夜空に咲く恋

第四十三話 勇気が出ない

「蒼ちゃん、今日は助かったよ。本当にありがとう!」
「どういたしまして。朱美ちゃん、また明日学校で。莉子ちゃんもまたね」
「三浦さん、またいつでも遊びに来てくださいね」

 朱美の期末考査対策をする勉強会が終わり解散する。颯太は蒼を途中まで見送る為、蒼と一緒に歩いてゆく。自転車で帰る蒼を颯太が徒歩で途中まで見送る必要はないのだが、朱美が蒼の顔色を伺いながら押し切る形で颯太に見送り役を任せた。その時、蒼が朱美に感謝の笑顔を向けていたのは言うまでもない。

「じゃ俺、途中まで蒼さんを送っていくから」
「ありがとう、颯太君」

 勉強会では颯太の横顔を間近で独り占めできたり、颯太の勉強机に座る事ができたり……と蒼にとって予想外のサプライズが多くあったが、最後に颯太と二人きりで歩く時間もまた蒼にとってはこの上ないサプライズだ。蒼はこの幸せな時間を噛みしめながら颯太と一緒に歩く。

「颯太君、見送ってくれてありがとう。私、自転車なのに……颯太君が一緒に歩いて見送ってくれるって言うのも何だか変な感じだね」

「あはは、そうかもね。でも蒼さんがせっかく家まで来てくれた訳だし、近くのコンビニ位まで一緒に行くよ。それにしても、今日は本当にありがとう。朱美も英語の勉強しっかりできたみたいだし、俺も分からない部分を沢山教えてもらえて本当に助かったよ」

 颯太が屈託のない笑顔を蒼に向ける。

 (ああっ! 颯太君の横顔からの笑顔っ!! ……その角度で笑顔を見せてくれる事に私からも「ありがとう」だよ!!)

 喜びと興奮が爆発してしまいそうな蒼であるが、必死に冷静さを装う。

「どういたしまして。でも朱美ちゃん、『英語が分からない』って言う割には教えたらすんなり理解してくれたよ。苦手っていうより、勉強の仕方が上手くなかっただけかも」

「ああ、朱美はそういう所あるから。能力はあるけど要領が悪いって言うか、不器用って言うか、鈍いって言うかさ」

(ふふっ。不器用とか鈍いとかって……それは颯太君も一緒なのに。朱美ちゃんと颯太君、似た者同士だな……)

 蒼はこれまで一緒に過ごしてきた朱美と颯太のやり取りから二人の共通点を思い出し、穏やかな気持ちになる。

「あはは。颯太君は朱美ちゃんの事、何でも分かってるんだね」
「付き合い長いだからね」

「うんうん、二人の歴史は長いもんね。えっと十五年? 凄いよね。私なんか颯太君と一緒の歴史はまだ高校入学してからの数か月だけだし」

「えっと……そこは中三の塾で一緒だった時も数えて良いんじゃない? 一年位って事で」

「えっ? 中三の時から数えて良いんだ? やったー。颯太君との歴史が一年増えたよ。ありがとう! ふふふっ」

 何気ない雑談の中で颯太との歴史が長くなった事を素直に喜んでしまった蒼は、その言葉を口に出した後で自分の失敗を後悔する。

(あっ、ヤバッ! 今の会話……まるで私が「颯太君と一緒に過ごす時間が嬉しい!」 みたいに聞こえてないかな!? ど、どうしようっ!? 私、もしかしてやっちゃった!?)

 蒼は恐る恐る颯太を確認するが、颯太は至って普通の様子である。こういう細かい言葉の節々に隠れる意味を察する事には鈍感な颯太である。蒼は自分の心配が杞憂であった事にホッと胸をなでおろし、冷静になった気持ちで改めて今の状況を見る。

(今さらだけど……私って今、颯太君と二人きりだよね!? そう言えば……今まで颯太君と二人きりで一緒に歩く事なんてなかったかもっ!? ヤバッ! 何だか急にドキドキしてきたっ!? ヤバいヤバい! どうしよう!? ……胸が熱くなってきた!?)

……ドクンッ、ドクンッ。

 蒼は顔と胸を熱くする。普段ならここで照れ隠しの発言でフォローをしてくれる朱美と玲奈が隣に居るのだが、今日は颯太と二人きりだ。逃げ場のない状況に蒼は次の行動を迫られる。

 (……どっ、どうしよう!? 颯太君と二人きりのこの状況!? 私っ、今、顔がきっと赤くなってる!? 早く普通に戻さないとっ! 会話も続けないとっ! ああっ!)

 先程まで普通に会話をしていた蒼が急に静かになった事に颯太が気付く。

「蒼さん? どうかした?」

……ドクンッ! ドクンッ!

 颯太の声が蒼の熱を更に上げる。日常会話を繋げる言葉が出てこない。

(どっ、どうしよう!? ドキドキが止まらないよっ! 何か……会話をしないといけないのにっ!? 何か話す事はっ!?)

 追い込まれていく蒼が心の中で様々な選択肢を模索する中で……今、蒼はこの瞬間だけの特別な選択肢が頭一つ飛び出して目立つ主張をしているに気付く。

 颯太と二人きりで歩いているという状況、お洒落をした可愛らしい自分の私服姿、颯太と朱美に一日尽くして感謝されているこのタイミング、普段過ごしている学校や通学路とは違う場所と雰囲気……様々な要因が目立たせた……今だけの特別な選択肢である。

(もしかして今っ! ……告白のチャンスじゃないっ!?)

……ドクンッドクンッ!!

 蒼の心拍数が急上昇する。告白という選択肢が思い浮かんだ事に心が舞い上がる。この舞い上がりを抑え込み打ち勝つ事ができるか? それとも勇気を出せずにこの場を逃してしまうか? 蒼の中で激しい葛藤が始まる。

(今っ! 今だよっ!! 頑張れ私っ! 勇気出せ!! 颯太君!! 中学の頃からずっと想って来た颯太君に気持ちを伝えるチャンスだよっ!! ……ああっ、でもっ! いきなり告白とかしたら驚かれるよねっ? もうちょっと……二人の仲が進展してからでも良いんじゃないかな? 夏休みには一緒に花火を見に行く約束もしたし! その時の方が良いんじゃないかなっ!? ……どうしよう!? ああっ、もう! 私のバカッ! 勇気! 勇気が出ないっ!?)

 美人で可愛く性格も良い蒼はこれまで何度も男性の告白を受けてきた。しかし自ら男性に告白をした経験はない。これまで告白をした経験がない十五歳、高校一年生の女子にとって、秘めた想いを男性に伝える告白という行為のハードルは富士山よりもはるかに高い。

 蒼が頭の中で運命の二択に葛藤している間、颯太は蒼の事を不思議そうに眺めていた。かけた言葉の返事も貰えず、どうしたら良いか分からない颯太は進む先に見えてきたコンビニに助けを求める。

 「蒼さん、コンビニ見えてきたから俺、飲み物買ってくるよ。無糖のアイスティで良い?」

(……えっ?)

「あ、う、うん、それで……ありがとう、颯太君……」

……タッタッタッ。

 颯太は小走りでコンビニに向かう。軽快な足取りでコンビニに向かう颯太の後ろ姿がこれほど悲しく見える事は無い。暫くして戻ってきた颯太は蒼にアイスティを渡し、二人は挨拶をして別れた。

 蒼は遠ざかる颯太の後ろ姿を見ながらアイスティを口にする。すっきりと爽やかな後味が特徴のアイスティが、ただただ苦いだけの不味い汁に感じられる。蒼は千載一遇のチャンスで勇気を出せなかった自分を悔やみ、思い切り自転車のペダルを踏んだ。不甲斐ない自分を思えば思う程、足の力が強くなり自転車は一気に最高速度となる。

 女子バスケ部員が乗る全速力の自転車が街中を駆けてゆく。蒼は自転車のペダルを力いっぱい踏みながら、悔しさと後悔を胸に大声で叫んだ。

「ああっ、もうっ! 何で言えなかったのよっ! 折角のチャンスだったのに!! 私のバカーーーーッ!!」
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