夜空に咲く恋

第五十三話 花火製作見学 一

 夏休みが終わり二学期が始まった。生徒達の間で夏休みの思い出話に花が咲く日々が過ぎ、九月第二週の木曜日となる。放課後、地域社会部と映像写真部で花火業者の合同見学と取材に行く予定となっているこの日は、颯太にとって非常に大切な一日である。

 花火の製造現場を実際に自分の目で見る事が夢の一つだった颯太は、朝からソワソワとした落ち着かない一日を過ごしていた。駅の階段で転ぶ、体育の体操着を忘れる、誤って女子トイレに入りそうになる……と様々なミスを連発した一日を終え、待ちに待った放課後を迎えた。学校内の教師用駐車場に集合し、学校から岡崎市の山あいに在る花火業者「谷山煙火店」まで顧問の車で移動する。

 映像写真部の顧問であり写真好きの美術教師、渡延(わたのべ)一敬(かずたか)の車には、三年生で部長の石原(たくみ)、二年生の木下杏(きのしたあん)、そして颯太が乗る。地域社会部の顧問である教師、伊藤舞花(まいか)の車には地域社会部の生徒三名が乗る。

――約三十分後、谷山煙火店に到着すると、代表の谷山(たにやま)涼平(りょうへい)、花火師で今日の見学案内を担当する瀬筒(せとう)明日香(あすか)が出迎えてくれた。

――谷山煙火店 代表 谷山涼平――

 伝統も新しい事もどちらも重んじる理解ある経営者、七十歳。花火師として確かな技術を持つ。穏やかな雰囲気の心優しい代表。社員の事をよく思い、社員からも慕われている。

「岡崎商業さんには毎年お世話になっとりますー。代表の谷山です。先生に学生さん方、今日はよくおいでなさったね。花火造りの現場をしっかり見て貰えたら有難いですわー」

――谷山煙火店 花火師 瀬筒明日香――

 明るい性格でチャレンジ精神が旺盛な女性花火師、三十五歳。小さな頃から花火が大好きで花火業界に就職した。

「花火師の瀬筒です。こうして若い学生さん達が花火について興味を持ってくれるのは嬉しいです。今日は安全第一でよろしくね! あと、工房にいる花火職人の玉本も後ほど紹介します」

「「「今日はよろしくお願いします!!」」」

 最初に見学時の注意事項を説明される。特に一番大切な「安全」に関する事柄には念入りに説明を受け、作業工程を順に見て回る。瀬筒の説明によると、花火造りの作業工程は主に次の四つだ。

一、火薬の調合

 花火の元となる薬品を計量して、粉末の混合薬を作る作業。決められた組成比率の薬品を計量して均一にした後、ふるいを通して不純物を除く。花火の原料は主に酸化剤、可燃剤、色火剤に分類される。酸化剤には過塩素酸カリウム等が主に使われる。可燃剤は樹脂粉末、木炭の粉末など様々なものを使う。色火剤はその花火の色を決める金属化合物であり、 例えば赤は炭酸ストロンチウム、青は酸化銅等である。

二、星作り、割薬作り
 
 「星」は空中で光る火薬、「割薬」は星を勢いよく飛ばすための火薬である。調合工程で均一になった粉状の混合薬に水を入れ練り、天日で乾燥させ固める。乾燥後、回転する釜に入れて水を入れ、星の表面が溶け出したところで配合薬を振り掛ける。この作業で、星は少しだけ大きくなる。その後、天日で乾燥し固化させる。この作業を繰り返す事で星は徐々に大きく球形になる。直径三ミリの星を直径二十ミリの大きさにするまで一か月も掛かるらしい。

三、仕込工程

 ボール紙等で作られた半球型の玉皮の面に沿って星を並べる。次に薄い紙と共に割薬を星の層の内部に入れる。これで半球の外側は発色する「星」、半球の内側は「星を飛ばすための割薬」の状態となる。半玉皮ずつ星と割薬を詰めて、最後に2つの半球を合わせて一つの球にする。

四、仕上工程

 出来上がった玉の表面にのり付けしたクラフト紙を張り、天日で乾燥させる。この作業を何度も繰り返し、花火が完成する。

 一同は各工程の作業を見ながら説明を受ける。作業を一つ一つ実践して見せてくれるのは花火師、玉本(たまもと)広重(ひろしげ)である。

――谷山煙火店 花火師 玉本広重――

 無口で職人気質な性格、四十歳。愛情とこだわりを持って日々花火製造に打ち込んでいる。その真面目でひたむきな態度と高い技術は若手社員の目標となっている。

「玉本だ。作業は俺が見せるから、詳しい説明は瀬筒から聞くといい」

 不愛想でそっけない態度に生徒一同は委縮するが、瀬筒は慣れた様子で先輩である玉本を軽くあしらう。

「ちょっと先輩! そんな挨拶で高校生を怖がらせてどうするんですか? もう、本当は高校生が見学に来てくれた事が嬉しいくせにっ!」

「う、うるさい……」
「では先輩? 火薬の調合工程からお願いします!」

 瀬筒は玉本の口からは決して出る事がない心の内を暴露して生徒達の緊張をほぐす。瀬筒のおかげで場の空気は和み、生徒達はホッと胸をなでおろす。また、颯太は強気な女性に軽くあしらわれる男性の姿に自分と朱美の姿を重ねてしまう。

(あはは……何だかあの二人、俺と朱美みたいだな)

 製造工程の見学が始まった。各工程の説明を受けながら実際の作業を見学する。颯太は大好きな花火が製造されていく様子に真剣な眼差しを向けて撮影を行う。作業の説明をする瀬筒には、颯太が見せる真剣な眼差しと態度から「颯太が花火を大好きである事」がよく伝わる。

 職人という人種はこういう人の感情には敏感に反応する。真剣な颯太の態度に嬉しくなった瀬筒は、颯太の肩にポンッと手を置いて嬉しそうに声をかける。

「坂本君? 先から君はとっても良い顔をしてくれるね」
「えっ? 顔……ですか?」

「作業工程を見つめる君の顔だよ。そんな風に真剣に見てくれたら、私達も嬉しく感じるわ。それに君の真剣な横顔は……何て言うか、人を引き付けるものがあるわね」

「そ、そうですか? そう言われると何だか照れてしまいますが……」

 思わぬ瀬筒の誉め言葉に颯太は照れを見せる。

「君は作業工程を凄く真剣に見てくれてるけど、そんなに花火が好きなの?」

「はい、俺、小さい時から花火が大好きなんです! 打ち上がった花火を観るだけじゃなくて、花火を製造している所もずっと見てみたくて……それで! 今日は夢が一つ叶った日なんです! 本当に嬉しくて! ……もう、最高の一日です!」

「あはは。それは花火師としては嬉しい言葉だね。ありがとう! じゃあその嬉しい言葉をくれたお礼に……特別サービスしちゃおうかな」

「えっ、特別サービスですか?」

 瀬筒はそう言うと、皆を大きな鉄板が置いてある屋外の場所に案内した。
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