夜空に咲く恋
第三十八話 妹は成長する
茶を飲みながら颯太、莉子、朱美がリビングで過ごす三人の夜が続いている。莉子は二度目となるクッションの直撃を颯太に命中させた後、大きなため息をつく。
「はあー。お兄ちゃんって鈍いっていうか、純粋っていうか……ホント、お兄ちゃんだよね」
「何だよそれ? 莉子も朱美も何だか先から様子がおかしくないか?」
「別にそんな事ないよ。お兄ちゃんは気にしなくても良いの」
(あはは……莉子ちゃん、颯太にはいつも強気だなぁ)
妹が優位に立つ見慣れた兄妹の光景に朱美は苦笑いをするが、次は油断した朱美も颯太と合わせて莉子の標的となる。
「まあ、お兄ちゃんも朱美ちゃんも似た者同士か……うんうん、良いんじゃない? 二人はこのまま純粋な感じで居てくれたら」
「えっ? 俺と朱美って似てるかな? あまりそうは思わないけど……」
「まあ、莉子ちゃんの目線で見たら何か感じる部分もあるんじゃない? 私と颯太本人は気付かない所とかさ。でも私はね、私達の事をちゃんと見てくれてる莉子ちゃんがいつも側に居てくれて嬉しいよ」
「それは私も一緒だよ、朱美ちゃん」
「ありがとう莉子ちゃん! もうっ、本当に妹みたいで可愛い! 私の可愛い莉子ちゃーん!!」
朱美はソファに身を委ねる莉子にしがみつき、じゃれ合い始める。
「ちょ、ちょっと朱美ちゃん! あははっ。やめてー」
「良いじゃん、莉子ちゃん! このっ、このーっ」
朱美は調子に乗って莉子の全身をくすぐり始める。背中から腰、肩のあたりと適当にくすぐるが、偶然にもその手が莉子の胸部を捕える。朱美にとっては久しぶりにじゃれ合ってくすぐる莉子の身体であるが、以前とは違った手の感覚に驚く。
「えっ、莉子ちゃん!?」
「ちょ、朱美ちゃん! くすぐったいー!! ってどうしたのっ? あははっ」
「莉子ちゃん……おっぱい大きくなってる! ええっ!? 何かこれ、私より大きくなってない!?」
現状、朱美の胸は控え目であり未だ成長期を迎えていない。成長期を迎えていないだけなのか? 既にピークを過ぎているのか? 真相は分からないが、現状は控え目である。朱美は自分の身体では味わう事ができない感触を、その手でじっくりと味わうかのように莉子の胸部を揉みしだく。
「わっ、何これ? 凄―いっ」
「ちょっ、あはっ、だ、ダメだって! 朱美ちゃん!! ああーっ!」
目の前で胸部を揉みしだかれて悶えながら身体をくねらせる妹の姿に、颯太は顔を赤くしながら声を上げる。
「おい、朱美! 兄の前で妹の乳をまさぐるんじゃない!」
「ちょっとお兄ちゃん! 乳とか言わないで!」
「あはは、ごめんごめん、びっくりしちゃってつい……ごめんね、莉子ちゃん」
「もう! つい……でこんな事しないでよっ」
「そうだぞ朱美! 莉子に謝れっ」
「はい。ごめんなさい」
朱美は素直に頭を下げる。そして今度は優しく抱きしめる。
「私としては莉子ちゃんがどんどん成長するのは嬉しいんだけど、でも莉子ちゃんはいつまでも可愛くて純真なままの……妹みたいな莉子ちゃんでいてよねーっ」
ヨシヨシと言わんばかりに、朱美は莉子を抱き寄せて頭を撫でる。仲直りしていつもの微笑ましい光景を見せてくれる朱美と莉子の姿に颯太も微笑ましくなるのだが、何故か莉子の表情は曇った。
「う、うん……」
普段なら「勿論だよ!」と明るい返事が返って来る所だが、莉子の曇る表情と物憂げな様子に颯太も朱美も違和感を覚える。
「あれ? 莉子ちゃん、どうかした?」
「莉子?」
「う、うん……」
朱美と颯太の追及に莉子の表情は更に曇る。そして莉子は少し考えた後、小さな声で答えた。
「あのね、お兄ちゃん、朱美ちゃん。えっと、嘘をついてまで隠す事じゃないと思うから、二人には伝えておくんだけど……」
「莉子ちゃん?」
「えっ?」
突然始まった莉子の告白に朱美と颯太は戸惑う。
「その、何て言うか……私ね。純粋と純真なままとかって言われるとアレなんだけどさ……」
「……?」
「……?」
一体何の話が始まったのか? 颯太と朱美は目を合わせる。
「あのね……私、彼氏出来たの。でね、その……向こう側の扉を開けたって言うか……大人の階段を昇っちゃったって言うか……さ」
莉子の話をすぐに理解できず呆然とする颯太と朱美は、莉子の言葉をただ繰り返す。
「そっか。莉子、お前……向こう側の扉を……」
「へえ、莉子ちゃん。大人の階段を上っちゃったんだ……」
「う、うん、あはは。何か、恥ずかしいね、こんな話」
「……向こう側の扉」
「……大人の階段」
「……」
「……」
「お兄ちゃん? 朱美ちゃん?」
長い沈黙の後、颯太と朱美は莉子が言っている意味を察してしまい、大声で叫びながら慌てふためく。
「ええっ!? えええっ!? 莉子っ! お前!! えええええっ!!??」
「そんな! 嫌っ、嫌あーーっ!! 莉子ちゃんが! 莉子ちゃんがっ! 私の可愛い莉子ちゃんがーーっ!!」
颯太と朱美は両手で頭を抱えてこの世の終わりの様な断末魔の叫び声をあげる。
「お兄ちゃん! 朱美ちゃん! ちょっと二人とも落ち着いて!!」
「これが落ち着いてられるか!? マジかっ!? マジなのかっ!? ていうか、莉子! いつ! どこでだよっ!? まさかウチか? この家かっ!? お前の部屋なのかっ!?」
「お兄ちゃん!! それ! 私、答える必要ないよねっ!?」
「嫌あぁーーっ! ど、どうしよう!? 私っ! どうしたら良いの!? あっ、そうだ!! これ、おじさんとおばさんにも報告した方が良いかなあっ!?」
「朱美ちゃん! それはやめて!!」
「そうだぞ、朱美! そんな事をしたら、父さんなんかショックで気絶してしまうぞ!!」
「でっ、でも!! ああっ! あああっ!!!」
「ちょっと二人ともっ!! お願いだから落ち着いて!! 大きな声を出さないで!! とりあえずお茶っ!!」
……ドンッ!!
莉子は二人の前に強く茶を置く。それでも朱美は大声で狼狽を続ける。しかし颯太は朱美とは対照的に、目の前に置かれた茶を口に運び無理やりにでも自分を落ち着かせようとする。その姿に朱美と莉子が反応する。
「ちょっと颯太! あんた、この状況でよくお茶なんて飲んでられるわね! 大切な妹がこんな事になってるのに!」
「朱美ちゃん! 『こんな事』とか言わないで! ……でも、お兄ちゃんは流石だね。すぐに落ち着いてくれて。ちょっと頼もしいよ」
……ズズッ。フウー。
颯太は大きく息をつき、落ち着いた口調で話し始める。
「莉子の言うとおりだぞ朱美。ここは一旦落ち着こう」
「えっ、颯太? ……でも、そうだよね、ごめん、私、取り乱しちゃって」
「ううん、良いよ朱美ちゃん。でもすぐに落ち着いてくれたお兄ちゃんには感心したよ。いざっていう時は頼りになるんだね」
「そうね、ちょっと颯太が大人に見えたよ……でも颯太? どうしてそんなすぐに落ち着けたの?」
朱美の問いに颯太はフッ……と僅かに笑い、ドヤ顔で答える。
「当たり前だろ。俺は莉子の兄貴だぞ? いつかこんな日が来るだろう……とイメージトレーニングだけはしっかりしていたからなっ」
(……えっ!?)
(……なっ!?)
颯太の発言に莉子と朱美は猛烈な拒絶反応を示す。
「ちょっとお兄ちゃん! 何のイメージトレーニングをしてるのよ! バカッ! 変態!! 最低っ!!」
「何よそれっ!? この変態兄貴!! 信じられないっ!!」
……バーンっ! バーンっ!
「どわわっ!!」
莉子と朱美の手から颯太目掛けてありとあらゆる物が飛んでくる。投げて良い物から投げてはいけない物まで飛んでくる。
「颯太! あんた何考えてるのよっ! 大切な妹が! 莉子ちゃんがっ! 知らない男に身体中をまさぐられる所を想像してたとでも言うわけ!? ホント最低っ!! このろくでなし! 人でなし!」
「朱美ちゃん! その言い方はやめて! 聞いてるこっちが恥ずかしいからっ!! ……って、ちょっと待って二人とも!! ええっ! ええええっ!?」
今度は莉子が両手で頭を抱えて大声を上げる。莉子は、颯太と朱美が自分と思っている事とは違う大きな勘違いをしている事に気付く。
「ちょっと待って! 二人ともストーーップ!!」
……バーンっ!!
莉子は勢いよく両手で机を叩いて朱美と颯太を静止させた。
「えっ?」
「莉子ちゃん?」
朱美と颯太の動きが止まる。二人の視線が莉子に向く。ここで莉子が重大な事実を告げる。
「二人とも何の勘違いをしてるのっ!? 違うよっ! 身体中とかそんなんじゃないよっ!」
「えっ?」
「うん?」
「もうっ! キスだよキス!! 彼氏とキスをしたのっ!!」
「なっ……」
「えっ……」
「二人ともバカバカっ! もう知らないっ!! 私、お風呂入ってくる!!」
……バーンっ!
莉子はリビングの扉を勢いよく開けて出て行った。
「キ、キス……」
「キス……」
颯太と朱美は壮大な勘違いをしていた事に気付く。リビングに残された二人は全身の力が抜けてしまい、ソファにぐったりと身を預ける。互いにもたれかかって、肩と肩を重ねて寄り添い合う様に座る。颯太と朱美は力が抜けた全身でおぼつかない会話をする。
「はあ……」
「ふうー……」
「颯太? 莉子ちゃんって、何か凄いね」
「ああ。流石、我が妹だな。天晴だよ。それにしても……なあ、朱美?」
「何?」
「恋愛って何だろうな。俺、分からないよ」
「私も……分かんない」
颯太と朱美は脱力した身体をソファに預けたまま、互いの頭をコツンと当て、しばらくの間物思いにふけった。
恋愛がよく分からない颯太と朱美。恋愛の世界に一歩を踏み出した莉子。この後、颯太と朱美は莉子とぎくしゃくした会話をしながら、恋愛について深く考える一晩を過ごした。
「はあー。お兄ちゃんって鈍いっていうか、純粋っていうか……ホント、お兄ちゃんだよね」
「何だよそれ? 莉子も朱美も何だか先から様子がおかしくないか?」
「別にそんな事ないよ。お兄ちゃんは気にしなくても良いの」
(あはは……莉子ちゃん、颯太にはいつも強気だなぁ)
妹が優位に立つ見慣れた兄妹の光景に朱美は苦笑いをするが、次は油断した朱美も颯太と合わせて莉子の標的となる。
「まあ、お兄ちゃんも朱美ちゃんも似た者同士か……うんうん、良いんじゃない? 二人はこのまま純粋な感じで居てくれたら」
「えっ? 俺と朱美って似てるかな? あまりそうは思わないけど……」
「まあ、莉子ちゃんの目線で見たら何か感じる部分もあるんじゃない? 私と颯太本人は気付かない所とかさ。でも私はね、私達の事をちゃんと見てくれてる莉子ちゃんがいつも側に居てくれて嬉しいよ」
「それは私も一緒だよ、朱美ちゃん」
「ありがとう莉子ちゃん! もうっ、本当に妹みたいで可愛い! 私の可愛い莉子ちゃーん!!」
朱美はソファに身を委ねる莉子にしがみつき、じゃれ合い始める。
「ちょ、ちょっと朱美ちゃん! あははっ。やめてー」
「良いじゃん、莉子ちゃん! このっ、このーっ」
朱美は調子に乗って莉子の全身をくすぐり始める。背中から腰、肩のあたりと適当にくすぐるが、偶然にもその手が莉子の胸部を捕える。朱美にとっては久しぶりにじゃれ合ってくすぐる莉子の身体であるが、以前とは違った手の感覚に驚く。
「えっ、莉子ちゃん!?」
「ちょ、朱美ちゃん! くすぐったいー!! ってどうしたのっ? あははっ」
「莉子ちゃん……おっぱい大きくなってる! ええっ!? 何かこれ、私より大きくなってない!?」
現状、朱美の胸は控え目であり未だ成長期を迎えていない。成長期を迎えていないだけなのか? 既にピークを過ぎているのか? 真相は分からないが、現状は控え目である。朱美は自分の身体では味わう事ができない感触を、その手でじっくりと味わうかのように莉子の胸部を揉みしだく。
「わっ、何これ? 凄―いっ」
「ちょっ、あはっ、だ、ダメだって! 朱美ちゃん!! ああーっ!」
目の前で胸部を揉みしだかれて悶えながら身体をくねらせる妹の姿に、颯太は顔を赤くしながら声を上げる。
「おい、朱美! 兄の前で妹の乳をまさぐるんじゃない!」
「ちょっとお兄ちゃん! 乳とか言わないで!」
「あはは、ごめんごめん、びっくりしちゃってつい……ごめんね、莉子ちゃん」
「もう! つい……でこんな事しないでよっ」
「そうだぞ朱美! 莉子に謝れっ」
「はい。ごめんなさい」
朱美は素直に頭を下げる。そして今度は優しく抱きしめる。
「私としては莉子ちゃんがどんどん成長するのは嬉しいんだけど、でも莉子ちゃんはいつまでも可愛くて純真なままの……妹みたいな莉子ちゃんでいてよねーっ」
ヨシヨシと言わんばかりに、朱美は莉子を抱き寄せて頭を撫でる。仲直りしていつもの微笑ましい光景を見せてくれる朱美と莉子の姿に颯太も微笑ましくなるのだが、何故か莉子の表情は曇った。
「う、うん……」
普段なら「勿論だよ!」と明るい返事が返って来る所だが、莉子の曇る表情と物憂げな様子に颯太も朱美も違和感を覚える。
「あれ? 莉子ちゃん、どうかした?」
「莉子?」
「う、うん……」
朱美と颯太の追及に莉子の表情は更に曇る。そして莉子は少し考えた後、小さな声で答えた。
「あのね、お兄ちゃん、朱美ちゃん。えっと、嘘をついてまで隠す事じゃないと思うから、二人には伝えておくんだけど……」
「莉子ちゃん?」
「えっ?」
突然始まった莉子の告白に朱美と颯太は戸惑う。
「その、何て言うか……私ね。純粋と純真なままとかって言われるとアレなんだけどさ……」
「……?」
「……?」
一体何の話が始まったのか? 颯太と朱美は目を合わせる。
「あのね……私、彼氏出来たの。でね、その……向こう側の扉を開けたって言うか……大人の階段を昇っちゃったって言うか……さ」
莉子の話をすぐに理解できず呆然とする颯太と朱美は、莉子の言葉をただ繰り返す。
「そっか。莉子、お前……向こう側の扉を……」
「へえ、莉子ちゃん。大人の階段を上っちゃったんだ……」
「う、うん、あはは。何か、恥ずかしいね、こんな話」
「……向こう側の扉」
「……大人の階段」
「……」
「……」
「お兄ちゃん? 朱美ちゃん?」
長い沈黙の後、颯太と朱美は莉子が言っている意味を察してしまい、大声で叫びながら慌てふためく。
「ええっ!? えええっ!? 莉子っ! お前!! えええええっ!!??」
「そんな! 嫌っ、嫌あーーっ!! 莉子ちゃんが! 莉子ちゃんがっ! 私の可愛い莉子ちゃんがーーっ!!」
颯太と朱美は両手で頭を抱えてこの世の終わりの様な断末魔の叫び声をあげる。
「お兄ちゃん! 朱美ちゃん! ちょっと二人とも落ち着いて!!」
「これが落ち着いてられるか!? マジかっ!? マジなのかっ!? ていうか、莉子! いつ! どこでだよっ!? まさかウチか? この家かっ!? お前の部屋なのかっ!?」
「お兄ちゃん!! それ! 私、答える必要ないよねっ!?」
「嫌あぁーーっ! ど、どうしよう!? 私っ! どうしたら良いの!? あっ、そうだ!! これ、おじさんとおばさんにも報告した方が良いかなあっ!?」
「朱美ちゃん! それはやめて!!」
「そうだぞ、朱美! そんな事をしたら、父さんなんかショックで気絶してしまうぞ!!」
「でっ、でも!! ああっ! あああっ!!!」
「ちょっと二人ともっ!! お願いだから落ち着いて!! 大きな声を出さないで!! とりあえずお茶っ!!」
……ドンッ!!
莉子は二人の前に強く茶を置く。それでも朱美は大声で狼狽を続ける。しかし颯太は朱美とは対照的に、目の前に置かれた茶を口に運び無理やりにでも自分を落ち着かせようとする。その姿に朱美と莉子が反応する。
「ちょっと颯太! あんた、この状況でよくお茶なんて飲んでられるわね! 大切な妹がこんな事になってるのに!」
「朱美ちゃん! 『こんな事』とか言わないで! ……でも、お兄ちゃんは流石だね。すぐに落ち着いてくれて。ちょっと頼もしいよ」
……ズズッ。フウー。
颯太は大きく息をつき、落ち着いた口調で話し始める。
「莉子の言うとおりだぞ朱美。ここは一旦落ち着こう」
「えっ、颯太? ……でも、そうだよね、ごめん、私、取り乱しちゃって」
「ううん、良いよ朱美ちゃん。でもすぐに落ち着いてくれたお兄ちゃんには感心したよ。いざっていう時は頼りになるんだね」
「そうね、ちょっと颯太が大人に見えたよ……でも颯太? どうしてそんなすぐに落ち着けたの?」
朱美の問いに颯太はフッ……と僅かに笑い、ドヤ顔で答える。
「当たり前だろ。俺は莉子の兄貴だぞ? いつかこんな日が来るだろう……とイメージトレーニングだけはしっかりしていたからなっ」
(……えっ!?)
(……なっ!?)
颯太の発言に莉子と朱美は猛烈な拒絶反応を示す。
「ちょっとお兄ちゃん! 何のイメージトレーニングをしてるのよ! バカッ! 変態!! 最低っ!!」
「何よそれっ!? この変態兄貴!! 信じられないっ!!」
……バーンっ! バーンっ!
「どわわっ!!」
莉子と朱美の手から颯太目掛けてありとあらゆる物が飛んでくる。投げて良い物から投げてはいけない物まで飛んでくる。
「颯太! あんた何考えてるのよっ! 大切な妹が! 莉子ちゃんがっ! 知らない男に身体中をまさぐられる所を想像してたとでも言うわけ!? ホント最低っ!! このろくでなし! 人でなし!」
「朱美ちゃん! その言い方はやめて! 聞いてるこっちが恥ずかしいからっ!! ……って、ちょっと待って二人とも!! ええっ! ええええっ!?」
今度は莉子が両手で頭を抱えて大声を上げる。莉子は、颯太と朱美が自分と思っている事とは違う大きな勘違いをしている事に気付く。
「ちょっと待って! 二人ともストーーップ!!」
……バーンっ!!
莉子は勢いよく両手で机を叩いて朱美と颯太を静止させた。
「えっ?」
「莉子ちゃん?」
朱美と颯太の動きが止まる。二人の視線が莉子に向く。ここで莉子が重大な事実を告げる。
「二人とも何の勘違いをしてるのっ!? 違うよっ! 身体中とかそんなんじゃないよっ!」
「えっ?」
「うん?」
「もうっ! キスだよキス!! 彼氏とキスをしたのっ!!」
「なっ……」
「えっ……」
「二人ともバカバカっ! もう知らないっ!! 私、お風呂入ってくる!!」
……バーンっ!
莉子はリビングの扉を勢いよく開けて出て行った。
「キ、キス……」
「キス……」
颯太と朱美は壮大な勘違いをしていた事に気付く。リビングに残された二人は全身の力が抜けてしまい、ソファにぐったりと身を預ける。互いにもたれかかって、肩と肩を重ねて寄り添い合う様に座る。颯太と朱美は力が抜けた全身でおぼつかない会話をする。
「はあ……」
「ふうー……」
「颯太? 莉子ちゃんって、何か凄いね」
「ああ。流石、我が妹だな。天晴だよ。それにしても……なあ、朱美?」
「何?」
「恋愛って何だろうな。俺、分からないよ」
「私も……分かんない」
颯太と朱美は脱力した身体をソファに預けたまま、互いの頭をコツンと当て、しばらくの間物思いにふけった。
恋愛がよく分からない颯太と朱美。恋愛の世界に一歩を踏み出した莉子。この後、颯太と朱美は莉子とぎくしゃくした会話をしながら、恋愛について深く考える一晩を過ごした。