夜空に咲く恋
第四話 駄菓子の女 クラスメイト森田玲奈
朱美がバンバンと自分の肩を叩く蒼の手を制止しようとした時、背後から突然声がした。
「こらこら蒼、初対面の相手の肩をバンバン叩くのはよくないわよ」
(……わっ!?)
朱美は突然背後から聞こえた声に驚き、声の主の方向へ振り向くと衝撃の光景が目に飛び込んできた。
そこに立っていたのはクラスメイトと思われる女子生徒。身長は低く眼鏡をかけている。ショートカットの髪型は小柄な体格に似合っており、一見、大人しそうな眼鏡女子である……が、彼女は蒼をたしなめると、制服の中から駄菓子の「うまい棒」を取り出し、徐《おもむろ》に咥え始めた。
(ええっ!? 入学の朝から教室でうまい棒!? なになに!? どういう事!? 私の見間違いじゃないよねっ!?)
理解できない謎の光景に驚嘆する朱美の前で、その女子生徒は手を使わずに口だけでうまい棒をザクザクと器用に食べ進める。そしてうまい棒を最後の端まで口の中へ吸い込み終えるとゴクリと飲み込み、淡々と話し始めた。
──森田玲奈──
蒼と同じR中学出身で元バスケ部。高校でもバスケを続ける予定。蒼の親友であり、蒼に頼りにされている。クールな性格ではあるが、友情と義理人情に厚い。駄菓子が好き。
「私、森田玲奈。蒼と同じR中出身で元バスケ部。話は全部聞いていたわ。私もバスケ部に入部予定だからよろしく、村上さん」
「えっ? えっと……そうなんだ? ちょっとびっくりしちゃったけど、よ、よろしく、森田さん」
(それにしても、何で入学の朝から教室でうまい棒!? しかもすっごい食べ慣れてたし! うまい棒って手を使わずに食べられるモノなの!?)
戸惑いと驚きで狼狽する朱美に対し、蒼が補足説明を入れる。
「あはは、朱美ちゃんびっくりしてるー。でも、いきなり女子がうまい棒を一瞬で食べきったらびっくりするよね。えっと、玲奈はね、おばあちゃんが駄菓子屋さんやってて、家に駄菓子が溢れてるんだって。だからよく駄菓子食べてるんだよ」
「そうなのよ。中学は校内でお菓子禁止だったから食べれなかったけど……高校ならいつでも食べられるのは良い事ね」
(それ、良い事なんだ……)
戸惑い続ける朱美をよそに、玲奈はまたも予想外の行動に出る。玲奈はスタスタと歩いて蒼の背後に回り込むと、スッと両手を広げた。
「それにしても蒼? あなたは身体大きくて力が強いのだから、むやみに人の肩を叩いたらダメでしょ? 特に初対面の人はね」
「ごめんごめん玲奈、つい癖で……って、えっ!?」
玲奈は軽いノリで謝ろうとする蒼を後ろから抱きしめ、体中をくすぐる罰を与える。
「あはっ、ちょっと玲奈、くすぐったいっ!」
「もう、今度やっらまたこの罰よ」
蒼の身体を執拗にくすぐりながら玲奈が続ける。
「それにしても蒼、また大きくなったんじゃない?」
「あはっ。そ、そう? ちょっとは伸びてるかもだけどっ」
「折角ならもっと大きくなって早くダンクシュート決められるようになってよ」
「女子高生にダンクは無理だからっ! あ、あはっ、ちょっとっ!」
蒼の身体をくすぐる玲奈の手は止まらない。
「それに……また胸もちょっと大きくなったわね」
「ちょっと玲奈っ。そこはっ、あはぁっ」
玲奈の手は蒼の全身からその胸部へ活動の中心を移す。
「あはっ、ごめんごめん! もう無理無理っ! 玲奈やめてーっ」
「なら、ちゃんと村上朱美さんに謝りなさい」
「はいっ、謝ります! 朱美ちゃん、さっきは、あはっ……ご、ごめんなさい!」
「よくできました。村上さん、ごめんなさいね。蒼の友人として私も謝るから許して。はい、うまい棒あげるわ」
(また制服からうまい棒でてきた!?)
あっけにとられて二人の様子を眺めていた朱美の目の前で、玲奈はさも当然……と言わんばかりに制服のポケットからうまい棒を取り出して朱美に渡す。しかし、もう一方の手はまだ蒼の胸部をまさぐり続けている。
「あはぁ、玲奈、もう無理だってー!」
「分かったわ。じゃあ、あと十秒ね。村上さん、カウントダウンしていいわよ」
(ええっ!? 私っ!?)
玲奈の両手が再び蒼の胸部で暴れる。
「あはっ、もうダメー。朱美ちゃん! 早く数えてっ!! 朱美ちゃんが数えてくれないと終わらないからー!」
(ちょっと、ええっ!? そんな!?)
朱美はこの数分間に目の前で起きた衝撃的な出来事にただただ驚くばかりだったが、玲奈から突然役割を与えられてハッと我に返る。目の前で苦しんでいるのか? 喜んでいるのか? じゃれあう蒼と玲奈に付き合って仕方なくカウントダウンを始める。
「……じゅ、十、九、八」
朱美はゆっくりとカウントダウンしていく中で次第に落ち着きを取り戻すが、ここある重要な事を思い出した。
(そういえば今日って入学式! 学校の初日!? それなのにこの状況ってマズいんじゃ!?)
落ち着きを取り戻した朱美は冷静になればなる程、自分の中で不安が大きくなっていく事に気付く。そして恐る恐る周囲に目を向けたが、やはりその不安は的中した。
蒼、玲奈、朱美の三人は状況の当事者であるが、関係のない他のクラスメイトから見える三人の光景は……。
誰もが目を引く長身の美人女子が……
うまい棒を咥えて登場した小柄女子から胸部を揉みしだかれ……
その前に座るうまい棒を片手に持った女子が数を数えている……
という入学初日の教室では到底起こり得ない奇妙な光景だ。周囲の男子達は誰もが目を引く長身の美人女子がキャッキャッと悶える姿を見て遠目ながらにざわつき、周囲の女子達は一定の距離をおいて冷ややかな警戒の目線を送っている。
(……やっぱりそうなるよね!? こんな事してたらそうなるよね!? 私っ、初日からやらかしちゃった!?)
周囲の反応に気付いた朱美はカウントダウンのペースを上げて早々にこの珍舞台の幕を下した……が、後の祭りであった。
こうして、朱美、蒼、玲奈の三人は入学初日の朝に起きたこの出来事をきっかけに、一年C組の名物女子バスケ部三人組として一年間確固たる地位を築く事となった。
「こらこら蒼、初対面の相手の肩をバンバン叩くのはよくないわよ」
(……わっ!?)
朱美は突然背後から聞こえた声に驚き、声の主の方向へ振り向くと衝撃の光景が目に飛び込んできた。
そこに立っていたのはクラスメイトと思われる女子生徒。身長は低く眼鏡をかけている。ショートカットの髪型は小柄な体格に似合っており、一見、大人しそうな眼鏡女子である……が、彼女は蒼をたしなめると、制服の中から駄菓子の「うまい棒」を取り出し、徐《おもむろ》に咥え始めた。
(ええっ!? 入学の朝から教室でうまい棒!? なになに!? どういう事!? 私の見間違いじゃないよねっ!?)
理解できない謎の光景に驚嘆する朱美の前で、その女子生徒は手を使わずに口だけでうまい棒をザクザクと器用に食べ進める。そしてうまい棒を最後の端まで口の中へ吸い込み終えるとゴクリと飲み込み、淡々と話し始めた。
──森田玲奈──
蒼と同じR中学出身で元バスケ部。高校でもバスケを続ける予定。蒼の親友であり、蒼に頼りにされている。クールな性格ではあるが、友情と義理人情に厚い。駄菓子が好き。
「私、森田玲奈。蒼と同じR中出身で元バスケ部。話は全部聞いていたわ。私もバスケ部に入部予定だからよろしく、村上さん」
「えっ? えっと……そうなんだ? ちょっとびっくりしちゃったけど、よ、よろしく、森田さん」
(それにしても、何で入学の朝から教室でうまい棒!? しかもすっごい食べ慣れてたし! うまい棒って手を使わずに食べられるモノなの!?)
戸惑いと驚きで狼狽する朱美に対し、蒼が補足説明を入れる。
「あはは、朱美ちゃんびっくりしてるー。でも、いきなり女子がうまい棒を一瞬で食べきったらびっくりするよね。えっと、玲奈はね、おばあちゃんが駄菓子屋さんやってて、家に駄菓子が溢れてるんだって。だからよく駄菓子食べてるんだよ」
「そうなのよ。中学は校内でお菓子禁止だったから食べれなかったけど……高校ならいつでも食べられるのは良い事ね」
(それ、良い事なんだ……)
戸惑い続ける朱美をよそに、玲奈はまたも予想外の行動に出る。玲奈はスタスタと歩いて蒼の背後に回り込むと、スッと両手を広げた。
「それにしても蒼? あなたは身体大きくて力が強いのだから、むやみに人の肩を叩いたらダメでしょ? 特に初対面の人はね」
「ごめんごめん玲奈、つい癖で……って、えっ!?」
玲奈は軽いノリで謝ろうとする蒼を後ろから抱きしめ、体中をくすぐる罰を与える。
「あはっ、ちょっと玲奈、くすぐったいっ!」
「もう、今度やっらまたこの罰よ」
蒼の身体を執拗にくすぐりながら玲奈が続ける。
「それにしても蒼、また大きくなったんじゃない?」
「あはっ。そ、そう? ちょっとは伸びてるかもだけどっ」
「折角ならもっと大きくなって早くダンクシュート決められるようになってよ」
「女子高生にダンクは無理だからっ! あ、あはっ、ちょっとっ!」
蒼の身体をくすぐる玲奈の手は止まらない。
「それに……また胸もちょっと大きくなったわね」
「ちょっと玲奈っ。そこはっ、あはぁっ」
玲奈の手は蒼の全身からその胸部へ活動の中心を移す。
「あはっ、ごめんごめん! もう無理無理っ! 玲奈やめてーっ」
「なら、ちゃんと村上朱美さんに謝りなさい」
「はいっ、謝ります! 朱美ちゃん、さっきは、あはっ……ご、ごめんなさい!」
「よくできました。村上さん、ごめんなさいね。蒼の友人として私も謝るから許して。はい、うまい棒あげるわ」
(また制服からうまい棒でてきた!?)
あっけにとられて二人の様子を眺めていた朱美の目の前で、玲奈はさも当然……と言わんばかりに制服のポケットからうまい棒を取り出して朱美に渡す。しかし、もう一方の手はまだ蒼の胸部をまさぐり続けている。
「あはぁ、玲奈、もう無理だってー!」
「分かったわ。じゃあ、あと十秒ね。村上さん、カウントダウンしていいわよ」
(ええっ!? 私っ!?)
玲奈の両手が再び蒼の胸部で暴れる。
「あはっ、もうダメー。朱美ちゃん! 早く数えてっ!! 朱美ちゃんが数えてくれないと終わらないからー!」
(ちょっと、ええっ!? そんな!?)
朱美はこの数分間に目の前で起きた衝撃的な出来事にただただ驚くばかりだったが、玲奈から突然役割を与えられてハッと我に返る。目の前で苦しんでいるのか? 喜んでいるのか? じゃれあう蒼と玲奈に付き合って仕方なくカウントダウンを始める。
「……じゅ、十、九、八」
朱美はゆっくりとカウントダウンしていく中で次第に落ち着きを取り戻すが、ここある重要な事を思い出した。
(そういえば今日って入学式! 学校の初日!? それなのにこの状況ってマズいんじゃ!?)
落ち着きを取り戻した朱美は冷静になればなる程、自分の中で不安が大きくなっていく事に気付く。そして恐る恐る周囲に目を向けたが、やはりその不安は的中した。
蒼、玲奈、朱美の三人は状況の当事者であるが、関係のない他のクラスメイトから見える三人の光景は……。
誰もが目を引く長身の美人女子が……
うまい棒を咥えて登場した小柄女子から胸部を揉みしだかれ……
その前に座るうまい棒を片手に持った女子が数を数えている……
という入学初日の教室では到底起こり得ない奇妙な光景だ。周囲の男子達は誰もが目を引く長身の美人女子がキャッキャッと悶える姿を見て遠目ながらにざわつき、周囲の女子達は一定の距離をおいて冷ややかな警戒の目線を送っている。
(……やっぱりそうなるよね!? こんな事してたらそうなるよね!? 私っ、初日からやらかしちゃった!?)
周囲の反応に気付いた朱美はカウントダウンのペースを上げて早々にこの珍舞台の幕を下した……が、後の祭りであった。
こうして、朱美、蒼、玲奈の三人は入学初日の朝に起きたこの出来事をきっかけに、一年C組の名物女子バスケ部三人組として一年間確固たる地位を築く事となった。