそうだけど……」

「妹の私から見るとお兄ちゃんは……中の中かな。でもその中でやや上よりって感じ」
「うわっ、莉子ちゃん厳しっ」

 莉子の冗談じみた発言に朱美の平常心が戻ってくる。

「私から見たお兄ちゃんはね……超優良物件ではないけど、不良物件でもないよ。中の中で上。それは私が保証するから」
「あはは。流石に妹さんの意見は辛辣だね」

「お兄ちゃん物件は……刺激は少ないかも知れないけど、しっぽりと落ち着きたいなら買ってみても良いんじゃない? ね、朱美ちゃん?」

「ええっ? もう、そんな事を言われても私、分からないよー!」

 朱美は再び赤くなった顔を横にブンブンと往復させ、分かりやすく困惑する。

「あはは。じゃ、この話はこれで終わり。突然変な事を言ってごめんね」
「うん……」

 朱美と莉子の話が終った頃、颯太は食器の後片付けを終えて茶の用意をして戻ってきた。

「何の話をしてたんだ? 物件がどうとかって。家探しをするテレビ番組でも観てた?」

(あっ、颯太……)

 莉子が何も知らない颯太の質問に答える。また、思いもよらない発言を受けていつもの様に平常心で颯太を見る事ができない朱美は、一旦その場から避難する。

「ううん、何でもないよ。女の話」
「ぷっ、何だよそれ」

「お兄ちゃんは知らなくて良いの……ね? 朱美ちゃん?」
「う、うん、そうだよ……女には女の話があるの。えっと、わ、私……お手洗い借りるね」

 少し困った表情でリビングから出ていく朱美を見た颯太は的外れな心配をする。

「朱美のやつ、ちょっと苦しそうにも見えたけど……大丈夫かな? もしかして大盛り焼きそば食べ過ぎたとか?」
「はあ……もう、ほんと! お兄ちゃんのバカッ!」

……バンッ!

「どわっ!」

 全く見当違いな兄の発言に、莉子は腕に抱いていたクッションを颯太の顔に命中させた。女子ソフトボール部の強肩は颯太の顔を正確に捕らえる。暫くして朱美が戻ってきたが、颯太は再び見当違いな心配を続ける。

「朱美、大丈夫? お茶入れるけど飲むか?」
「うん、大丈夫だよ、ありがと。お茶貰うね」
「はいよ」

 颯太は手慣れた手つきでポットから急須に湯を注いで茶を入れる。颯太の家は親が個人事務所の税理士をしており仕事関連の来客が多い。来客があれば颯太や莉子も呈茶をする為、颯太も莉子も急須で呈茶をする所作には慣れている。

 朱美にとっては見慣れた普段なら何も感じない颯太の所作であるが、先ほどの莉子の発言を受けた後では、一つ一つの動作が妙に落ち着いた大人の行動に見えてしまう。

(……颯太。や、やだっ、私! 何か、颯太の事、変な風に見えちゃう!?)

「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう」

 朱美はお茶を一口すすってしばらく黙る。

「朱美? どうかした? お茶、濃かったかな?」
「ううん、そうじゃないよ。美味しい」
「そっか、なら良かった。でも先からちょっと様子が変じゃないか? 大丈夫?」

 朱美は何と答えて良いか分からない。莉子の発言を受けた後から心の中にずっとモヤモヤがあるのだが、それは颯太には伝えられない。とりあえず適当な会話でこの場をごまかす。

「それにして颯太も莉子ちゃんもお茶淹れるの上手だよね。今時、急須でちゃんとお茶を淹れられる高校正なんて貴重だよ」

「まあ、これは親の仕事の影響だもんな」
「それについては私もお父さんに感謝かな。『隠れた女子力持ってます!』みたいに思えるし」

「あはは、そうだね。はぁー、私もたまには急須でお茶淹れる練習しようかな」
「朱美にできるのか? 何か朱美ってそういうの苦手そうだし」

「あっ、言ったなーっ? でも、確かにこういう落ち着いた動作は苦手かもしれないけど」
「まあでも朱美は大丈夫だよ」
「えっ、何で?」

「お茶飲みたくなったら俺がいつでも淹れてあげるよ。ウチに飲みに来ればいいだろ?」

(『俺がいつでも淹れてあげる』って……)

 颯太にとっては普段通りの冗談を交えた日常会話である。しかし、今の朱美にとっては心を惑される発言だ。

「う、うん……それもそうだね」

 ここで黙ると気まずくなってしまう為、朱美は相槌をうってごまかす。颯太の優しさとユーモアから出てくる普段通りの発言なのだが、隣で朱美の様子を見ながらその発言を聞いていた莉子は、颯太に聞こえる様にわざと大きなため息をつく。

「はあーーっ」
「うん? 莉子、どうした?」
「お兄ちゃん、そのクッション、私に返して」

 莉子は先ほど颯太の顔に命中させたクッションの返還を要求した。颯太はクッションを莉子にパスする。

「ほいっ」

 クッションを受け取った莉子は、そのクッションを投げやすいように持ち直し、先ほどより強めの勢いで再び颯太の顔にクッションを命中させた。今回もソフトボール部の強肩は颯太の顔を正確に捕らえる。

……バーンッ!

「ぶわっ! ちょっと待て! 莉子、一体何なんだよっ!?」
「もうっ、お兄ちゃんのバカッ!」

颯太、莉子、朱美の夜は続く。
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