夜空に咲く恋

第四十八話 赤い花火

 颯太は玲奈に、七歳の頃に朱美と交わした約束について話した。

「とまあ、こんな約束を朱美としちゃってさ」
「凄く素敵な話ね。七歳の約束か……でも、簡単な話じゃないでしょ? 打ち上げ花火を製作して打ち上げるって、一体いくらかかるのかしら?」

 携帯を手に取り情報を検索しようとする玲奈に、颯太は既知の答えを伝える。

「あくまで参考の情報だけど……例えば、三号玉花火を五十発打ち上げると予算が三十万円位かかるんだって。でも、規模によって全然違うから少しなら十万円位から打ち上げてくれる業者さんもあるみたい。あと、自分で花火に火薬の玉を詰める製作体験をして、自分が作った花火を業者さんが打ち上げてくれる花火製作体験ツアーとかもあるらしくて、それなら一万円で参加できる所もあるみたいだよ」

「そうなのね……坂本君は将来、村上さんの為に三十万円の花火大会をプレゼントしてあげるんだ? その時は是非私も誘ってほしいわ」

「ちょっと森田さんっ!? 三十万円とか無理だから! 大人になって沢山稼ぐ様になってもそんな予算作れるかどうか分からないからっ!」

 話の中で出た上限予算を指定してきた玲奈に颯太は思わず声を上げる。

「ふふっ、冗談よ。でも素敵な話を聞かせてくれてありがとう。村上さんと坂本君……二人のルーツに少し触れる事が出来たみたいで嬉しいわ」

「ちょっと照れるけどね……で、森田さんに一つお願い」
「えっ? 何かしら?」

「『朱美と赤い花火を打ち上げる約束した事を俺が覚えてる』って朱美に言わないで欲しいんだ。俺はあの時の約束をはっきり覚えてるけど、朱美は忘れてるかもしれないしね」

「坂本君が覚えてるって事は、村上さんもちゃんと覚えている様な気がするけど……分かったわ。今になって『あの時の約束覚えてる?』なんて確認するのは野暮だものね」

「うん、ありがとう。実際に約束を果たす時までは、この話は朱美にしないつもり」

「子供の頃の約束を忘れずにちゃんと守ろうとする所……坂本君はやっぱり真面目ね。でも素敵よ」
「あはは、ありがとう。そんなに褒められると照れるけど」

 率直な玲奈の誉め言葉に、颯太は顔を赤くする。

「今の話、蒼にも黙っておくわね。蒼に言ってしまうと……ついうっかりでまた口を滑らせて村上さんに伝わってしまいそうだから」

「あはは。それは想像できる。うん、蒼さんには悪いけど、今伝えた話は二人には内緒で」
「分かったわ」

……ドーンッ! ドーンッ!

 夜空に花火の大輪が咲く。間もなくして買い出し班の三人が戻ってきた。皆で屋台グルメを囲んで花火鑑賞を楽しむ。蒼は颯太がリクエストしたフランクフルトを手渡す口実を使って颯太の隣に座る。

「はい、坂本君。フランクフルト買って来たよ。美味しそうだったから私の分も買ってきちゃった。一緒に食べよ」

「蒼さん、ありがとう。大きなフランクフルトって屋台で見ると食べたくなっちゃうんだよね」

「あはは、分かる分かる。あっ、そうだ、坂本君。もし良かったら『あーん』してあげよっか?」

「ええっ!? あ、蒼さんっ!? べっ、別に大丈夫だよっ。一人で食べられるから!」

 蒼から出た突然の提案に颯太は顔を赤くして分かりやすく動揺する。蒼は、自分の言葉で動揺してくれる素直な颯太の挙動に喜び、可愛い笑顔を颯太に向ける。

「あははっ。颯太君、冗談だよっ。もう! 何をそんなに照れてるの? ホント、颯太君は真面目だなあ」
「そ、そうだよね! 冗談だよねっ! ああっ、びっくりしたー」

……ドーンッ! ドーンッ!

 美しい花火が次々と夜空に咲く。蒼の隣では花火が咲く度に浴衣を着た颯太の横顔が光り輝く。蒼は光り輝く颯太の横顔に何度も心をときめかせ、颯太に対する想いをまた一段と強くする。その一方で朱美は、冗談を交えながら嬉しそうに颯太と話す蒼、うっとりと颯太に見とれる蒼……と様々な女の表情を見せる蒼を見て気持ちを和ませる。

(蒼ちゃん、颯太と仲良くなったなあ。颯太と話す蒼ちゃん……本当に嬉しそう。私もいつか……あんな風に男の子と話をする日が来るのかな……)

……ドーンッ! ドーンッ!

 朱美は様々な色で美しく彩られる夜空を眺める。そして赤い花火を見ると毎年思い出す颯太と七歳の時に交わした約束……。

「ねぇ颯太君? 大きくなったら、赤い大きな花火! 私の為にドーン! って打ちあげてよ!」
「うん、良いよー! 約束!」

 今年もまた、忘れる事のない約束を交わした時の颯太の笑顔が、朱美の頭にはっきりと浮かんだ。

(颯太……あの時の約束、まだ覚えてくれてるかな……)

 夏の夜空を彩る岡崎花火大会の二時間はあっという間に過ぎた。解散して皆は帰宅する。「颯太と二人きりになったら告白する!」と決意していた蒼であったが、結局この花火大会では颯太と二人きりになる機会は訪れず、蒼の告白は次の機会に持ち越される事となった。蒼は自室で普段着に着替え、パタンッとベッドに横たわる。

(坂本君の浴衣姿……坂本君の横顔……カッコ良かったな。今日は坂本君の隣に座って沢山話して一緒に花火も見て……とっても幸せな一日だったな。一緒に来てくれた朱美ちゃん、颯太君……ありがとう!!)

 一日を振り返り、蒼の心は穏やかな幸福感で満たされる。しかし、幸福なだけでは終われない。「颯太に告白する」という成果を出せなかった後悔もしっかりと心に残っている。そしてこの日、蒼は再び強く決意する。

(私っ! やっぱり坂本君に告白する! 次にチャンスがあったら必ず!! 坂本君に告白するんだっ!!)

 蒼は決意と共に、両手をギュッと強く握りしめた。
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