夜空に咲く恋

第五十五話 学園祭に向けて

 颯太が通う私立岡崎中央商業高校の学園祭は十月の第二木曜日から土曜日にかけて三日間で行われる。初日は体育祭、二日目と三日目は文化祭である。学園祭のフィナーレでは颯太が取材した谷山煙火店による打ち上げ花火も行われ、学校中が大いに盛り上がりを見せる。

 学園祭が一か月先に迫る中、映像写真部は谷山煙火店の取材を終えた翌日から校内SNS向け動画の編集作業を行っている。花火が製造されていく過程、花火玉の内部の様子、地域社会部員の花火師インタビュー……等、動画にまとめる。

 映像写真部も地域社会部も、毎年打ち上げ花火を依頼している谷山煙火店への取材は今回が初の試みである。また、学園祭のフィナーレで打ち上がる花火に関する取材内容の配信は、学園祭の盛り上がりにも大きく寄与する事になる為、颯太の編集作業にも力が入る。

 そして、普段より遅い時間まで真剣な表情で作業を行う颯太の姿を、部活動部屋の窓から覗く影がある。バスケ部の活動を終えて帰宅する蒼、朱美、玲奈である。

(ああっ、颯太君……今日も真剣な顔で作業してる! 頑張れーっ、颯太君!)
(蒼ちゃん……本当に颯太の横顔好きなんだな。颯太に声を掛けるのは少し待ってあげないと)

 颯太から谷山煙火店の取材について高めのテンションで報告を受けていた蒼達三人は、暫くの間は颯太が部活動に専念する事を予想し、ジュースを差し入れする名目で颯太が作業する様子を窓から盗み見している。ただ、女子高生三人が長い時間壁際に立って窓の内側を眺めているのも不自然な為、しびれを切らした玲奈が蒼に言う。

「蒼? そろそろ坂本君に声をかけたら? 私達、このままじゃ不審者三人組になってしまうわよ」

「ええっ、玲奈? もうちょっと良いじゃない? だって颯太君、あんなに真剣に作業してるんだよ? 声を掛けたら邪魔になっちゃわない?」

「いや、だったら『ジュース差し入れに行こう!』なんて言わないでよ」

「まあまあ、玲奈ちゃん。蒼ちゃんにとって本当の目的は差し入れじゃないんだから」
「ちょっと! あ、朱美ちゃん!!」

 朱美から出た図星の発言に蒼は思わず大きな声を出してしまい、恋する女子として可愛いらしく動揺する。一方、窓の方から聞こえた蒼の大きな声に気付いた颯太は作業を中断し、窓際に立つ三人に声を掛ける。

「三人とも部活お疲れ。どうしたの?」

「颯太、お疲れ様。花火屋さんの取材編集、忙しそうだね」
「まあな。学園祭で打ち上げ花火やってくれる業者さんだし。ただ打上げ花火を観てもらうだけじゃなくて、皆にも花火の事とか業者さんの仕事内容とか知ってもらいたいし……で、結果それが学園祭を盛り上げる手助けにもなる訳だし」

「坂本君って本当に真面目ね。でもそういう陰ながら何かを応援する感じ、私は立派だと思う」
「ありがとう、森田さん」
「そうそう、ところで坂本君? 蒼が渡したい物があるんだって」

 玲奈は蒼の背中をポンッと軽く押し、颯太と話せた喜びに浸っていた蒼を促す。

(もうっ! 玲奈ったら!!)

 少し困った顔を玲奈に向けながら、蒼は颯太にジュースを渡す。

「颯太君、きっと遅くまで部活やって大変だろうな……と思って。これ、ジュースの差し入れだよ」

「わあ! ちょうど喉が渇いてたんだ。蒼さん、ありがとう! ……あっ、でもこれは三人からかな? 朱美も森田さんもありがとう」

「別に良いわよ、坂本君。このジュースは蒼から……って事で。実際、『差し入れに行こう!』って言い出したのも蒼だしね」

(ちょっと玲奈っ!!)

「うんうん。私だったら颯太が学校で喉渇いてても『水道水でうがいしとけば?』って言うと思うし」

「ってこら! 確かにそれで良いかもしれないけど! 朱美はもう少し蒼さんの優しさを見習え!」

「あはは。でもまあそういう事だから。今日は蒼ちゃんの優しさと差し入れてくれたジュースで心と喉を潤してね」

(もう! 朱美ちゃんまで!!)

 玲奈と朱美は蒼の優しさをさりげなく……いや、やや誇張して颯太に伝える。二人の困った発言に蒼が動揺していると、両隣に立つ玲奈と朱美は蒼の背中を軽くなでた。これは「最後に蒼から一言どうぞ」の合図である。蒼は最後の一言を伝える機会を譲ってくれた二人に目線で感謝を伝えながら颯太に言う。

「ど、どういたしまして坂本君。編集作業は大変だと思うけど頑張ってね! ……私、応援してるから! それで……校内SNSに投稿されたら教えてよね。颯太君が編集した動画、直ぐにチェックするよ!」

「ありがとう、蒼さん。投稿は明日の部活が終わる頃にはできると思うから、また連絡するよ。でも……」
「……でも? 颯太君、どうかしたの?」

「校内SNSは不特定多数の生徒全員に向けた配信だけど、こうして顔と名前を知ってる人にちゃんと見て貰えてるって分かると何だか嬉しいな……と思って」

「うんうん、次の投稿も楽しみにしてるよ。何と言っても颯太君が大好きな花火屋さんを取材した動画だもん……力作期待してるからね!」

「そうだよ、颯太。蒼ちゃんがこんなに楽しみにしてるんだから頑張りなさいよ」
「あはは。ちょっとプレッシャーもあるけど頑張るよ」

「あらあら、坂本君にとって蒼の差し入れは高いジュース代になってしまったかしら?」
「大丈夫だよ、森田さん。ジュースは後で美味しく頂いてまた頑張るから。皆、応援してくれてありがとう」

「うん、じゃあ私達はそろそろ行くね。頑張ってね、颯太君!」
「颯太、またね」
「坂本君、さようなら」

 蒼、朱美、玲奈は颯太と別れて校門を出る。颯太と話ができた喜びの余韻から覚めた蒼がふーっ……と嬉しそうにため息をついた所で、玲奈と朱美の蒼イジリが始まる。

「蒼? 今日の成果はどうだったのかしら? ジュース代の元は取れた?」
「ふふっ。さてさて蒼殿、本日の『颯太君に蒼の優しさアピール大作戦』……戦果はいかがですかな?」

 玲奈は落ち着いた顔つきで淡々と、朱美はふざけてマイクを手に持った演技で蒼に尋ねる。

「ちょっと玲奈っ!? それに朱美ちゃんまでっ!」

 分かりやすく照れる蒼は可愛い。顔を赤く染めたり声を上げたり……照れて困る蒼をイジル玲奈と朱美の娯楽が暫く続いた。
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