夜空に咲く恋

第三十九話 期末考査対策

「はあーーっ」

 教室で弁当を食べ終えた朱美は大きなため息をついた。一緒に昼食をとっていた蒼と玲奈が心配そうに声をかける。

「朱美ちゃん? どうかしたの?」
「村上さん、大丈夫? うまい棒でも食べる?」
「ありがとう、玲奈ちゃん」

 朱美は玲奈のポケットから出てきたうまい棒を受け取って口に咥えると、パタンッと顔を机に横たわらせて憂鬱そうに答えた。

「もうすぐ期末テストじゃん? 私、前回の中間テストで何個も赤点取ったからさ……期末テストの事を考えると気が重いの」

 七月に入り学校は夏休み前の期末考査を目前にしていた。朱美達が通う私立岡崎中央商業高校は進学校ではない。卒業後は就職希望の生徒が半数近く集まるこの学校では、定期的な考査の難易度はそれなりに配慮されており、しっかりと勉強をしていれば赤点を取る事はないレベルで試験問題が作成されている。しかし前回の中間考査では朱美は惨敗の結果に終わっていた。期末考査で赤点を取った学生は夏休みの期間に補講と追試を受けなければならず、朱美の気は重くなるばかりだ。

「赤点取ったら夏休みに補講と追試受けないといけないしー。部活やる時間が減っちゃうしー。ああっ、そんなの嫌だよーっ!」

 うなだれる朱美に対し、蒼と玲奈が友情の優しさから正論を言う。

「朱美ちゃん? ウチの学校のテストならちゃんと勉強すれば大丈夫だよ。勉強頑張ろっ?」

「村上さん、二度同じ失敗をするのは愚者の行為よ。人は反省と改善、進歩する喜びを神様から与えられているわ」

「玲奈ちゃん、その励まし方っ! まあ、それは分かってるんだけどね。でも私、一人になるとどうしても誘惑に負けちゃって勉強できないの……」

 朱美は机に顔を伏せてうなだれる……が、ここである事を思いついて声を上げた。

「ああっ、そうだ! 良い事を思いついた!」
「どうしたの? 朱美ちゃん?」
「良い事って?」

 朱美はパンッ! ……と手を合わせ、蒼と玲奈に懇願する。

「二人ともお願い! 勉強教えて!! 私が苦手な英語と数学! 蒼ちゃんは英語得意だし、玲奈ちゃんは数学できるでしょっ!? 今度の日曜日! 勉強教えてーっ! そして私を赤点の魔の手から救ってーっ!」

 朱美の懇願に蒼と玲奈は顔を見合わせる。

「えっと、私は良いよ。英語は好きだしね。玲奈はどう?」

「困ったわね。私のテスト対策は勉強するっていうより、テスト問題の予想で勝負するの。勉強して理解するって感じじゃないから、教えてあげる事はできないわ。ごめんなさい。私以外に数学が得意な人が居たら良いんだけど……」

 朱美、蒼、玲奈が目を合わせる。そして三人の言葉が揃う。

「颯太!」
「颯太君だ!」
「坂本君ね」

 朱美はすぐにグループメッセージで颯太に連絡する。

……ピコーン

「颯太? 今度の日曜日空いてる? お願い! 期末テスト対策で私に数学を教えて! 英語は蒼ちゃんが教えてくれるって! 皆で一緒に勉強会しよっ!」

 颯太から返事が来る。

「今度の日曜日ね。空いてるから良いよ。俺も一日勉強する予定だったから問題なし。あと、英語は俺も苦手だから蒼さんに教えて欲しいな。お願いします」

 手を合わせた「お願いします!」のスタンプと一緒に返事が来る。

「良かった、ありがとう颯太! あっ、でも場所はどうする?」

 ここで、朱美、蒼、玲奈の三人が再び顔を見合わせる。朱美と颯太は向かいの家、蒼の家は同じ市内で自転車に乗れば朱美達の家まで三十分弱の距離である。まずは蒼と朱美が相談する。

「朱美ちゃん? 私が自転車で二人の家まで行くよ? 私一人の為に二人が移動するのも何だか変だし」

「えっ? 良いの? 蒼ちゃん?」
「うん、勉強前に朱美ちゃん達の家まで体すっきりサイクリングだね」

 この時点で集合場所は二択となる。朱美の家か颯太の家だ。朱美は荒れている自分の部屋の状況を思い出し、都合の悪い事は蒼に隠して……適当な理由を挙げて颯太の家を集合場所に提案する。

「じゃあ、颯太の家にしようか? 颯太の部屋なら勉強机と置きテーブルあるから三人一緒に勉強できるし。朝九時半の集合で良い?」

「そうなんだね? 私はオッケーだよ。朱美ちゃん、颯太君に返事よろしく」

 朱美は颯太にメッセージを送る。

……ピコーン

「颯太? 日曜日の朝九時半、私と蒼ちゃんで颯太の家に行くから。颯太の部屋で皆で勉強! でどう?」

「俺の部屋で良いの? まぁそうだな。朱美の部屋はいつも荒れてるし。了解」

(なっ! 颯太のバカッ! 私が隠したい事をグループメッセージに書いたっ!?)

 携帯の画面を覗いていた玲奈が朱美に冷たい視線を送る。朱美の顔から冷や汗が流れ落ちる。

「あはは。颯太ったら! いきなり何を言っちゃってるんだろうね! 別にっ、私の部屋! そ、そんなに荒れてる訳じゃないからっ。人が座れないとかじゃないからねっ!」

 大げさな言い訳が状況をより悪くする。慌てふためく朱美に玲奈が冷静に言う。

「村上さん? 部屋の乱れは心の乱れよ? 勉強に集中できないのは部屋のせいじゃないかしら?」
「……はい。返す言葉もございません」

 朱美が玲奈に反省と謝罪をする。小柄な玲奈が懐の大きな先生の様に見えてしまう光景だ。一方、その隣では蒼が複雑な顔つきで固まっていた。朱美の為に勉強会を行う……という流れから決まった事であるが、蒼にとっては一大事件だ。

(日曜日、朱美ちゃんと颯太君と一緒に勉強会……颯太君の家、颯太君の部屋……颯太君のっ……颯太君のっ……颯太君の部屋に入るっ!?)

「うわああーーっ!」

 固まっていた蒼が突然叫び声を上げた。

「わわっ! ちょっと蒼ちゃん? ど、どうしたの?」
「村上さん、どうしたもこうしたも無いでしょ?」

 蒼は満足そうな笑顔を向ける玲奈の両肩を掴んでブンブンと大きく揺らす。

「どっ、どうしよう私! 颯太君の部屋! 颯太君の部屋だよっ!? 玲奈っ! どうしようっ!? 私! 颯太君の部屋で! 颯太君と二人っきり!?」

「落ち着きなさい、蒼。二人っきりじゃないわよ。ちょっとお邪魔かもしれないけど村上さんも一緒だから」

「ちょっと玲奈ちゃん! 今回の主役は私だからっ! そりゃあ、蒼ちゃんにとってはお邪魔かもしれないけど……」

「あっ、そ、そうだよね、ごめん。私、突然叫んだりして……」

(でも、どうしよう!? 本当に良いの!? 私っ、颯太君の部屋に入ってもっ!?)

「ふふっ。何だか面白い日曜日になりそうね。蒼? 坂本君と一緒に仲良く勉強楽しんできてね」
「うんうん、そうだよ蒼ちゃん。颯太とまた距離を縮めるチャンスになるかもねっ」

 玲奈に便乗して嬉しそうにブイサインを送る朱美に、再度玲奈が冷静に言う。

「村上さん? あなたは喜んでないでちゃんと勉強しなさい」
「……はい。返す言葉もございません」

 こうして次の日曜日、颯太の家に朱美と蒼が集合して勉強会をする事になった。
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