夜空に咲く恋

第四十九話 朗報

 八月前半のある日、午後の部活を終えた朱美、蒼、玲奈の三人は和菓子屋せんわ堂でかき氷に舌鼓を打っている。恒例となった和スイーツとの記念写真を颯太へ送信し、和菓子屋が作る味わい深いかき氷を堪能しながら話をする。

「明日からは部活もお盆休みだね。夏休み前半、とりあえずお疲れ様」

「そうね。明日からは暫く家でのんびりしましょ。ところで蒼? 私、あなたに聞きたい事があるのだけど……」
「えっ? どうしたの玲奈?」

 女子高生の日常を話題にした穏やかな雑談が始まるかと思いきや、玲奈は先日の花火大会からずっと気になっていた重大な話題を切り出した。

「蒼? 単刀直入に聞くけど花火大会の日、坂本君に告白しようとしてたでしょ?」

(……えええっ!?)
(玲奈ちゃんっ!? デリケートな話題なのに直球っ!?)

 玲奈の唐突な話題の切り出し方に蒼は戸惑いを見せた後、大きなため息をつく。そして自分を見つめてくる玲奈と朱美の顔を見て、ある種の覚悟を決めて答える。

「……はあーっ。えっと、どうして分かっちゃったの?」

「そんなの簡単よ。だって坂本君の浴衣姿を褒める時、わざとらしく『好き』って言葉を使っていたから」

「うん、ごめんね蒼ちゃん。私もあの時は気付いたよ。『好き』っていう言葉は特別だもんね。でもあの時、颯太は全く気付いてなかったみたいだけど……」

 蒼はテーブルに置いた両手の上に顔を付け、うつ伏せになって恥ずかしさを隠す。

「そっかー。二人とも気付いてたんだね。はあーっ。私ね……坂本君に告白したいって思ってるんだ。でも、まだ告白はできてないんだけど……って言うか! あの日以来坂本君に会えてないし!! 夏休みだと部活やる日が一緒じゃないと二人とも学校に居ないし! そんな日少ないし! それに颯太君、アルバイト始めちゃって忙しそうだし! あーん! 颯太君に会いたいよーっ」

(うわーっ、蒼ちゃん……颯太の事、いよいよ本気になっちゃったんだ……)

 颯太は夏休みの期間限定で夜の二時間、スーパーの閉店作業を手伝うアルバイトを始めていた。忙しそうな颯太を思うと、蒼は昼間に予定を作って颯太を誘う事を躊躇してしまう。

「ちょっと蒼? それは仕方ないでしょう?」
「分かってる。分かってるよ。分かってるんだけど……でも、部活帰りに皆でオヤツ食べて、その写真をグループメッセージに送って……で、颯太君から『美味しそうだね』って返事が来るだけの関係なんて寂しいよーっ」

 蒼は手でテーブルをドンドンと叩きながら寂しさを訴える。ここで朱美が、蒼を颯太に会えない寂しさから救おうとある作戦を思いつく。

「あっ、そうだ! 蒼ちゃん、玲奈ちゃん! こういうのはどう!?」
「えっ? 朱美ちゃん、何かいい方法があるの?」
「村上さん、何かしら?」

 朱美は思いついた妙案を、えっへん……と胸を張って声高に提案する。

「私ね、夏休みの宿題を全然やってないのだけど、お盆が明けたら颯太と一緒に皆で私の家に集まって私の宿題を手伝う! ……っていうのはどうかなっ? そうしたら蒼ちゃんは颯太とまた会えるよ!?」

 朱美が思いついた自己都合を最優先させた無茶苦茶な提案を、まともな感性を持った蒼と玲奈は迷わず否定する。

「蒼ちゃん……それはちょっと……何か目的が違う様な気がっ」
「村上さん? 胸を張って言う事じゃないでしょ? ていうか、ちゃんと宿題進めなさいよ」
「あはは……やっぱり駄目か」

 朱美の稚拙な作戦はた易く撃沈する。そしてこの日以降朱美は、毎日一時間以上宿題を進めてグループメッセージへ毎日の成果を報告する様に義務付けられてしまう。

 こうして夏休みの宿題について話をしていると、グループメッセージで連絡を受けた颯太が部活動を終えて合流した。手には水まんじゅうと冷茶を持っている。

「皆、お盆前の部活最終日、お疲れ様」

(あっ! 颯太君!!)

 先程まで暗闇に沈んでいた蒼の顔が一気に明るさを取り戻す。

「こんにちは、坂本君」
「颯太君! 久しぶりだね! あっ……でも花火大会で会ってるからそんなに日も経ってないか……あははっ」
「颯太、お疲れ様。今日は映像写真部の活動あったの?」

「うん、あったよ。でも今日はちょっと特殊……と言うか、楽しい活動かな。そして嬉しいニュースもあるんだ」

 颯太は映像写真部の活動で起きた今日の出来事を思い出して顔を明るくする。

「えっ? 楽しい活動? 嬉しいニュース? 一体何があったの?」

「うん、まずは楽しい活動の方から。前に『学校の地域社会部と地元のパン屋さんがコラボして新しい商品を作ってる』って話したのを覚えてる?」

「ええ、覚えているわ。『ごろごろ三河ポークのカレーパン』に続いて岡崎名産の八丁味噌を使った『八丁味噌味の粗挽き肉とチーズのパン』を試作検討中……って話だったわよね。あっ! まさかっ!?」
「そう、そのまさかです。ジャーン!」

 颯太は背中のリュックから袋に入った総菜パンを一個出して玲奈の前に置く。

「遂に完成! 『八丁味噌味の粗挽き肉と三種チーズのパン』! 学校の購買部で買える様になるのは二学期からだけど、試作品が十分商品レベル! って事でお店では販売開始されたんだ。それを一個買って来たよ。森田さんにはいつも駄菓子を貰っているし、総菜パン好きみたいだからお土産でプレゼント。はい、どうぞ」

「わあ! 坂本君、ありがとう!! これは嬉しいプレゼントだわっ! いつもあげてる駄菓子が限定の総菜パンになって帰ってくるなんて! 本当にありがとう!!」

 玲奈が笑顔で颯太に礼を言う。しかし、玲奈だけに土産があるという状況に蒼と朱美は冷ややかな目線を颯太に送る。

……ジーーッ。

 颯太に冷ややかな目線を送る蒼と朱美に気付いた玲奈は、総菜パンをそそくさと鞄に入れて大切そうに抱えて言う。

「坂本君、私に限定パンをくれてありがとう。私、とっても嬉しいわ。私、これは家でじっくり味わって頂くわ」

 わざとらしく「私」を連呼する玲奈の側で、蒼と朱美は冷ややかな目線を颯太に送り続ける。

……ジーーッ。

「……」
「……」
「……」

 暫くの間、気まずい沈黙が周囲を包む。そして朱美と蒼がテーブルをバンッ! と叩いて颯太に文句を言う。

「ちょっと颯太! どうして一個なのよっ! 私の分は!? 蒼ちゃんの分は!?」
「そうだよ颯太君!! 私も限定の総菜パン食べたーい!」

「……えっ?」

「いや、『えっ?』じゃないでしょっ!」
「そうだよっ! 颯太君、酷いじゃない!?」

 朱美と蒼の反応に颯太が戸惑うのは当然である。今日行われた映像写真部の活動は学校の地域社会部と共にコラボ商品を製作してくれたパン屋への同行取材である。この時点で颯太には部活帰りに朱美達と集合する予定は無かった。颯太は朱美達と集合せず、完成した限定総菜パンの写真をグループメッセージに送り、その後自分で食べる予定であった。

 しかし、今日は朱美達が偶然集合していた為、颯太も予定外の行動でせんわ堂に顔を出した。限定総菜パンが三個無いのは当然である。それでも、一つしかない限定総菜パンが入った玲奈の鞄に、朱美と蒼は熱い視線を注ぐ。二人の熱い視線に気付いた玲奈は二人が言おうとする希望を先読みして拒否を図る。

「ちょっと蒼、村上さん? そんな目で見ないでよ。これは駄菓子のお返しとして私が坂本君に貰った物よ。ダメよ。公平さを訴えたジャンケン大会とかもしないからねっ!」

「えーっ?」
「ぶうー」

 玲奈が言う「駄菓子のお礼」という言葉には説得力があった。納得せざるを得ない理由に、朱美と蒼はしぶしぶ玲奈の限定総菜パンを諦める。そして話題が次の「嬉しいニュース」に移る。

「まあ、いつも玲奈ちゃんがあげてる駄菓子のお礼って事なら仕方ないか。また購買で買える様になったら食べてみよ……で、颯太? もう一つの嬉しいニュースって一体何があったの?」
「うん、それだよ! 凄いんだよ! 聞いて驚いてよ。なんとっ!!」

 この後、颯太の口から出た答えに皆は驚く事になる……。
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