夜空に咲く恋
第四十一話~第五十話

第四十一話 独り占め

「さあ、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
「う、うん……」

 颯太は朱美と蒼を自分の部屋へ迎え入れる。慣れた様子で部屋に入る朱美とは対照的に、蒼は扉の前で入室の一歩を踏み止まる。

(颯太君の部屋……私、今から颯太君の部屋に入るんだ……)

……ドクンッ、ドクンッ。

 蒼の緊張感が高まるのは当然である。好意を持つ異性の部屋に入る時、気持ちが高ぶらない女子高生などいない。蒼は足の感触をじっくりと噛みしめるかの様に一歩を踏み出し、颯太の部屋の中を見渡す。整理整頓された奇麗な部屋の勉強机、ベッド、中央の置きテーブル、棚に並んだ週刊漫画雑誌……と颯太の日常を囲む一つ一つの要素に蒼は見入ってしまう。

(……颯太君、部屋を奇麗にしてるなあ。何だかこの部屋、落ち着く感じする。ああっ、颯太君! やっぱり印象良いよっ!)

 黙って部屋をまじまじと見る蒼に、颯太はややバツが悪そうに言う。

「あの……蒼さん? あんまりジロジロ見られると恥ずかしいから」
「あっ、ご、ごめんね」

(うわーっ、蒼ちゃん……本当に嬉しそう。でも、女の子が好きな男の子に部屋に入る時ってこんな感じなんだ……)

 緊張と喜びを顔に出す蒼をリラックスさせる為、朱美が冗談じみて言う。

「蒼ちゃん、そんなに緊張しないで良いよ。何ならココは私の部屋だと思ってくれていいし」

「おい朱美! それはどういう意味だよ! 確かに部屋の行き来はたまにあるけどっ」

「あはは。ありがと、朱美ちゃん。じゃあ、そろそろ勉強始める?」

「そうだね。じゃあ英語と数学、教えてもらいます! 二人ともしっかり頑張ってね!」
「朱美、お前が一番頑張れ」

 莉子が用意した茶を受け取り、三人は勉強を開始する。午前中は英語を勉強する。部屋の中央にある置きテーブルに朱美と先生役の蒼、勉強机には颯太が座る。普段一人では勉強に身が入らない朱美も、蒼と颯太の三人で集中する雰囲気の中では勉強が捗る。分からない部分も先生役の蒼がいるおかげで、すんなりと理解する事ができる。

「蒼ちゃん? ココの英語訳なんだけど……」
「うん、これはね。辞書に書いてあるココの部分の訳を使って……」

 蒼の的確な指導で朱美の勉強が進んでゆく。一方、颯太も英語は得意ではない為、分からない部分は蒼を呼んで質問する。

「蒼さん? ちょっと教えてもらえる?」
「うん、どこかな?」

 蒼は立ち上がり勉強机に座る颯太の隣に移動する。蒼は身を屈め、颯太が座る隣で勉強机に肘をつく。当然、二人の顔は接近する。分からない部分を伝えようとテキストを指さしながら真面目な表情で説明する颯太の横顔が今、蒼のすぐ目の前にある。呼吸の息づかいすら伝わってしまいそうな接近した距離である。この状況に蒼の身体は一気に熱くなる。

……ドクンッ、ドクンッ。

(ああっ! 颯太君!! こんなに近くで颯太君の横顔!! ……ダメッ、颯太君の説明が全然頭に入ってこないっ!? 落ち着け私っ! ドキドキしてるのが颯太君にバレたらダメ! お願い! 落ち着いて私っ!)

「……という所がよく分からないんだけど、どうかな? って、え? 蒼さん?」
「あ、うん、ここの部分はね……」

 蒼は動揺とドキドキを颯太に感じさせない様、無理やり澄ました落ち着いた演技をする。一方、颯太の目線から見た蒼はと言うと……蒼は机に肘をついて前屈みの体勢をとっている。

 蒼が着ている白いTシャツの首元はVネックであり鎖骨の辺りまで広く開いている。体へのフィットが緩い訳ではないので、前屈みになったからと言って胸の奥まで覗き見える事は無いのだが、スタイルの良い蒼の胸部と鎖骨辺りまで見える肌が颯太の視界に広がっている。

(ちょっ、これっ……やばっ! 学校でもトップクラスの美人で可愛い蒼さんがこんな格好で目の前にっ!? 見るなっ! 蒼さんの首を見るなっ! 胸元を見るなっ! 落ち着け俺っ! 蒼さんは俺の為に英語を教えてくれてるだけだから!)

 視界に広がる刺激的な光景に思春期の颯太はドキドキを感じてしまう。蒼と颯太はそれぞれ英語の話に集中できず、ぎくしゃくとしたやり取りになってしまう。

「こ、この部分はね、こんな感じで、えっと……こうかな」
「あ、う、うん……この訳になるんだね。あ、そっか……」

 颯太の事を想って緊張する蒼と、真面目な性格ゆえに女子との接し方に慣れておらず美人の蒼に緊張する颯太の姿に……置きテーブルに残された朱美が嬉しそうにツッコミを入れる。

「ちょっと! 近いからって二人とも照れないでよ。見てるこっちが恥ずかしいからっ!」

(ええっ!? 朱美ちゃんっ!?)
(なっ! 朱美のバカッ! そういう事を言うな!)

 蒼と颯太は朱美に「照れていない」とツッコミを返したい……が、それを口に出せばかえって照れていた事が分かってしまう。言いたい事を言えない二人の複雑な睨み顔が朱美に向けられる。そんな二人の心境を察した朱美は再び嬉しそうに二人を煽る。

「蒼ちゃんと颯太が仲良くなってくれて私は嬉しいよ。うんうん、二人は良い感じだね」

「ちょっと朱美ちゃん!?」
「う、うるさい! お前は勉強に集中しろっ!」
「あはは。はーい」

 こうして午前中、蒼は颯太の横顔を何度も独り占めした。蒼にとっては予想していなかった歓喜の体験であり、今日行われた勉強会に感謝をした。

 昼食は颯太の母が作ったカレーライスとサラダを食べた。明るく爽やかな蒼の印象に颯太の母も心を撃ち抜かれ「こんな可愛い娘が居てくれたら良かったわ」と、ついうっかり言ってしまい……莉子に「どうせ私は可愛くないよー」と不満をこぼされてしまった。

 午後は数学の勉強をした。三人は午前と配置を替え、置きテーブルには朱美と先生役の颯太、勉強机には蒼が座る事になった。蒼は颯太の勉強机に座る時、興奮でドキドキしながら椅子の感触を確かめる様に座った。そして、颯太の事を想いながら思わず自分の顔を颯太の勉強机にスリスリとこすりつけそうになってしまったが、そこはギリギリの所で思い留まった。

 こうして始まった午後の勉強も、午前と同様に何度かのドキドキの体験を繰り返しながらも捗り、颯太の部屋で行われた朱美の期末考査対策は無事に終了した。

……三人は今日の成果に満足し、蒼が持ってきた土産のカヌレを味わいながら雑談を始める。
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