夜空に咲く恋

四十四話 遠ざかる二人の姿

 勉強会を終えた後、朱美と莉子は玄関先で颯太と蒼を見送っていた。朱美と莉子は二人で雑談をしながら遠ざかってゆく蒼と颯太の後ろ姿を眺める。

 朱美は蒼の恋を応援している。蒼と颯太を結ぶ協力をしている。この景色には何も問題はないはずだが、蒼と二人で仲良く雑談をしながら遠ざかっていく颯太の後ろ姿に、朱美は何とも言い様のない複雑な感覚に襲われた。

(あれっ? この感じ何だろう? 私は蒼ちゃんと颯太をくっつける為に協力してる訳だし、これって自然な事なのに……どうして? 何だか心にぽっかりと穴が空いていく様な感じがする……)

 遠ざかっていく颯太と蒼の後ろ姿を複雑な表情で眺める朱美に莉子が声をかける。

「朱美ちゃん? どうかした? 大丈夫?」
「う、うん……大丈夫」

 莉子に返事をした後、朱美は再び複雑な表情で黙ってしまう。その様子を見た莉子は、朱美本人ですら気付いていない心の内を察してきっかけとなる一言をわざと与える。

「お兄ちゃんと三浦さんが仲良く一緒に歩いていく後ろ姿……何だか恋人同士みたいだねっ」

(……えっ?)

「恋人同士」という言葉が朱美の心に大きく響く。

(颯太と蒼ちゃんが……恋人同士……)

……ドクンッ、ドクンッ。

 朱美の心の中で「恋人同士」という言葉が何度も何度も大きく鳴り響く。朱美は自分の心の中で何が起きているか分からない。しかし、莉子が言った「恋人同士」という言葉のせいで明らかに胸が熱くなってゆく。鼓動も早くなる。朱美は心の中に起きた変化を受け止める事が出来ず、莉子に返事をする事もままならない状況となる。

「えっ、えっと……うん」

 複雑な困惑の表情で黙り込む朱美の心境を察した莉子は、朱美の肩にポンッっと手を置き言葉をかける。

「朱美ちゃん、本当に良いの?」

(……えっ?)

 朱美は返事をする代わりに、黙ったまま困惑の表情を莉子に向ける。莉子は勘が鋭い。的中しているであろう自分の予想を前提に話を続ける。

「朱美ちゃんが前に言ってた『恋のキュービット役』って、三浦さんとお兄ちゃんの事でしょ? まあ、お兄ちゃんは全然みたいだけど……朱美ちゃん、どう? 私の勘は当たってる?」

(……えっ!? 莉子ちゃん!?)

 否定できずに困惑の表情を向け続ける事が質問を肯定する答えとなる。朱美の様子を見て莉子は答えを察する。

「私はね、朱美ちゃんが良いならそれで良いんだよ。でも……朱美ちゃんが辛い思いをするのは見たくないな。もう一回聞くよ? 朱美ちゃん、本当にこれで良いの?」

(わ、私……私はっ……)

 やはり朱美は言葉に詰まる。莉子に返事をする事ができない。黙り込む朱美にこれ以上の言葉は不要だと感じた莉子は、言葉の代わりに朱美の肩を優しくポンポン……と二回叩き分かれの挨拶をして自分の家に戻った。

「じゃあね、朱美ちゃん」

 一人残された朱美は、心の中で起きている事が処理できず呆然とその場に立ち尽くす。

(私、私っ……どうしちゃったんだろう? 蒼ちゃんの恋を応援してたのに……颯太と一緒になる事を協力してたはずなのに……どうして? どうして二人が一緒に歩いて遠ざかる姿がこんなに切なくて悲しいのっ? 何なにっ? 私の心……私の気持ち……一体どうしちゃったの!?)

 朱美と颯太は物心ついた時から幼馴染としてずっと一緒に過ごしてきた。家族の様に一緒に居る事が当たり前の関係だった。勿論、互いの友人と過ごす時などはそれぞれを見送る事もあったが、二人が高校生に成長した今、蒼は颯太の事を想っていて……その蒼が颯太と二人きりで歩いて……と、はっきり恋人関係を意識させるシチュエーションでの別れ方は朱美にとって初めての経験である。

(……何だろう? 颯太が……颯太がっ……何だか凄く遠くに行ってしまう様な気がする。颯太が蒼ちゃんと一緒になって……それで……それでっ、颯太が私の前からもう居なくなっちゃうみたいな……えっ? ええっ? ……そんなっ、そんなっ!)

……ダッ!!

 朱美はその場から逃げ出すように駆け出し、自分の部屋へ戻るとベッドに横たわって枕を強く抱きしめた。

(……私っ、私っ! どうしようっ!? 蒼ちゃんはとってもいい子でクラスメイトで友達で……中学の時から颯太の事をずっと想って来たのに! 私もそれが嬉しくて……蒼ちゃんを応援する! って決めたのにっ! 颯太が私の前から居なくなっちゃう事がこんなに切なく感じるなんて! 悲しく感じるなんて! これって……これって……あああっ!!)

 朱美の心が叫び声を上げる。高校に入学して蒼と出会い、蒼に共感し、蒼の恋を応援する……と頭の中で順序立て、理解して、考えて出した結論のはずなのに、心の一番奥深くに隠れていた感情が今、朱美が出した結論を否定する。

(颯太……颯太っ……! 私……! ……辛いよ……苦しいよ。ああっ! ああああっ!!)

 心の叫びと共に涙も零れ落ちる。朱美の心に生まれた苦しみを代弁するかのように、一粒、また一粒……と大粒の涙が溢れてくる。朱美は自分の感情と溢れる涙を受け止める事ができない。蒼との友情、颯太を失う喪失感、自分の気持ち……思えば思う程、涙が溢れてくる。

(何で……何でっ? ……どうしてっ!? ……颯太! ……蒼ちゃん! ああっ!!)

 朱美は暫くの間……心の整理がつかないまま止まらない涙で枕を濡らし続けた。
< 46 / 79 >

この作品をシェア

pagetop