夜空に咲く恋

第四十二話 夏の予定

 朱美、颯太、蒼の三人は勉強会を終え、蒼が持ってきた土産のカヌレを味わいながら雑談を始める。

「蒼ちゃん、颯太、今日はありがとう! 二人のおかげで期末テストはきっと赤点取らずに済むよ!」

「ああ、そうなる事を期待する」
「朱美ちゃんならきっと大丈夫だよ」

 三人の話は弾み、話題は今日の勉強会から夏休みへと移る。

「ところで、颯太は夏休みの予定どうなの? 私と蒼ちゃんは部活やったり試合で先輩達の応援したり……な感じだけど、映像写真部って何か活動あるの?」

「勿論あるよ。映像写真部はまず、予算内で行ける部活の試合は応援と記録して校内SNSの更新。次に地域社会部が地元企業とコラボする商品開発の記録とまとめ……がメインの活動になるかな」

「地域社会部と地元企業のコラボ商品開発かあ。それは面白そう。どこの地元企業とコラボする予定なの?」

「今、購買部で販売してる『ごろごろ三河ポークのカレーパン』ってあるだろ?」
「うん。あれ、衣がコーンフレークだからサクサクして美味しいんだよね」

「そう、そのパン屋さんとのコラボ企画第二弾として『八丁味噌味の粗挽き肉とチーズのパン』を開発中なんだけど、それの最終試作品の試食と商品決定の場に立ち会わせて貰える事になってるんだ」

「わあ! 粗挽き肉と八丁味噌とチーズの組合せって美味しそうだね! 岡崎名産の八丁味噌を推す所が流石、地域社会部だね!」

「颯太君? 試食って事は颯太君も食べられるの? いいなぁーっ! 私も食べたい!」

「あはは。映像写真部の分まで試食があるかどうかは分からないけど。でも、『学生の意見は多い方が良い』っていうパン屋さんの意向もあるみたいだから期待はしてる」

「羨ましいなあ。二学期に購買部で販売されるようになったら買ってみよ。あと、この情報は玲奈ちゃんにも教えてあげないとっ」

 朱美は話をしながら「極秘情報!」と銘打って玲奈の携帯にメッセージを送る。玲奈からはすぐさま「グッド!」と指を立てるスタンプと感謝のメッセージが返された。颯太は話を続ける。

「あと、まだ取材は調整中らしいんだけど……」
「颯太君、まだ他の地元企業にも行く予定があるの?」

「俺達の学校って秋の文化祭で地元の花火製作所が打ち上げ花火を上げてくれるでしょ?」
「うん、毎年皆で打ち上げ花火を見られるのは嬉しいよね」

「その打ち上げ花火を担当してくれる花火製作所さんに取材に行けるかもしれないんだ。夏休みの間は繁忙期だから、九月になってからの話で日程調整をしてるみたい」

 颯太の言葉に朱美が大きく興味を示す。

「颯太、小さい頃から花火が大好きだもんね。花火製作所の取材なんてできたら舞い上がって仕事にならないんじゃない?」

「あはは、そうだな。それに前日は興奮して寝られないかも」
「ふふっ。颯太君、そんなに花火が好きなんだね……ところで、夏休みと言えばあるよね、岡崎市の一大イベント! 八月第一土曜日に!!」

 蒼が出した簡単なクイズに三人の答えが奇麗に揃う。

「岡崎花火大会!」
「岡崎花火大会!」
「岡崎花火大会!」

 毎年、八月の第一土曜日は岡崎市で恒例の花火大会が行われる。東海地方でも有数の規模を誇る毎年市民が楽しみにしている一大イベントだ。会場は岡崎城付近で近隣都市からも多くの人が集まり賑わいを見せる。

 颯太と朱美は小さな頃から互いの家族同士でこの花火大会を鑑賞してきた。颯太と朱美が中学生になってからは家族ではなく友人と鑑賞する様になったが、今年も花火大会を鑑賞する事は言わずもがなの既定路線だ。

 そして颯太と朱美にとっては重要な思い出が心に刻まれた大切な行事でもある。それは二人が七歳の時、一緒に鑑賞していた花火大会で交わした会話から生まれた。

――颯太と朱美、七歳の花火大会にて――

「花火、奇麗だね、朱美ちゃん!」
「うん、颯太君!」
「花火って沢山の色があるよね。朱美ちゃんは何色が好き?」
「私は赤! 朱美の名前と同じ赤色が好き!」

「朱美ちゃんの名前って赤い色の事だよね。花火と一緒だ」
「うん! 可愛くて奇麗な赤色!! ねぇ颯太君? 大きくなったら、私の為に大っきな花火を打ち上げてよっ」

「ええっ、無理だよ。花火なんてどうやって打ち上げるのか分からないし」
「良いじゃん、大人になってからで良いから! ねっ? 赤い大きな花火! 私の為にドーン! って打ちあげてよ!」

「じゃあ大人になってからね。うん、良いよー! 約束!」
「やったー! ありがとう、颯太君! 約束ねっ!」

 この日、朱美と颯太はとびきりの笑顔で指切りをしながら約束をした。この日に交わした約束と互いが見せた笑顔は二人にとって忘れられない思い出となっている。その後、この約束について二人が会話をしたり確認したりする事は無かったが、朱美と颯太は今でもこの日の約束と、この時に見た相手の笑顔をはっきりと覚えている。

――現在の話に戻る――

(颯太……あの日の約束、今でも覚えてくれてるのかな?)
(朱美……七歳の時にした約束だけど、まだ覚えてるかな? 案外、もう忘れてるかもな……)

 花火大会の話になり、七歳の時に交わした約束を思い出した朱美と颯太はやや照れながら顔を見合わせる。一方、蒼は花火大会の話題で上がったテンションのまま話を続ける。

「朱美ちゃん、颯太君? 今年は皆で一緒に花火大会観に行かない? 私、毎年浴衣着て観に行くんだ。玲奈も誘ったらきっと来るよ。どう?」

 蒼の誘いを断る理由は無い。朱美も颯太も二つ返事で誘いに乗る。

「勿論! 今年は蒼ちゃんと玲奈ちゃんと一緒に観られるんだね。それは楽しみ!」
「俺も楽しみだよ。朱美も俺も毎年浴衣だから、皆で浴衣の花火鑑賞になりそうだね」
「颯太君も浴衣なの!? そ、それは……」

(颯太君の浴衣姿を見られるのっ!? 颯太君って真面目な雰囲気だからきっと浴衣が似合うんだろうなあ……ああっ、颯太君の浴衣姿、見たい! 楽しみ!!)

 蒼は妄想の中で浴衣姿の颯太と一緒に花火を鑑賞する。いや、鑑賞の対象は花火ではなく颯太になってしまう事が容易に想像され、興奮で顔を赤くする。動揺する蒼に気付いた朱美は微笑ましい笑顔でわざとらしく言う。

「色々楽しみだね、蒼ちゃん。色々とねっ」
「もう! 朱美ちゃん!!」

 蒼のツッコミが飛ぶが、颯太は花火大会を鑑賞するメンバーについて確認する。

「ところで当日なんだけど、女子三人で男が俺一人って言うのも何だかバランス悪くない?」

「確かにそうだね。颯太、誰か男子を一人か二人誘ってよ……ん? ていうか、颯太、学校に誘える友達居る? 大丈夫?」

「失礼な! 大丈夫だわっ! 花火大会に誘える友達の一人や二人、クラスにも部活にも居るから!」

「あはは。ごめんごめん。颯太もちゃんと社交的な高校生活してるんだね。安心したよ」

 朱美の不安を颯太はすかさず否定する。結果、颯太はクラスメイトで仲の良い川口大樹(たいき)を誘う事になるのだが、それはまた後日の話だ。こうして夏休み、八月の第一土曜日は皆で岡崎花火大会を鑑賞する事が決まった。
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