夜空に咲く恋

第五十六話 夢の一歩

 九月下旬となり、学園祭が三週間後に迫ってきた。生徒達は学園祭の準備に精を出し、学校中が学園祭に向けた期待感で高揚する。そんなある日、颯太にとって一大事件が起きた。授業を終えて生徒達が学園祭の準備にとりかかろうとした時、颯太を呼び出す校内放送が鳴り響いた。

「一年F組の坂本颯太さん。至急、職員室まで来てください」

(ええっ? 俺っ!? 職員室に呼び出し!? 声は顧問の先生だけど……何があったんだろう?)

 颯太を呼び出した声の主は映像写真部の顧問、渡延一敬《わたのべかずたか》である。颯太にとっては聞き慣れた顧問の声であり、部活絡みの要件である事は察しがつく。しかし「突然個人を名指しで職員室に呼び出す」……という刺激的な校内放送に他のクラスメイト達はざわつき、ワッと颯太を取り囲む。

「坂本君! 職員室に呼び出しって、何か悪い事でもしたの!? もしかしてコンビニで万引きとか!?」
「いやっ、そんな事してないよ!」

「坂本、お前何をしたんだよ!? まさか……駅の階段で女性を下から盗撮したりしてないよな!?」
「ええっ!? 最低ーっ!! 坂本君って変態だったの!?」

「ちょっと待った! そんな事してない! 断じてしてない! それ濡れ衣!! 変な誤解しないでっ!!」

「なら坂本君? 一体何をしたのよ? 白状しないと手の指と爪の間に塩酸を垂らすわよ?」

 悪ノリで無茶苦茶な発言をするのは化学部女子の薬丸《やくまる》香帆《かほ》である。専門知識を悪用した悪ノリに身の危険を感じた颯太は即座に否定する。

「ちょっと薬丸さん! それ拷問! 犯罪! 洒落にならないからっ!! てゆか俺! 何もしてないから!!」

「坂本君? 垂らす薬品が硫酸や硝酸じゃないだけ優しいと思いなさいよ。流石に苛性ソーダは使ないから……そこは安心して」

「薬丸さん違うから! 優しさの方向性が間違ってるから! 専門知識の無駄遣いやめて! ……ってうわあ!!」

 すると突然、颯太の身体がバーンッ! と机にねじ伏せられ、上半身の身動きが取れなくなった。背後から颯太を的確に抑え込むのは柔道部員の押江陽子《おさえようこ》である。

「はいっ、犯罪者確保ー。ほら坂本? 何をしたのかとっとと白状しなさい」

(何だこれっ!? 上半身が全く動かない!? 柔道部員の抑え込みヤバっ!!)

「ちょっと抑江さん!? 本当に何もしてないから! 誤解だから!!」

 仲の良いクラスメイト達が颯太を囲んで、和気あいあいと颯太をイジる喜劇が繰り広げられる。そしてその喜劇に一通りの区切りがついた所で颯太の友人である川口大樹がパンパンと手を叩いてまとめに入る。

「はーい、他にボケ足りない人居るー? そろそろ終わりで良いかなあ?」

「俺は十分だよ。はー、楽しかった。ごめんね坂本君」
「坂本君? 私も薬品の無駄遣いはしないから安心して」
「坂本? 私の抑え込みどうだった? 痛い所ない?」

 川口のまとめに皆も満足し、クラスメイト達は笑顔で謝罪しながら颯太を囲む。

「もう! 皆、悪ノリの連係が良過ぎ! まあ、やられてる俺も冗談だって分かってるから楽しいんだけど」
「あはは。それは良かった。ところで坂本君、呼び出しの理由に心当たりは無いの?」

「はあ、やっとちゃんと聞いてくれた。心当たりはあるよ。呼び出しの声は映像写真部顧問の渡延先生だから……きっと部活に関係した要件だと思う」

「そっか。じゃ、早く行ってきなよ」
「うんうん、坂本君、行ってらっしゃい」

(いやっ! 早く行く事が出来なかったのは皆の悪ノリで邪魔されたからなんだけどっ!!)

 颯太は若干顔を引きつらせながら教室を出て職員室に向かった。

「渡延先生、坂本です」
「おう、坂本君こっちに来なさい」

 颯太は渡延の席に誘導されると思いもよらない言葉を告げられた。颯太にとっては大事件となる言葉である。

「坂本君? 突然だけど、打ち上げ花火を自分の手で製作してみたいかい? 火薬玉の『星』を花火玉に詰め込む作業なんだけど……」

「えっ?」

 颯太は渡延が言っている言葉の意味が分からず固まってしまう。「打ち上げ花火を自分の手で製作してみる」とは一体どういう事か? ……自分で考えても結論にたどり着けず、無言で渡延を見返してしまう。

「いきなりこんな事を言われたら、そうなるのも無理はないよな。まあ、座って話を聞いてくれ」

……ガラガラ。

 渡延は空いている椅子を自分の前に引き寄せ、颯太を座らせて説明を続ける。

「先日、取材と見学で伺った『谷山煙火店』さんは覚えているだろう?」
「はい、覚えてます」

「その『谷山煙火店』さんから連絡が来たんだよ。『毎年学園祭の最後に打上げ花火を上げさせてもらっているけど、その内の何発かを在籍する生徒が自分で製作したら盛り上がるんじゃないか?』って」
「えっ……」

 頭の中で繋がらなかった話が、徐々に一本の糸で結ばれる様に繋がってゆく。

「それは……俺は花火が大好きですし、実際に製作する作業をさせてもらえたら滅茶苦茶嬉しいですけど……でもどうして俺なんですか? 生徒が沢山居る中で……」

「君の疑問は当然だね。その理由は……取材の時に案内をしてくれた花火師の瀬筒さんがね、『是非、先日見学に来てくれた坂本颯太君をお願いしたい!』って名指しのご希望なんだよ」

「ええっ!? 俺を名指しで……ですかっ!?」

「そうだよ。ただ、学校としても初めての試みだし、学校中で一人だけ……と言うのも問題があるので『一年から三年で各一名ずつ。二年と三年は地域社会部の中から選出。一年は名指しの坂本君でどうか?』……って話で、校長先生と職員達の間でまとまったんだよ」

(俺が花火を自分で製作する……)

 願ってもなかった最高の機会に颯太は喜びで身体が震えてしまう。

「坂本君?」
「あっ、先生、すみません……」
「どうだろう? やりたくないかな? 返事に迷う様なら少し時間をかけても良いけど」

 返事に迷う必要はない。颯太の答えは明らかである。颯太はギュッと手を握り締めてはっきりと答えた。

「やります! 俺、花火の製作してみたいです! 是非やらせてください!! お願いしますっ!!」

「おおそうか! 良かった良かった! 谷山煙火店さんに名指しされた君に断られたらどうしようかと思っていたけど、その返事を聞けて良かった。いやあ、先生も安心したよ!」

 渡延は嬉しそうに颯太の肩に手を乗せる。だが、颯太の喜びは渡延の比ではない。小さな頃から花火が大好きで、打ち上がる花火を観るだけでなくその製造過程にも興味を持ち、高校生になって製造の現場を見学する幸運に恵まれ……そして今度は実際に自分の手で花火を製作できる機会を与えられた。颯太にとってこれ程嬉しい事は無い。颯太はその喜びを噛みしめる。

(俺っ……俺っ……こんな事って!! こんなに嬉しい事って!!)

「やったああーーーーっ!!」

 心の中で湧き上がる喜びのあまり、颯太は職員室に居るにも関わらず両手を挙げて大声で叫んでしまった。
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