夜空に咲く恋

第三話 肩を叩く女 クラスメイト三浦蒼

 朱美と颯太は学校に到着し、掲示板に貼り出されたクラス分け表を確認する。二人は異なるクラスとなっており、それぞれの教室に別れた。

 入学初日、教室に入る瞬間とは誰しも緊張するものであり朱美もその例外ではない。朱美は在籍する一年C組の教室前で軽く深呼吸をする。

(第一印象は大事だよね。扉の近くに人がいたら挨拶しなきゃ……明るく元気に。でも、明る過ぎず元気過ぎず、上品に。おしとやかに、暗くならずに……)

 朱美は入室後の行動をイメージトレーニングで確認し、緊張しながら教室の扉に手をかける。

……ガラガラガラ。

……。

 扉を開けたとたんに挨拶が飛んでくる事も想定していたが、朱美の予想に反して扉の近くには誰もおらず、教室の中央と窓側に数名の生徒がいるのみだった。朱美は遠目に軽く会釈をして、座席表を確認して席につく。

(えっと、村上朱美……出席番号三十四番、ここだね。良かった。まだ来てない人の方が多いみたい。皆が話してるところに割って入るのは気まずいから……人が少ない早目のタイミングで席につけたのはラッキーかな)

 仲の良い相手には元気で明るく振舞う性格の朱美であるが、初対面の相手には慎重……分かり易く言い換えればビビリな方である。

 朱美は無難に入室できた状況にホッと胸をなでおろして教室内を見渡す。軽く挨拶を交わす生徒はいるものの、打ち解けた様子で会話している生徒はまだいない様だ。

(クラスにはどんな人が居るんだろう? 私、うまくやっていけるかな?)

 朱美は不安を感じつつ教室内の様子を伺い、扉を開けては新たに入室する生徒を注視する。そうして扉の開閉と生徒の入室が繰り返される中、ひと際目を引く長身で美人の女子生徒が現れた。

(わあ……あの子、美人だなぁ。背も高いしスラっとして髪も奇麗。スタイル良いし、きっと男子にモテるだろうなぁ)

 朱美がその女子生徒に目を奪われて見入っていると、その女子生徒は肩より長い髪をサラリとなびかせ、可愛らしく愛嬌ある笑顔と挨拶をクラスメイトに振りまきながら朱美の席に近づいてきた。

(あの美人の子、こっちに来る!? 私の席に近い人!? 挨拶しなきゃ! 第一印象大事! 明るく、上品に、穏やかにっ……)

 朱美の緊張が高まってゆく事など知る由もなく、その女子生徒は朱美の前の席に立ち止まって席に貼られた出席番号を確認する。

「三十三番、私はココねっ」

 上品で麗わしい雰囲気とは裏腹に、その女子生徒は手に持っていた鞄をドンッ……と勢いよく置いて席に着く。次に、朱美の方を振り向いて女優さながらの美しさで上品な挨拶をするのか? ……と思いきや、その女子生徒は朱美にとって予想外の行動を見せた。

 入室からスローペースで無難に始まった朱美の入学初日は、ここから音を立てて崩れる事となる。

(……えっ?)

……バンバンバンッ!

 朱美の前に座った長身で美人の女子生徒はあろう事か、スラリと伸びるしなやかな長い腕で朱美の肩をバンバンと強く叩きながら、大きめの声で挨拶をしてきた。

──三浦蒼(みうらあおい)──
 R中学出身で元バスケ部。朱美と同じく高校でもバスケを続ける予定。長身でスタイルの良い美人。明るく嫌味のない性格で人気者。人の肩を強めに叩く癖がある

「私っ、三浦蒼! よろしくね! えっと……村上さん!」

(ちょっ!? ええっ? 力強っ!? ちょっと痛いけど……私も挨拶しないとっ)

 三浦蒼と名乗った女子生徒の勢いに若干圧されつつ、朱美は叩かれた自分の肩をさすりながらしどろもどろに挨拶を返す。

「痛っ……えっと、私、村上朱美です。ど、どうぞよろしく……」

「あっ、そっか、痛かったらごめんねっ。私、中学でバスケやっててさ、身体も大きいし、力もちょっと強いみたいでっ。ごめんごめん」

 蒼はそう言いながら、朱美を心配して一緒に肩をさすってくれるのだが、その力もやや強めで朱美の肩がぐいっと押し込まれる。しかし朱美はここで先ほど蒼の口から出た重要な情報に気づく。

「えっと、三浦さん? 今、中学でバスケやってた……って言った?」
「うん、そうだよ。私、高校でもバスケ部入るつもり!」

 蒼は両手を顔の前に上げ、ジェスチャーでシュートの動作をする。何気ないそのしぐさもやはり可愛らしく見えてしまうのは美人の特権だ。

「そうなの!? 私も中学でバスケやってて高校でもバスケ部入ろうと思ってるんだ! 良かったー! クラスメイトで同じ部活の子がいるなんて! えっと、改めて村上朱美です! よろしくお願いします!」

 自分と同じくバスケ部を希望する……という朱美の言葉に、蒼のテンションが再び上がる。

「えっ、それ本当っ!? 私めっちゃ嬉しいよー! ああっ、入学初日からこんな出会いがあるなんて、私、幸せっ! あ、そうだ! 今から村上さんの事、朱美ちゃんって呼ぶね! これからよろしく、朱美ちゃん!」

……バンバンバンッ!

 蒼の長身から伸びるしなやかで長い腕が、再び朱美の肩の上で飛び跳ねる。

(またっ!? ……もうちょっと弱めに叩いてくれると嬉しいんだけどっ)

 困惑と苦痛の表情を浮かべる朱美。自分の肩で飛び跳ねる蒼の腕を制止しようと、さりげなく蒼の腕に自分の腕を伸ばしたその時……またも朱美にとって不測の事態が起きた。
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