夜空に咲く恋

第四十六話 岡崎花火大会

八月第一土曜日となり、岡崎花火大会の当日を迎えた。

 岡崎花火大会は、江戸時代から続く菅生(すごう)神社の祭礼で岡崎城の傍を流れる乙川に提灯を付けた船を浮かべ、花火を打ち上げて奉納していた祭事を元としている。今日では岡崎城下家康公夏まつりと相まって、東海地方でも有数の規模を誇る花火大会となっている。仕掛花火、金魚花火、各種スターマインなど、バラエティに富んだ花火を楽しむ事ができる、市民が毎年楽しみにする街の一大イベントだ。

 朱美と颯太は二人が産まれた時から家族ぐるみの付き合いをしており、この岡崎花火大会は毎年互いの家族と一緒に鑑賞する恒例行事であった。しかし、朱美と颯太が中学に入ってからは、家族とではなく学校の友人と一緒に浴衣姿でワイワイと楽しみながら花火鑑賞をしていた。そして今年は高校の友人五名で花火鑑賞を行う。地元の者だけが知る絶好の鑑賞スポットにビニールシートを広げ、露店で販売される食べ物に舌鼓を打ちながら花火を鑑賞する予定だ。

 朱美、蒼、玲奈、颯太は会場となる岡崎公園最寄りの駅で待ち合わせた。女子三名、男子一名ではバランスが悪いという事で、颯太と仲の良いクラスメイトである川口大樹(たいき)も同行している。五名は普段と違った風情ある浴衣姿を見て感想を言い合う。

 まず、朱美の浴衣は白い生地に赤い椿の花があしらわれている。朱美が好きな赤い花柄の浴衣は小さな頃から好んで選ぶ柄である。

「朱美ちゃん、赤い椿の花が可愛いねっ。朱美ちゃんの雰囲気によく似合ってるよ」
「朱美の浴衣と言えば椿だよな。うん、今年も朱美だ」

「ありがとう、蒼ちゃん! 蒼ちゃんに『可愛い』なんて言ってもらえて嬉しいな! ……で! 颯太は何でいつもそうなのよっ!? もっとちゃんと褒めなさいよ!」

「いやだって、子供の頃から毎年見てる訳だし……」
「もうっ! 颯太のバカッ!」

……バンッ!

 朱美が持つ小さなバッグが颯太の背中をはたく。続いて蒼の浴衣は水色の生地に青色の紫陽花があしらわれている。水色から青色でまとめられた夏の爽やかな浴衣姿が蒼の可愛らしさと美しさを輝かせる。

「ああっ、蒼ちゃんは浴衣を着ても可愛いのねっ。もう、こんなに可愛い蒼ちゃんが羨ましいよ」

「蒼の浴衣姿は毎年見てるけど……蒼が浴衣を着る度に男子の失恋が増えるのよね。ああっ……蒼の美しさは本当に罪だわ」

「ちょっと玲奈! そういう事を言わないの! 褒めるなら朱美ちゃんみたいに素直に褒めてよ!」

 じゃれ合う女子三人の隣では、男子二人が蒼の可愛さと美しさに言葉を失う。中学の頃から多くの男子を失恋させてきた「失恋製造マシーン」の異名を持つ蒼の実力は凄まじい。特に、蒼と面識のない川口大樹はその可愛さと美しさに度肝を抜かれてしまう。

「あの、俺……一年C組に三浦蒼さんっていう凄く可愛い女子が居るとは聞いていたけど、まさかこんなに凄いなんて……今日は良いモノ見せて頂きました。ありがとう。花火より三浦さんを見られた事の方が思い出になっちゃうかも」

「あはは。川口君、それは最高の誉め言葉だね。でも俺も同感。蒼さん、浴衣姿も可愛くて奇麗だね」

「ええっ? そんな……二人とも褒め過ぎだよ。でも、嬉しいな。ありがとう、川口君、颯太君……」

 颯太に褒められて恥じらいながら喜ぶ蒼の仕草もまた可愛い。そんな蒼の様子に再び男子二人は心を撃ち抜かれる。

「ちょっと男子二人! 蒼ちゃんを見てデレデレすんなっ!」

……バンッ!

 朱美のバッグが再び颯太の背中をはたく。次に玲奈の浴衣は、紺色の生地に朝顔の花があしらわれている。落ち着いた色合いと柄の浴衣は眼鏡をかけたクール女子、玲奈の雰囲気によく似合っている。

「森田さんの浴衣姿も奇麗だね。落ち着いた感じで良く似合ってるよ。こういう姿を見ると日本人って良いな……って思うなあ」

「うんうん、玲奈ちゃんも落ち着いた雰囲気の可愛さが素敵!」

「二人ともありがとう。蒼にばかり目が行って私の事は見えてないかと思ったけど……褒めて貰えて嬉しいわ。はい、これ、お礼にうまい棒をあげる」

 玲奈は手にしたバッグから、スッとうまい棒を取り出す。

(なっ!? 浴衣姿でもうまい棒出てきた!?)
(あはは……玲奈ちゃん、浴衣着ててもうまい棒を持ち歩てるんだ……)

 浴衣姿になっても「駄菓子の女、玲奈」は健在である。最後に男子二人の浴衣は、颯太はグレーで無地の柄、川口大樹は紺色に縦のストライプ柄である。男性が良く着る定番かつ無難な柄だ。特に際立った特徴は無いのだが、蒼にとって普段と違う颯太の浴衣姿はスポットライトが当てられているかの様に輝いて見える。

(……颯太君の浴衣姿!! 素敵! カッコイイ! 大人っぽくていい! ああっ!!)

 蒼は油断するとまたついうっかり失言を叫んでしまいそうになるが、そんな失態は許されない。実は今日……蒼はある決意を胸に秘めてこの場に臨んでいる。

 蒼は先日、朱美の期末考査対策を行う勉強会を終えて途中まで送ってくれた颯太と二人きりになった。そこで告白する絶好の機会があったにもかかわらず、勇気を出せずにその機会を逃してしまった。その悔しさと後悔から蒼は「今日こそ! 颯太君と二人きりになったら私の想いを告げる! 浴衣姿で颯太君に告白する!」……と胸に大きな決意を秘めているのだ。

 蒼は慎重に、冷静に、取り乱さない様に……言葉を選んで颯太を褒める。また、面識は無いが浴衣姿が良く似合っている川口颯太の事も適当に褒める。

「颯太君も浴衣姿、カッコいいよ。グレーって落ち着いて大人びて見えるもんね。うん、私、そういう感じの颯太君、好きだなー。あと、川口君も。浴衣姿がしっくり来てる感じで良いと思う」

「ありがとう。蒼さんに褒めて貰えると嬉しいよ」
「わあ……三浦さんに褒めて貰えるなんて光栄。また嬉しい思い出が一つ増えたかな。ありがとう」

(蒼ちゃんっ!?)
(えっ? 蒼っ!?)

 蒼は颯太の浴衣姿を褒める時、敢えて「颯太君」と「好き」という言葉を並べて口に出し、密かに告白の予行練習をした。蒼は「まさか自分が口に出した言葉が告白の予行練習だとは誰にも気付かれてはいまい」……と確信を持っていたが隣で聞いていた朱美と玲奈は、ハッとした表情で顔を見合わせ目線だけで話し合う。

(玲奈ちゃん!? 今、蒼ちゃん、「颯太君」「好き」って言った!?)

(村上さん? 今日の蒼は、もしかしたら……もしかするかもだわっ!)

 花火を鑑賞する予定の場所へ移動してビニールシートを広げる。移動中、焼きそば、たこ焼き、りんご飴、たません(※)……と高校生の食欲をそそる多数の魅力的な屋台の前を通過する。

(※「たません」とは、えびせんべいを鉄板の上で焼きながらお好み焼き用ソースを塗り、目玉焼きを乗せてマヨネーズをかけ二つに折ったもの。お好み焼き味が癖になる愛知で定番の屋台フード)

 移動中に食欲を直撃された五人はジャンケンをして、三人の食べ物買い出し班と、二人の留守番班に分かれる事にした。ここで蒼、朱美、玲奈の女子三人は、事前の打合せをする事なく感覚のみでこのジャンケンにおける共通目標を持つ。

(私! 颯太君と二人きりの留守番班になりたい!)
(蒼ちゃんと颯太を二人きりにする!)
(蒼と坂本君を二人きりにしてあげるのよ!)

 女子三人は並々ならぬ決意と覚悟を持ち、殺気すら感じる程の真剣な顔つきで手を出す。一方、男子二人は「たません美味しいよね」と、どうでも良い談笑をしながら気楽に手を出す。

 もしここで女子三人が事前に打合せを出来ていたら……例えば、最初は二回連続で蒼がグーを出し、朱美と玲奈がパーを出す……等と決めていれば、蒼と颯太を二人きりの留守番班にする確率を少しでも上げられたのだが、今その打合せはできていない。完全に運任せの勝負だ。

 深く深く思考を巡らせて殺気立つ女子三人と、何も考えない気楽な男子二人……蒼の運命を決めるジャンケンが始まった。
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