夜空に咲く恋

第五十四話 花火製作見学 二

 瀬筒は皆を大きな鉄板が置いてある屋外の開けた場所に案内した。皆は少し距離をとって大きな鉄板を囲む。

「では、皆さん? 先程は花火の色になって燃えて輝く火薬玉の『星』を製作する所を見てもらいましたよね? 今から実際に一個の『星』に火をつけて燃やしてみます」

(ええっ!? 花火一つ一つの光を作る『星』を燃やす所を間近で見られる!? これは願ってもない体験だ!!)

 映像写真部の三名はカメラを鉄板の上に向ける。瀬筒は星を一個鉄板の上に置き、柄の長いライターを用意する。着火の前に先輩花火師の玉本が瀬筒に一言声をかける。

「瀬筒、気をつけろよ」
「勿論です、先輩。では皆さん? 燃えるのは数秒なので見逃さない様に! 撮影係の皆さんはシャッターチャンスですよ!」

 瀬筒が柄の長いライターで星に着火する。

……シュボーーッ!!

 着火した星は眩しい赤色に光り輝き、そして数秒で燃え尽きた。

(すごい!! 火薬玉の星一つ一つってこんな風に燃えるんだ!? これがたくさん集まって、球形になって……それで大きな打ち上げ花火になるんだ!!)

 光り輝いた星と同様に、颯太の目も光り輝く。喜びと興奮を露わにする颯太に、玉本が少し嬉しそうに声を掛ける。

「ちゃんと撮れたか?」

 不愛想だと思っていた仏頂面の玉本に突然声を掛けられ、颯太は驚きたじろいでしまう。

「えっ、あっ、はい……貴重なものを見せて貰ってありがとうございました!」

「ああ。なら良い。瀬筒、あとは頼んだぞ」
「はーい、先輩。ありがとうございました」

 玉本は颯太の肩に手を軽くポンっと置くと、そのまま工房に戻っていった。瀬筒は玉本の姿が見えなくなった事を確認した後、颯太に声を掛ける。

「あらら、君は先輩に気に入られちゃったみたいね」
「えっ? そうなんですか?」

「うんうん、そうだよ。さっき先輩が君に言った『ちゃんと撮れたか?』にはね……『俺の作業工程を真剣に見てくれてありがとう』って意味も込められてるのよ」
「ええっ? 本当ですかっ?」

「本当よ。実は、今やった『星』の着火デモンストレーションもね……先輩が『あの子に見せてやれ』って言ってくれたんだよ」
「えええっ!? あの人がですかっ!?」

「ふふっ。びっくりしちゃうでしょ? でも先輩はね、真剣に作業を見てくれる君の態度が嬉しかったんだよ。まあ、それは私も同じだけどね。私達職人はね……気難しそうに見えて案外単純なのよ、ふふっ」

「は、はあ……でも、俺が真剣なのは事実です。その気持ちが玉本さんと瀬筒さんに伝わっていたのなら嬉しいです。今日は貴重な体験をさせて頂いて本当にありがとうございました」

「うんうん、礼儀正しい所も好感持てるわね。じゃ、事務所に戻りましょうか」

 予定されていた見学を終え、一同は煙火店の事務所に戻る。その途中でも瀬筒と颯太は話をする。

「ところで坂本君はどうしてそんなに花火が好きなの?」

「俺、小さい頃からずっと岡崎市民で毎年花火を観ているんです。あと、向かいに住んでる産まれた頃から一緒の幼馴染も居るんですが、俺の家と向かいの家と家族ぐるみでずっと一緒に花火を観てきました。もう、夏の花火は体の一部と言うか、見ないと落ち着かないと言うか……みたいな感じでして」

「毎年観るのが恒例なら、それはもう身体に染み込んじゃうよね」

「はい。それでちょっと変な話かもしれないですけど……」
「変な話?」

 颯太の言葉に瀬筒が首を傾ける。

「その幼馴染……朱美っていう女子なんですけど、七歳の時にある約束をしてしまったんです」
「約束? どんな?」

「はい。『大きくなったら、朱美が好きな赤色の花火を俺が打ち上げてあげる!』って。それで、毎年花火を観る度にその約束を思い出しちゃうんです……ただ、朱美の方はこの約束はもう忘れているかもしれませんけど」

「わあ、それは素敵な約束ね! 大好きな女の子の為に、好きな色の花火を打ち上げてあげるなんて素敵じゃない!?」

「せ、瀬筒さん!? 大好きな女の子って!?」
「……えっ? 違うの?」
「いや、その……何と言いますか……」

 瀬筒の口から出た「大好きな女の子」という言葉に颯太の胸は高鳴ってしまう。七歳の時に交わした約束と共に見た朱美の弾ける様な笑顔が颯太の脳裏にはっきりと浮かぶ。

……ドクッ、ドクッ。

(えっ、俺……なんでこんなにドキドキしてるんだ!? 朱美が「大好きな女の子」って……えっ!? ええっ!?)

 顔を赤くして戸惑う颯太の様子を見て、瀬筒は嬉しそうに謝罪する。

「あはは。立ち入った事を言ってごめんね。うんうん、青春だねー。頑張りたまえ、青少年よっ。あははっ」

 瀬筒は気さくに颯太の肩を叩くと、今度は自分の話を始める。

「そっかあ。でも懐かしいな。私も小さい頃から花火が大好きでね。『いつか自分でも花火を作ってみたい!』と思って花火師になったんだよ」

「そうだったんですね。夢が叶って良かったですね」

「ありがとう。でね、私がここの煙火店に就職した時、花火師ではない一般の人達も昔の私みたいに『自分も花火を作りたい!』って思っている人が居るんじゃないか? と思って社長に相談した事があるのよ」

「ええっ!? それは凄い事ですよ! 俺、今は高校生だから無理だけど……大人になってお金を稼ぐようになったら『自分でも花火を作って打ち上げてみたい!』って思ってます!」

「うふふっ。大好きな女の子との約束ですものね」
「せ、瀬筒さん!!」

 瀬筒が分かりやすく照れる颯太をイジる。瀬筒の方が男性をイジり慣れているのか? はたまた颯太の方が女性にイジられ慣れているのか? 真相は定かではないが、相性の良い二人のやりとりは盛り上がる。

「ごめんごめん。でも、就職してすぐの頃はそんな提案をしても社長に『まずは仕事を一通り覚えなさい』って一蹴されてしまったわ。ただ……今なら私も仕事を覚えてきたし、もう一度社長に相談してみようかな……うん、決めた! 『花火製作の体験プラン』! もう一回社長に提案してみよう!!」

「わあ、実現したら良いですね! 俺、提案が上手く通る事を祈ってます!」
「ありがとう、坂本君! 君と話せたおかげで私も決心できたよ!」

 一同は事務所に戻り煙火店代表の谷山に礼をする。こうして地域社会部と映像写真部の合同見学と取材は終わった。

 その日の夜、帰宅した颯太は夢の一つであった花火の製造現場を見学できた事に興奮して寝付く事ができなかった。ベッドに横たわり、見学した光景を何度も回想した。各工程の作業を厳しい表情で真剣にこなしてゆく花火職人玉本の姿には憧れを感じ、火薬玉の星が燃える様子を間近で見られた貴重な体験には大いに感謝した。

 しかし、その嬉しくもあり貴重でもある今日の体験の中で一つ……颯太の心に浮かんでは消える瀬筒の言葉があった。

「大好きな女の子との約束」

(大好きな女の子……)

……ドクッ、ドクッ。

 瀬筒が言った「大好きな女の子」という言葉を思い返す度に、颯太の胸は熱くなる。そして再び、七歳の時に交わした約束と共に見た朱美の弾ける様な笑顔が颯太の脳裏にはっきりと浮かぶ。

(大好きな女の子……って俺! どうして朱美の事を思い浮かべてドキドキなんてしてるんだ!? いやっ、それは流石に……無い……よな……)

……ドクンッ! ドクンッ!

 先程よりも胸が熱くなっている気がする。

(いつもの朱美のはずなのに……ただの幼馴染のはずなのに……)

 颯太は朱美の事を思い浮かべると、さらに眠りにつく事ができなくなった。
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