夜空に咲く恋

第五十二話 【幕間】女子高生の夏休み 二

 莉子と朱美にしてやられた……と、颯太は軽くため息をつく。

「はあー……そういう事か。えっと、流石にこのまま皆と顔も合わさずサヨナラも気まずいから挨拶に行くよ。朱美達はどこにいる?」

「うん、正面入り口近くのカフェ。でもその前に……蒼ちゃんと話してよ」

(ええっ!? 朱美ちゃん!?)

 朱美は携帯をスピーカー通話にしてテーブルに置く。今度は突然話し相手を託された蒼が戸惑いと喜びを見せながら対応する。

「ちょ、ちょっと朱美ちゃん!? ……って、もう聞こえてる!? あっ、あの、颯太君? 私、蒼です。何て言うかその……偶然ってあるものだねっ。同じ日に偶然イオンモールに来てるなんて……あははっ」

「えっと……蒼さん? 無理して朱美と莉子の冗談に付き合わなくても良いよ。って言うか、面倒な芝居させてごめんね。兄として……そして幼馴染として謝ります」

「あはは。そっか、バレてたのね。うん、颯太君が来るって知ってたから予定合わせちゃったんだ」

(あっ! しまった!? この言い方だと私が颯太君に会う目的でココに来たみたいに聞こえちゃう!?)
(ぷぷっ! 蒼のバカッ! それは失言よ!?)

 突然始まった颯太との会話で慌てた為に出てしまった失言に、蒼は顔を赤くして激しく動揺する。また、隣でその失言を聞いていた玲奈は遠慮なく吹き出す。しかし、幸い颯太は蒼から出た失言の真意には気付かずマイペースな会話を続ける。

「あはは。蒼さんにそう言ってもらえるのは嬉しいかな。とりあえず挨拶はしないとね。今からそっちに行くから少し待ってて」
「あ、うん。ありがとう、颯太君」

……ピッ。

 携帯のボタンをタップして通話を終える。蒼はフーッ……と脱力して座席に深く身を預けた。そして、危うかった失言を朱美と玲奈に沢山いじられた。程なくして颯太と莉子が合流する。

「皆、こんにちは」
「朱美ちゃん、三浦さん、こんにちは。えっと、森田さんは初めましてですね。私、坂本莉子です」

「初めまして、森田玲奈です。流石、真面目な坂本君の妹さんね。しっかりしてるわね」

 玲奈と莉子が初対面の挨拶と会釈を交わす。

(ああっ! 久しぶりに颯太君に会えた! 嬉しいーっ!)

 心の内に生まれる歓喜を必死に抑え、蒼はこの幸せな瞬間を噛みしめるように颯太と話す。

「颯太君は映画を観に来てたんだよね? どんな映画を観たの?」

 映画を観る目的でイオンモールに来た事がバレている……という状況に、颯太はチラッと朱美と莉子へ睨みの目線を送ってから答える。

「うん、海外でアカデミー賞取った話題の映画。景色が綺麗な映画で観てて楽しかったよ」

「そっかー。颯太君は奇麗な景色の映像とか写真を見るのが好きだもんね。そういう目線で映画を楽しめるのは何だか良いなあ」

「えっ? そうかなあ? 蒼さんにそんな風に褒められると照れるけどっ」
「あははっ。うんうん、もっと照れちゃえー」

 ツンツンと人差し指で颯太の体をつつきながら蒼がおどける。

(蒼ちゃん、颯太と話す事が本当に嬉しそう! ……でも、二人がこんなに仲良くなってくれて私も嬉しいな。あとは……蒼ちゃんの告白が上手くいく事を願うだけだね)

 朱美は微笑ましい気持ちで蒼と颯太のやり取りを眺める。その一方で玲奈は、颯太の手に大きなビニール袋がぶら下がっている事に気付く。

「ところで坂本君? そのビニール袋は何かしら? 何か大きな物が入ってるみたいだけど……」
「あ、これ? 今日の戦利品」

 颯太はビニール袋の中から箱詰め菓子と可愛いぬいぐるみをいくつか取り出した。映画が始まるまでの待ち時間に、隣接するゲームコーナーのクレーンゲームで獲得した景品である。

「丁度あと一回で取れそうな景品が沢山あってさ。今日は運良くゲットしたんだ」

「颯太君、凄―い! 私、クレーンゲームって苦手で全然取れないよ!」
「今日はたまたま運が良かっただけ。いつもは俺も殆ど取れないよ」

 颯太は、箱詰め菓子に送られる玲奈の熱い目線と、有名なウサギのぬいぐるみに送られる蒼の熱い視線に気付き二人に提案する。

 「あの……もしよかったら持っていく? 森田さんはお菓子、蒼さんはウサギのぬいぐるみ」

(……えっ?)
(……ええっ!?)

 颯太の口から出た突然の嬉しい提案に、蒼と玲奈はハッとした表情で顔を見合わせた後、喜びを露わにして満面の笑みで礼を言う。

「本当に良いの!? 坂本君!? ありがとう! これ、私が好きなお菓子なの!」

「やった! ありがとう颯太君! 私、このウサギ小さい頃から大好きなんだ! めっちゃ嬉しいよーっ!」

 玲奈が箱詰め菓子、蒼がぬいぐるみを嬉しそうにギュッと抱きしめる。駄菓子好きの玲奈が箱詰め菓子を貰って嬉しいのは当然であるが、このサプライズプレゼントがより嬉しいのは蒼の方である。想いを寄せる相手からサプライズで大好きなぬいぐるみをプレゼントされて喜ばない女子高生はいない。

(ああっ! ありがとう颯太君! 私っ、本当に嬉しいよ! このぬいぐるみ……大切にするね!!)

 この後、暫く皆で談笑を楽しんで解散した。颯太と莉子はスガキヤで夕食を済ませて帰宅し、颯太は夜のアルバイトに向かった。帰宅した朱美は颯太と嬉しそうに話す蒼を思い出してはにかみながら、暫くの間ベッドで枕を抱いてくつろいだ。玲奈は颯太から貰った菓子を一つ食べ、満足そうに残りの菓子を収納棚にしまった。

 そして蒼は、颯太から貰った大好きなウサギのぬいぐるみを優しく撫で、以前颯太からプレゼントされたコルクボードのフォトアルバムの隣に置いた。蒼が机に飾っているコルクボードには颯太と一緒に写った写真も貼られている。颯太と一緒に写った写真……その隣には今日颯太から貰ったぬいぐるみ……自分の目に映るその幸せな光景に、蒼は笑みが止まらない。

 その夜、蒼は嬉しそうに何度も何度も……ウサギのぬいぐるみを指でツンツンと突いた。
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