夜空に咲く恋

第五十七話 颯太の喜び

「やったああーーーーっ!!」

 颯太は喜びのあまり、職員室に居るにも関わらず大声で叫んでしまった。そのリアクションに顧問の渡延は大いに驚く。

「わわっ! びっくりした……坂本君もそんな風に叫んで喜ぶんだね」
「あっ、すみません。俺、小さな頃から花火が大好きでして……自分で花火を製作できるなんてすごく嬉しいんです! 先生、本当にありがとうございます!!」

「それは良かったよ。ただ……一つ問題もあるから最後まで話を聞いて」
「えっ? 何か問題があるんですか?」

 何かの問題を伝えようとする渡延の表情が曇り、颯太も不安を感じる

「ああ。ここから先は形式的な話になるけど……」

 渡延の話によると、花火製作をするには事前に安全講習を受ける必要がある。安全講習の時間と花火製作に必要な時間を考えると、先日取材をした時の様に放課後だけでは時間が足りない。谷山煙火店からの希望は該当の生徒には午後いっぱい、四時間程度の時間を作って欲しい……と言う事だった。

 そうなると、授業を欠席して花火製作に参加する事になる。颯太が通う私立岡崎中央商業高校では「地域社会交流活動」の様に生徒の体験や課外活動を重視している。学校側には申請書を提出すれば午後に学校を抜ける事は可能なのだが、それには保護者の同意が必要となる。渡延が言う「問題」とはこの保護者の同意である。

「坂本君? 事前の安全講習と花火製作に参加するにはその日、午後は授業を受けずに学校を抜ける事になるんだ。書面で保護者の同意を頂く必要があるから、ご両親に一度相談してもらえるかい?」

 思っていたより簡単であった問題に颯太はホッと胸をなでおろす。

 颯太の父は勉強を疎かに考えている訳ではないが、大人になってからの社会人生活に役立つ様な体験や経験を重要視している。例えば職業体験や企業見学等……である。普段から様々な業種の仕事内容を雑談で颯太に話す行為も、その考え方からくる父の教育方針である。

(父さんならきっと快く承諾してくれるだろうな……)

 そう考える颯太は、父の返答を予想して渡延に返事をする。

「はい、親と相談してみます。俺の父さんならきっと承諾してくれると思いますけど」
「そうかい。では、この書類を渡すので記入して提出してね。できれば明後日までに貰えると嬉しい」
「分かりました」

 颯太は書類を受け取り、渡延に一礼して職員室を出る。颯太は深呼吸をして心を落ち着かせた後、花火製作を体験できる喜びをもう一度噛みしめる。

(やった!! こんな事が起きるなんて……本当に夢みたいだ! あっ、でも……親の同意が必要だったな。帰宅してから話すのでも良いけど……早く花火の製作体験ができる事を確定させたい!!)

 落ち着いた性格の颯太ではあるが、子供の頃からの夢であった花火製作を目の前にしては喜びで体が勝手に動いてしまう。颯太は携帯を手に取り、自宅へ電話をかけた。

 颯太の父、坂本健一《さかもとけんいち》は税理士として自宅兼事務所で働いており自宅に居る事も多い。父の携帯へ電話をかけるのは緊急事態でなければ仕事に迷惑をかけてしまう可能性もある為、まずは税理士事務所の番号へ電話をする。

「はい、坂本税理士事務所です」
「あっ父さん? 俺、颯太です。今、喋ってても大丈夫? 仕事の迷惑じゃない?」

「颯太か? ああ、今は大丈夫だよ。学校の時間に掛けてくるなんて珍しいな。何かあったのか?」

「うん、凄く急ぎの用事ではないんだけど、伝えておきたい事があって」
「ああ、どうした?」

「実はね、先日見学に行った花火業者さんからの提案で俺に『花火の製作体験をしてみないか?』って話になったんだ。父さんも知ってると思うけど、俺、子供の頃から花火が大好きだし、本当に嬉しくて是非やってみたい! って思ってる」

 当然、父は颯太が小さい頃から花火が大好きな事を知っている。高校生になった今でも毎年岡崎花火大会を楽しみにしている事も知っている。颯太の喜ぶ顔が容易に目に浮かぶ父は、自分もその知らせが嬉しい事を颯太に伝える。

「おおっ、良かったじゃないか! 颯太は花火が大好きだもんな! おめでとう! それにしても凄いなっ! そんな幸運に恵まれるなんて! 業者さんに迷惑かけない様に、しっかりやってくるんだぞ!」

(やっぱり、父さんならそう言ってくれるよな……)

 父のリアクションが予想通りであった事、父の賛同が得られた事に颯太は喜ぶ。

「父さん、ありがとう。で、一つお願いがあるんだけど……」
「ああ、何だい?」

「花火製作をするには事前の安全講習と花火製作の作業で、その日は午後ずっと学校を休む事になるんだ。それには保護者の同意書が必要になるんだけど、今夜書いてもらえそう?」

「ああ、そんな事か。問題無いよ。学校の授業より貴重な体験ができるのだから是非行って来ると良い……って、そんな事を言ったら学校の先生に失礼か。すまんすまん」

「ははっ、大丈夫だよ。父さん、ありがとう。仕事中に電話してごめんね。じゃ、今夜同意書よろしく」
「ああ。分かった」

(よっしゃああ!! これで花火製作の参加が確定したっ!!)

 颯太は通話を切ると同時に、両手を上げて大きくガッツポーズをしていた。職員室前の廊下に居た数名の生徒からは指を差される事態となったが、今の颯太にはそんな些事は全く気にならなかった。
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